泣かない子供
九番隊の隊長〜上位席官が集まって執務をする通称席官室に子供の気配が近づいてくることにはここにいる者達も慣れてきていた。
元々副隊長が菓子好きな分、こういう時にお菓子あったかなと心配しなくていいのはいいんだか悪いんだか…と思いながら忍び笑う。
「あの、ね、はいって、いい?」
ちょこんと覗き込むようにして伺ってきたそれに、入っておいでと応じて中に入れてやると、中にいた大人達の方が笑顔になった。やはり子供は癒やされる。
「衛島、」
「ええ、仕事は区切りがついていますし半刻程度は休憩していただいて問題ありません。その後、残りの分を片付けていただけたらその時点で早上がりで構いませんよ。来週からは編集の方が本格的になりますしね」
出版、広報を手掛ける九番隊はある1か月のうち半分ほどとても忙しくなる
とはいえ修兵をはじめ子供達を育てるようになってからは流石に事情を理解した周りの協力もあって原稿等も早めに出てくるようになり以前ほどの偏りはなくなったとはいえどうしてもそういう時期があるのは避けられない。それでも拳西はなるべく早く帰っているし、どうしてもという時には子供達を平子たちに預けるか、それも叶わなければ執務室に連れてきてなるべく早く静かなところで寝かせている。
イヅルと○○はいいのだが、いかんせん修兵がまだ、拳西の気配が近くにないと普段より眠りが浅くなってしまうのだ。
そんな多忙期を控えて、東仙とのダブル参謀として名高い衛島からの言葉に拳西は頷いた。
「よしじゃあ俺は今から休憩だ。」
わかりやすく言ってやると修兵かまろぶように駆け寄ってきた。
「ん?何だそれ?」
「うん!あのね!」
問いながら抱き上げると満面の笑みが咲く。
「みやこおねーちゃんがね、いっしょにつくってくれたのー!」
「都さんが?」
修兵の手の中には拳西の姿を模した縫いぐるみがあった。
「今日、都さんお休みでぼくらを心配してあそびにきてくれたんです。修くんいつも、拳西さんが忙しくなると寂しそうにするから、その前にお人形作ろうって。」
修兵に代わって端的に説明してくれたのはイヅルだった。
「へぇ、じゃあイヅルと○○も作ったのか?」
「いいえ、ぼくと○○くんは、ぬいぐるみは恥ずかしいので…」
「……はず、かしい、…の?」
「あー、べつにそれは人それぞれだから修兵は嬉しいんなら、それは恥ずかしいことじゃないんだぞ。」
「ほんと?」
「本当だ。嬉しいとか嬉しくないとか好きとか嫌いは、みんな一緒じゃなくていい。」
「うん…」
「あの、僕もその…もしもあったら嬉しくないわけでは…」
「解ってる。でも都さんだって、3つ作るの大変だもんな。それにイヅルと○○は昼にあそんでもそんなに眠くならなくてあんまり昼寝もしないから、そんなに必要ないしな。」
イヅルの頭を撫でて拳西が微笑うとホッとしたようにイヅルも笑った―――。
―――― 「なぁ俺と一緒に菓子選びに行こうぜ。副隊長に良い菓子食べ尽くされる前にな。」
○○に声をかけたのは笠城だった。
「え?」
「べつに茶を淹れるのを手伝えって言ってんじゃねぇよ。でも自分で選びに行ったほうが、好きな菓子選べるぞ」
そして小声で囁く。
「修兵は隊長の膝を早々に陣取ったかわりに好きな菓子選ぶ権利無いしな。」
○○が驚いた顔で見ると、笠城はちょっとイジワルそうな、悪戯っ子の笑みだ。
笠城だって修兵が嫌いなわけではない。
むしろみんなと同じように可愛がり倒してやりたくなる可愛さ修兵にはある
でも皆が修兵ばかりを見ているのはあまりよろしくない
人というのはどうしても相性があるものだ。
実際イヅルもみんなで菓子を食べたあとはいつものように隊長ではなく藤堂と遊んでもらうのだろう。
「いいの?」
「いいんじゃねぇか?お手伝いする特権がないのは不公平だよな。」
うん、と笑った子供の顔にホッとする。
ただ、『俺は父親にはなれねぇしなあ』と内心で溜め息を吐く。
拳西も、この子も寂しさを抱えていることに気づいてないわけではない。
気づいていても、この子と修兵が争った場合、まず拳西は修兵を泣き止ませるところから始めなければいけない。
拳西が修兵を怒鳴りつけたら、修兵はこの世界に寄る辺をなくしてしまうのだから。甘やかすとか以前の問題なのだけれどそれを子供に理解しろというのは難しいことだ。
「笠城さん…」
「ん〜?」
菓子を選びに行った裏で、ポツリと落とされた言葉が、大人の思惑に巻き込まれた子供の、本音だった。
「俺、アイツ嫌いだ。」
拳西さんには秘密だよ…と、子供は言って、笠城はそれを咎めるとはしなかった。
「なぁ○○、」
「何?」
「お前もぬいぐるみ、欲しいって言えばよかったんじゃねぇか、隊長の。」
もらえたとしても、いちばん最初にできたやつはどうせアイツのモノだもん…と、諦めたように子供が言ったから―――