決戦、真世界城上空にて (3/4)
「っ~~~~~~~!!!」
大聖弓によって大きく弾き飛ばされたリリーは歯噛みしながらどうにか霊子の足場を作り手足つけて減速しようとする。
だがおかしいことに彼女が先程から霊子を操作しようとしてもうんともすんとも言わない。まるで霊子が消えた空間に放り出された状態になり、彼女は必死に霊子をかき集めるため周囲の物質を霊子に変換し頭上の光輪に吸収する聖隷(スクラヴェライ)を発動しようとした。
───だがそれを許さない存在が何もなかった筈の空間から這い出てくる。
「バルバロッサァァァアアアアアアアアッ!!!」
「頭上注意ですよ、姫様」
空間中の霊子から肉体を再構成することで擬似的な瞬間移動法を習得したバルバロッサはそのまま全身から莫大な量の霊子をロケットのように噴射。超加速を乗せた蹴りをリリーへと叩き込み地表へ弾丸のように打ち込む。
静血装で落着したダメージを軽減しつつもう一度霊子の集束を試みるリリー。だが何度やっても残りかすのような霊子しか手元に集まらない。原因は───目の前にいる霊子操作の化身以外存在しないだろう。
「バルバロッサ、あなた、一体何を……!?」
「姫様。貴方の滅却師としての能力は素晴らしいものだ。類い稀なる才能をたゆまぬ努力で磨き上げたものだと賞賛します。───しかしどんなに優れていようと操れる霊子が無ければ、例えユーハバッハを越える能力があろうがどうしようもない、そう思いませんか?」
「っ…………!?」
周囲に満ちている全ての霊子が、物質が、目の前の男の周りへと集約していく。聖文字を抜きにすれば滅却師同士の戦いは謂わば霊子の支配権の争い。同じ領域でより霊子を多く集め、上手く使える滅却師こそが勝利する。
そういう意味ではリリーは既に滅却師として敗北していると言っても過言ではなかった。
「……だったらなんです!元より貴方に霊子による攻撃が無意味な以上霊子の支配なんて関係ない。今度こそこの剣で貴方を切り裂けば済む話……!」
「まあ、それもその通りです。では……少々新しい試みに付き合って貰いますか」
バルバロッサは静かに地面に手をつける。すると彼の手を中心に青く輝く電気回路のような線が瞬く間にクモの巣の如く高速で広がっていく。
一体何をするつもりだ?という疑問は、問わずとも答えが帰って来た。
「この三界において現世以外の世界ではあらゆるものが霊子で構成されている。空にある雲も、果てまで広がる大地も、命を満たす水も、元を質せば全て霊子です。そして我々滅却師はその霊子を操作することに長けている」
「……何を、言いたいのです……?」
最初にドン、という音がした。その音はすぐに後に続くかのよう地響きへと変わり、真世界城の四分の一にあたる部分が"変形"し始める。
「世界の全てのものが霊子で作られているなら、その全てを霊子に分解する術があるのなら───逆に、霊子から物質を、現象を、自在に生み出せない道理はない! 世界創造(アンファング・ヴェルト・シャッフェン)!!」
真世界城の四分の一を完全に支配下に置いたバルバロッサは地形を無制限に変化、創造して茫然としているリリーへ無尽蔵の質量攻撃をけしかけた。
壁が、地面が、建物が、全てが彼女を狙う凶器として襲撃する───!
「化け物がっ……!"万物貫通"、"力"───融合技・裁きの神剣!!」
対するリリーはそれらの攻撃を動血装による肉体強化使って回避しながら己の霊力を消費して空中へと逃れ、ついに今まで使わなかった聖文字の合成による攻撃を行う。
それは"万物貫通"の光線を"力"の能力でブーストすることで破壊範囲更に拡大させた超広域破壊攻撃。それを剣を振り下ろすかのようにリリーは撃ち放ち───真世界城の三割を文字"通り消し飛ばした"。
地形が大きく削り取られたことで一部が崩落していく真世界城。しかしバルバロッサは平然とした表情でその真ん中に滞空し続けており……その彼が腕を一振りしただけで消えた筈の地形が再び生成された。
究極の破壊と究極の創造。誰かがこれを見ていたのならば、さながら神話の如き光景だと評するだろう。
「私の邪魔を……するなあああああああ!!」
"万物貫通"を用いて光の速度でバルバロッサへ迫るリリー。それを見たバルバロッサは互いがぶつかり合う寸前に肉体を霊子に分解してリリーの剣を素通りさせ、彼女の背後に回り込んで拘束しようとする。
しかしリリーも負けじと反応し姿勢を反転。互いに手を掴み合いながら膠着する。
「どうして陛下の邪魔をするの!」
「奴の作る世界なぞ望んでいない!」
「死のない理想郷よ!」
「逃げ場のないただの地獄だ!」
「知った風な口を利いてぇっ!!」
「虐殺者の作る世界がまともなものか!!」
互いに両手を弾くそのまま武器を手に取り交錯を開始。バルバロッサは三節棍兼双頭槍を二つに分離させた双剣を、リリーは愛用の剣を振るって空中で火花を何百も散らしていく。
「"完全反立"!」
「何時までも同じ手が通用すると思うな!!」
リリーが"力"で強化した剣の投擲を再び行い、"完全反立"による転移でバルバロッサとの距離を一気に詰める。だが何度も行われたそれは既に見切られており、出現した先を予測したバルバロッサはタイミングを合わせて出現したリリーの足首を掴み、そのまま無造作に地面へと投げつけた。
霊子の放出によって爆発的に身体能力を上昇させたそれはリリーの身体を軽々と加速させ、つい少し前にバルバロッサやられたように建物いくつも貫通していく。
「───水よ!」
それだけでは終わらない。バルバロッサはリリーがいるであろう地点から半径数キロに大量の水を作り出し、巨鯨のように形作りながら彼女を飲み込ませた。
(っ~~~~!"万物貫通"───!)
