決着!2時間ちょっとの逮捕劇
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北海道本土の最北端、宗谷。
そこにやってきたのは、海上保安庁の海賊こと大沢房太郎。海賊は宗谷のとある小さなビルの前に来ていた。
「なあ知ってるか?道具持たずに海中でその場にあるウニ食うのは密漁にならないんだぜ」
「それを聞いた俺はなんて反応するのが正解なんだ?」
横にいるのはちょっと厳つい顔の男。変装していて誰なのか全くわからないが、鈴川である。二人の背後にあるビル、に入った企業に訳あって潜入捜査中で、そこで得た情報を海賊に渡しているのだ。どうでもいい会話も、情報を渡す暗号…ではなく本当にどうでもいい話だ。残念ながら二人はそんな高度な技術を持ったスパイではない。
海賊は周りに誰もいないのを確認して少し声をひそめる。
「今日には来るんだよな?」
「多分。…本当に多分。遠いし」
訳あり企業のこの建物は表向きは流通会社、その本体は国際的な犯罪シンジゲート。最近日本に流れてきた麻薬を追って、警察たちが海賊たち海上保安庁と共にやっと突き止めた場所だ。
「じゃ、情報提供ありがとな」
「いいってのよ。…ん?」
ブー、と鈴川の携帯が鳴る。メールが来たのだ。
「科捜研から今さっき来た伝言。えー、『言い忘れてたが、例のアレは海水で中和される性質があって、溶けるとただのヨウ素液になる。うっかり海に落とせば証拠不十分になるから気をつけろ』だってよ」
「なんであいつらそれを今言う?!」
「おい、お前やっぱり怪しいな」
鈴川に背後から一人の社員が声をかける。
「怪しいって、何が?」
「さっきの奴と言い、お前、スパイかなんかだろ」
「今さらか?」
そう言うと、いつのまにか取り囲んでいた社員たちが一斉に武器を向ける。
「ちょ、一人に向かって拳銃複数は卑怯だろ!」
「うるせえ!俺らの情報どこに流しやがった!」
「警察以外に何があると思うんだよ」
その言葉にぎょっとした社員が体をこわばらせる。
「お前ッ…警察のモンだったのかよ!騙してたな!」
「まあそれはそれだ。…あ、最後にいいこと教えとく。………大人しく捕まった方が痛い目見なくて済むと思うぞ?なんせ、相手は北海道最強だぞ」
そう言う鈴川の背後には、自動ドアのガラス越しに、数台のパトカーが停まっていた。
「じゃ、あとはよろしく。もてなしてやれよ?遠路はるばる網走からのお客さまだぞ」
鈴川はさっさと建物から出て行く。その開いたドアから、いつもの網走署の面々が流れ込んできた。
「おい、二人くらい外に逃げた!」
一方、外で待機していた別行動の海賊とジャックは、大惨事になっている建物を尻目にいち早く逃げ出し港へ向かう男たちを追いかけていた。その男たちも二人に気づいているのか、いっそうスピードを上げて小さめのモータボートに乗り込んだ。一人乗ると、一気にモーターが唸り出し、ボートが発進する。
「あれ、一人しか乗ってませんね」
一瞬海賊たちが止まった隙に、もう一人はモータボートに引っ張られ浮かんで来た何かに飛び移った。ジェットスキーだ。
「「え?」」
「あばよ警察さんよ!一足遅かったな!」
バタバタとモーターボートに引きずられ、ジェットスキーはみるみる港から遠ざかっていく。
「クソっ、夏場の自販機みたいな気温の癖してなんて南国な絵面なんだ!」
「あのまま風に煽られテ転覆すればいいノニ…」
突然始まったエキセントリック逃走劇に、完全に置いてかれた海賊が悔しそうに吐き捨てる横で、ジャックが呆れたように呟く。
「いや、そりゃマズい。あの麻薬、海水で中和されるらしい」
