決闘前の夜
「だから昼間に来たんだろ!?ここに!フランキー一家がよ!」
メリー号から乗り換えるかどうか、ルフィとウソップの口論からウソップが船を降りると宣言して出て行った。そのしばらく後、メリー号の船室にサンジがゾロへ叫ぶ声が響く。今ナミは寝室にいるルフィの元へ行っており、チョッパーは外に出ていて、ロビンは行方知れず。
ここにはサンジとゾロ、そして私、ウタだけだった。
「なんでその時お前の手で全員再起不能にしとかなかったんだ!そしたらウソップが襲われて負い目感じることもなかったろ!」
「だったらお前が買い物なんかい行かずにあいつらとやりあえばよかったじゃねェか!!」
「おれはコックとして必要な食料を!」
「ま、待って…二人とも…!」
サンジとゾロの言い合いをちゃんと止めなきゃいけないのに一歩が踏み出せない。
踏み出して、この口論に割って入っていいのかが分からない。
「やめなさいよ!!こんな時にっ!!」
その時、寝室から出てきたナミの声が響いて二人の言い争いが止まった。ルフィの説得は…その表情から見て失敗したらしい。「ナミさん…だけどこのマヌケと来たら」とサンジが食い下がった時、船室の扉が開いた。
チョッパーが戻ってきたのだ。
「チョッパー、お前…ウソップの後を追って行ったんじゃ…」
「ちゃんと治療続けたかったんだけど…追い返された……」
ゾロの問いにチョッパーは俯いてトボトボと歩きながら答える。
「ウソップは今…街で宿とってる。『おれとお前はもう仲間じゃねェんだから船に帰れ!!』って…」
上げたその顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。チョッパーは私を見るとすぐ足元に駆け寄ってくる。
「なあ!ウタからもルフィを止めてくれよ!ウソップは大ケガしてるんだ!決闘なんてしたら命に関わる!それになんで二人が戦わねェといけないんだよ!ウタの頼みならルフィも聞いてくれるかもしれねェ!」
私の足に縋りながら叫ぶチョッパーに「おい、チョッパー…」とゾロが咎めようとする。
どう答えたらいいんだろう?私は——
「私は…口出ししていいのかな…?」
ずっと心に引っかかっていたものが口をついて出た。
皆が差はあれど驚いた様子でこっちを見ているのが伝わる。
ナミが「ウタ…?」と呟くが一度吐き出してしまった言葉が止まらなかった。
「だって…だって私、“麦わらの一味”じゃなくて“赤髪海賊団”だから…」
今、この一味はギリギリの所にあるのは分かった。だからこそ、最近ずっと引っかかっていたことを吐き出した。
自分が参加資格がなかったデービーバックファイトを思い出す。そう、ここは“麦わらの一味”だ。“赤髪海賊団”の私が口を出して、事態を拗らせたらもっとまずい。
これでいい、とにかく今は私のことなんて気にせず、皆でちゃんとウソップとメリー号のことに向き合ってくれればきっと上手くいく—
「なんでウタまでこんな時にそんな淋しいこと言うんだよ!?今までずっとおれ達と一緒に頑張ってきたのに!!」
「え…」
予想外の返事をチョッパーが泣きながら返して、思わず戸惑った声を上げてしまう。
そのチョッパーにサンジも続いた。
「そうだぜウタちゃん!…まさかこの前のデービーバックファイトのこと、気にしてんのか?あれは向こうがルールに厳しかっただけで、ルフィだってウタちゃんのこと邪険にしたかったわけじゃねえ!」
「で、でも…」
予想外のことで、こんな状況で二人を余計に困らせてしまったことが辛くて、どう答えていいか分からない。
その時、ゾロが口を開いた。
「確かに立場ってもんは大切だ、それで言っちゃならねえこともあるだろうが…」
まるで見ていられないというように顔を背けて言った。
「そんな泣きそうな顔で下手くそな建前なんて言ってんじゃねえよ」
ゾロの言葉に尚更何も言えなくなる。
私はそんな顔をしてたんだろうか。
「私…私、は…」
もっと、一緒にいたい。
こんな別れ方は嫌だ。
でも私の立場でそんなこと言っていいのか分からない。
そもそも皆だって辛いのにそんなこと言って良いの?
それにルフィはこの船の船長だ。
ルフィが決めたことを幼馴染だからって覆してもらおうとするのだけは絶対に違う。
船長というのは特別なんだ、そんなの赤髪海賊団にいた頃から知ってる。普段ふざけてる皆もそうだった。
じゃあウソップとこのまま別れてもいい?違う、違う!
でも私だっていつかここを離れるのに?都合よくウソップにだけ離れないでって言うの?
じゃあ私は離れたい?それも、きっと違う。
でも離れていたって仲間だって、ビビの時にも—
考えがぐちゃぐちゃでまとまらない。
こうしたいと思う自分とこうしなきゃいけないと思う自分の二人が頭の中で暴れ回ってるみたいで…
「こんなの…こんなの………やだ…」
やっと出た言葉はろくな答えになっていなかった。
呟いたと同時に膝から崩れ落ちてポロポロと涙が溢れて止まらない。
そんな私をナミが背中をさすってくれる。
こんな時に、皆を余計に困らせてしまっているのが申し訳ない。
皆が何も言えず、船内に私とチョッパーのすすり泣く声だけが響いていた中、ナミが呟いた。
「今朝まで楽しかった時間が嘘の様ね…この上に更にロビンの身に何か起きてたら…なんだかこの一味が…バラバラになっていくみたい…」
決闘の時間までもうすぐだった。