水の巨鯨に飲み込まれたリリーは混乱しつつも即座に不可視の破壊光線でその腹に大穴を空けて脱出。ずぶ濡れになりながらも空気を吸う環境を取り戻す。
が、
「捕まえましたよ姫様」
「なっ───」
霊子分解による転移で近づいたのだろうバルバロッサがリリーの片腕を掴む。反射的に剣を逆手に持ち替えて彼の腹部を貫くが、当然のように手応えも出血も起きない。
「どうして……」
「霊子がある限り今の俺は死にませんよ。そして……一緒に星になって見ましょうか、姫様」
「え?」
バルバロッサ腕を横に振る。瞬間、虚空から大量の岩石が創造され、二人へと殺到した。岩石二人を閉じ込めたまま際限なく集まっていき───やがて巨大な球状の塊になった。
「私を閉じ込めたつもりですか?」
「閉じ込めただけで終わるとは言ってませんよ」
二人が動けないままじっとしていると突如大きな振動が五回起きた。何が起こったかは外から見れば一目瞭然。
直径数キロの球状の巨岩に、同じくらい巨大な神聖滅矢が───バルバロッサの形成した大聖弓・神殺罰剣(ザンクト・ボーゲン・クラウソラス・リヒテン)より放たれし弓矢が五つも突き刺さっていた。
そしてその矢は滅却印(クインシー・ツァイヒェン)を形作っており、更にバルバロッサが真世界城を分解し、空間中を漂う大量の霊子を送り込まれ、今にも爆発しそうな輝きを放っていたではないか。
「では姫様、どうぞ堪能を」
「バルバロッサァァァァァ──────!!!」
肉体を霊子に変換し離脱するバルバロッサ。彼の離脱と同時に巨岩内部を渦巻く霊力は起爆し、戦略核に匹敵するエネルギーが真世界城上空を太陽のごとく照らした。
◆◇◆◇◆
真世界城の半分を包んで余りある青白いエネルギーの渦から一人分の影が飛び出して地面に転がる。リリーは全身を擦り傷と火傷だらけにしながらもダメージを負った身体に鞭打ち、立ち上がった。
それを静かに見下ろすバルバロッサは彼女がまだ意識を失っていないことに驚きつつも賞賛の言葉を送る。
「今ので意識を持っていくつもりだったのですが……ギリギリ"万物貫通"の防御が間に合いましたか。流石です」
「はぁ……はぁっ……なんでっ……なんでぇっ……ユーゴー……バズ……!うぅあああああああああああああああああああああ!!!!!」
リリーは様々な思いが頭の中でごちゃ混ぜになり、ついに耐えきれなくなったのか感情のままに叫び散らしながら地面を"万物貫通"で一閃。真世界城の一部を丸ごと"切り取った "それを右手で掴むと、"強制執行(ザ・コンパルソリィ)"を応用して地中へと神経毛を送り込んで固定した。
「堕ちろぉぉぉぉぉぉおおおおおお───!!!!」
「乱暴なお方だ───!」
同じく足を地面に固定し、リリーは切り取った真世界城の一部を"持ち上げた"。動血装に"力"と"強制執行"を融合させることで自分の身体能力を限界以上まで引き上げているのだろう、身体の各部から内出血を起こしながら人知を越えた所業を成している。
もはや小島ほどもある質量を、リリーはそのまま上空のバルバロッサへと投げつけた。冗談のように浮き上がって迫る質量の塊に向け、バルバロッサも同じく"質量"で対抗した。
「流星よ、此処に」
バルバロッサの頭上に創造される巨大隕石。リリー投げたそれと比べれば二回りほど小さくはあったがそれを六つほど創り出し、バルバロッサは"狩人"で作り上げた数千の鎖で自身の両腕と接続。リリーと同じように最大限まで身体能力を底上げしながら鎖を引っ張り下方へと加速させた。
「いけぇぇぇぇぇええええええええええ!!!!」
断熱圧縮を起こし赤熱を帯びながら流星群は小島ほどもある塊と衝突。空間が打ち震えていると錯覚するほどの轟音と大爆発を破片と共に四散させた。
空に広がる大量の粉塵と岩石の破片。その中を突っ切りながら影が───リリーが剣を握りしめてバルバロッサへと飛翔する。
