決戦、真世界城上空にて (2/4)
雷で形成された三対六枚の翼がバチバチと放電する音が二人の間で広がる静寂を強く印象付ける。
バルバロッサは一瞬だけ崖から落ちたような落胆を見せたが、すぐに何かに納得したように取り繕ったような苦笑を見せる。それを見たキャンディスはただ拳を握りしめ、今にも泣きそうな表情で彼を見ていた。
「…………姫様に言われて来たのかい?」
「違う。これは……あたしが、あんたを止めるために来ただけ。これ以上は死にに行くだけだから、止めに来たんだよ」
「退いてくれ、キャンディス」
奇しくも先程のリリーとは立場が逆転してしまったバルバロッサは込み上げるものを飲み込みながら、一歩前に進む。直後彼の足元に雷が突き刺さった。
「動かないで!動いたら……撃つ!」
「……………………」
真世界城に突入する前にキャンディスには特殊な措置を施し、外部からの特殊能力を何回分か弾けるようにしてある。今になってそれが仇となって帰ってくることはある程度想定していたバルバロッサではあったが……だからといってそれを後悔したりはしなかった。
どの道彼女は未だにユーハバッハの聖別の対象。例え敵対することになろうとも───
「例えお前が俺の敵になったとしても……傷付けるのが俺だけなら、俺がお前を傷付ける道理はない」
「動かないでって言ってるだろ!?ガルヴァノジャベリン!!」
キャンディスは背中から取り外した翼の一枚を剣のようにしてバルバロッサへと投擲した。対する彼はそれを避けることも防ぐこともせず、無防備な姿で受け止める。
───ビシャリ、と鮮血とともに男の左腕が地面に転がった。
「…………え…………な…………」
「…………」
進む。腕が切り落とされ、血を撒き散らしながらも進む。進み続ける。
「……リリー様になら私が話を通す!ちゃんと謝れば許してくれる筈だよ!例えダメだって言われても私が何とかする!あたしがなんでもする!あんたを守るためならっ……あ、あたしは……!」
「……こうして、君の声をちゃんと聞くのは、久しぶりかな、キャンディス」
大きく動揺するキャンディスは無意識に一歩下がってしまう。それでもバルバロッサを止めるために雷を彼の身体を致命傷にならない範囲で撃ち込んでいくが、止まらない。まるで痛みなど感じないとでも言うように、彼は優しい笑みのままやがてキャンディスの目の前に立った。
「なんでっ……なんでそこまでするんだよ!恋人の……バンビエッタがそんなに好きか!?そんなに好きならっ……お前を殺した後に同じところに送ってやる!私の手で───!」
悔しさ、怒り、悲しみ。それらがぐちゃぐちゃに混じりあった顔が涙と共に彼女の顔に溢れだしてくる。自分なら守ってやれる、自分なら共に歩める、そう伝えても目の前にいる想い人はその手を取らない。
ならば、いっそ───そう考えた瞬間、暖かい包容が彼女の身体を包み込んだ。予想すらできなかった行為にキャンディスは呆然とし、そして直接触れられたことで完聖体もあっさりと解除されてしまう。
「キャンディス……そんな悲しい顔をしないでくれ。俺は……お前にそんな顔をしてほしくてここにいるんじゃないんだ」
「なんで……どうしてっ……あたしじゃないんだよぉ……!あたしだってっ……あんたの事っ、ずっと好きだったのに……!あたしがどんな想いで過ごしてきたかもわからない癖に……なんでっ……!」
「………………あぁ……そうか……そうだったんだな……」
涙混じりの告白にバルバロッサも動揺を見せるも、スッと胸に染みたような納得と、同時に嬉しさを感じてしまった。
「ずっと愛想を尽かされたんだと思っていた。お前も他の者達のように、俺を人とは違う何かだと思い始めて、俺との関わり合いを避けていたものだと」