「…相手もソレを狙ってわざわざあんなアブない手段を取ったんデスね」
「仕方ねえ、俺らも追うぞ!」
海上保安庁の巡視船に二人も飛び込み、モーターボートを追う。
「あまり近づき過ぎないでくれよ。うっかり転覆したら全部パーだ」
海賊が船長に言う。巡視船は小型とはいえそこそこ大きさはある。近づけばその波でボートがひっくり返る可能性もある。警告しようと止まらない。
突然、突風が船を襲った。ボートやジェットスキーもモロに影響を受けて大きく揺れる。このままでは麻薬もろとも海のもくずになりかねない。
「あー!もうなるようになれやぁー!」
海賊が上着を脱ぐと、勢いよく海に飛び込む。冬目前のオホーツク海だ。普通なら心臓が止まる温度差にも関わらず、海賊はぐんぐんスピードを上げてジェットスキーまで追いつくと、そのまましっかりと掴んでボートに乗り上げる。
「スゴいデスね…」
ジャックが呟いたとたん、巡視船がドンッと言う音と共に大きく横に揺れた。思わず隊員たちもよろめく。
「何デスか」
横を見ると、別の小型ボートが横からぶつかってきたのだ。その接触した場所から、社員と見られる男たちがナイフを振り回して乗り込んでくる。
「ワー、ホントに海賊…」
「死ねええ!」
背後からの突きを軽く避けると、ジャックはナイフの握られた腕をがっしり掴んで逆方向に曲げる。
「痛たたた!」
落ちたナイフを拾うと、さらに横から振り下ろされた包丁をそれで弾き飛ばした。
「やめて下さいヨ!当たり屋ッテ言うんデスよソレ!」
「すげー、ナイフめっちゃ似合ってる…」
そう言いながら隊員たちもさすまたやロープで社員たちを無力化していく。全員拘束し終わった頃、また向こうからモーター音が聞こえてきた。
「ジャック、こ、これ受け取れ!」
運転していたらしき海賊が何かをなげてよこす。ジャックが受け止めて中を見ると、そこには大量の瓶やボトルに入った液体。
「お、押収品だ。ついでにコイツらも、気絶させたから、早く、」
「わかりマシタ。風邪引きますよ」
そう言って船長の指示で残りの社員も無事身柄を確保されたのだった。
「こん船らにちては、我々が責任もって回収しもす。押収品や身柄にちては、あたにお任せすっ。あいがともしゃげもした」
「ハイ。密航者ニついては、私たちにお任せ下サイ。ありがとデシタ」
宗谷港にて、降りた二人に船長がそう言って船を発進させる。残された二人が真っ先に行くところは、札幌にある警察本部だ。
「いやー、長いようで短い一日だった」
「そうデスね」
早朝からはじまりまだまだ日の高い昼。嵐のように大暴れした網走署の面々も引き上げてガランとしたビルだけが目の前にある。
「これでまあ、一件落着ってか。流出も道内で食い止められたし」
「…私の仕事ハ、ここからが本番デスけどね…」
国籍も違う数十人の容疑者達を各国の警察に引き渡す。ジャックは少し苦笑いをした。まだまだ仕事は山積みである。
二人は押収品を抱えて車に乗ると、札幌までの長い道のりを走り出した。
「なるほど、これが押収品ですね。こちらで詳しく解析します。ご協力ありがとうございました」
後日、科捜研で姉畑は海賊から麻薬一式を受け取っていた。他の地域にも広がっていないか、他の汚染の可能性がないか、これから調べるのだ。
「おう。…そういえば、頭どうした?」
姉畑の頭に巻かれた包帯を見て、海賊は聞く。
「ああ、これですか。海水で中和できると言うので、海水取ってきて悪影響出ないように研究室に撒いたら家永さんにクリップボードで刺されました」
あまりに予想外すぎる答えに、海賊は何を言うでもなく眉をひそめた。
コイツらとは、一生分かり合える気がしない。
やけに磯臭い部屋で、海賊はまた一つ何かを悟った。