「死になさい、反逆者───!」
「断る───!」
空中を落ちていく岩石群の中を飛び回りながら二人は再び剣と双頭槍の刃を交えていく。
リリーが剣を振るってバルバロッサへ斬りかかり、回避されて背後の巨岩を両断。バルバロッサは空中で逆さまになりながら双頭槍を変形させて二本の剣に分け、その二つを鎖を延長しながら両断された岩に投擲。
左右の岩石を引っ張り寄せて振り回しリリーを挟み込むも"灼熱"と"雷霆"を融合させた攻撃が全方位を超高熱で焼き付くし岩石を消滅させる。
「こんのおおおおおおおッ!!」
「フンッ───!」
バルバロッサはリリーが聖文字を切り替えた一瞬の隙を突くように槍を投擲。槍自体にも内包された霊子を噴出させることで更に加速させ威力と貫通力を最大限まで上げた一投を繰り出す。
「こんなもので……!───ぐあっ!?!?」
「雷の速度。結構。だが光ってる以上移動先が読みやすい!」
リリーはそれを"雷霆"の雷速移動でそれを回避。しかし先を読まれていたせいで瞬間移動によって移動先を捕捉され飛び蹴りを入れられ背後の岩盤にクレーターを作りながら深くめり込んだ。
「現象創造──爆発(エクスプロード)!!!」
防御系の聖文字でない今が最大のチャンスと踏み切ったバルバロッサは空間中の霊子構造を高速で組み換え、リリーの周りへと凝縮させていく。
通常とは違う赤い輝きを放つ霊子たち。それらが一ヶ所に集まって小石ほどにまで圧縮された瞬間───強烈な爆炎を吐き出す大爆発が岩盤ごとリリーを呑み込んだ。
巻き上がる黒煙と火の粉。かざした手を下ろしながらバルバロッサは煙の中を睨み付ける。
「……やったか?」
その声に応えるかのように煙が周囲を漂う岩石ごと吹き飛んだ。辺りに無差別無秩序に放たれる爆発的な霊圧。下手な存在では近づくだけで圧死する程の力だ。
「Aaaaaaaaaaaaaaaa───!!!」
「……後一押し、か」
狙い通りリリーの意識は既に消えていた。代わりに残ったのは彼女が内に秘めていただろう無意識の破壊衝動。意識を失ってなお敵を殲滅せんと、今まで押し込んでいた全て消え去った状態で君臨する。
「The Almighty」
「Antithesis」
「The Balance」
「The Compulsory」
「The Glutton」
「The Heat」
「The Hunting」
「The Power」
「The Thunderbolt」
「The Underbelly」
「The Wind」
「The X-axis」
「The Zombie」
統合されていく13を越える聖文字の力。リリーの頭上にあった光輪の中央に黒い球体が創造され、聖文字の呼び名が彼女に唱えられる度に黒い雷電を撒き散らしながら加速度的に膨張していく。
黒い球体が大きくなる程未知の力による引力が発生していく。吸われていく岩石たちは黒い球体の表面に触れた瞬間何処かへと消えていく。あれではまるで空間に空けられた特異点───ブラックホールそのものだ。
「───The Successor───」
「全く……困ったお姫様だ───!」
周りのものを吸い込みながら果てしなく拡がろうとする孔。呑み込まれれば恐らくユーハバッハですらそのまま成す術もなく消滅する。そして放置すれば、間違いなく三界を完全に崩壊させる存在となるだろう。
勿論バルバロッサはそんなことを許しはしない。だからと言って確実にあの驚異を取り払える確証もない。それでも彼の中には理屈も、理由も、理解も越えた自信があった。
「バンビ、キャンディス───見ていてくれ」
右手を空へと伸ばし、手刀のように構える。そして今集められるだけの全霊力と霊子を右手へと集束させ、天へと伸びる剣を形成していく。
これぞ彼のたどり着いた奥義。あらゆる異能を切り裂き、神を討つ一撃───
「【神の天敵(クラウ・ソラス)】」
小さな光が、拡がる闇を両断した。