「あいつが、バンビエッタがお前の傍にいたから……あたしは近づかなかった!いつか、いつかあいつだけじゃなくてあたしのこともまたちゃんと見てくれるって信じて!なのに、お前はっ……あたしじゃなくて……あいつを……選んで……」
「……済まない、キャンディス。本当に……君の気持ちに気付けなくて。そして……応えらてなくて」
「っ、うっ、ぅぅ~~~~~~……!!」
謝罪、そしてはっきりとした断りの返答にキャンディスはただただ口を抑えて泣くしかなかった。何十年も何百年も抑え込んできたものが弾けとんだような感覚に、彼女の心は耐えきれなかったのだ。
だがそれでもバルバロッサは彼女を抱き締める腕を放さず、まるで子供をあやすかのように背中をさする。なんだかとっても嬉しそうな笑顔を見せながら。
「酷い男だと罵倒してくれていい。だけどキャンディス、俺は今とても嬉しいんだ。お前が……俺を最初に人として見てくれた友人が、俺を嫌ったりしていなかった。いやむしろ……こんなにも、愛してくれていた……」
ずっと見捨てられたのだと思っていた。だがそうではなかった。自分の思い違いで、自分が最初に憧れ、愛して、己を誇りたいと思う人は自分をこんなにも愛してくれていた。
その想いに応えることはもう叶わないが───その事実はバルバロッサの目から涙が出るほどに衝撃的で、感動的であった。
「ありがとう、キャンディス。これで心残りが一つ消えた。君のおかげで、君を守るために、俺はまた闘える。……愛してる、俺の、大切な人」
「あ、あぁ…………あぁぁぁぁぁぁ………っ!!」
キャンディスはその場で崩れ落ち、泣き叫んだ。バルバロッサはそんな彼女の方にボロボロになった自らの上着を着せ、彼女の横を通りすぎて再び歩きだす。
その顔に最早絶望なんて一欠片も残っていなかった。
(不思議だ。絶望的な状況だと言うのに、不思議と気持ちが沸き立つ)
歩く。歩く。歩く。
意識すらしていないのに周辺の物体が霊子へと変換され、彼の肉体へと吸収されていく。それだけではない、霊子の流れが彼の欠けた腕があった場所へと集約していき、まるでビデオを逆再生するかの如く傷を高速で癒していく。
霊子による肉体の再構成。霊子操作能力の奥義の一つに、彼は今足を踏み入れ己のものとした。肉体の損城は全てが瞬時に修復されていき、五秒とかからず彼は今再び健常な肉体へと逆戻りしていた。
「───さぁ、リベンジ開始だ」
バルバロッサの肉体が霊子へと変換されて瞬間移動したようにかき消えた。消滅したわけではない、ただ単純に霊子と肉体を同化させて、"再びどこかで作り直す"準備をしているだけ。
霊子の支配者が今、凱旋を始めた。
◆◇◆◇◆
「オラァァァァァァアアアッ!!!」
「くっ……!」
太陽の門より真世界城に侵入を果たしたバズビーは現在、親衛隊にして筆頭騎士たるハッシュヴァルトと激闘を繰り広げていた。
本来ならばハッシュヴァルトとバズビーは勝負にすらならない筈の実力差が開いている。にも拘らずバズビーは勇猛果敢にハッシュヴァルトに食い付き、ハッシュヴァルトもまた苦悶の表情あえ浮かべていた。
どうしてこんな状況になっているのか。それはこの闘いに参戦しているアレクサンドラ・アロマトラットの聖文字、"願望成就(ザ・ウィッシュ)"の効果によるものであった。
"願望成就"、その完聖体たる【神の監視者】の能力は相手や事物に込められた思いを一種の怪物として具現化するという能力。そしてそれを自分や相手に怪物としてだけではなく武器や別の形として出力することが可能となる。
そのためアレクサンドラ……サンドラは"願望成就"を使いハッシュヴァルトがされて嫌なこと、そしてバズビーが今望んでいることを同時に出力することで普通なら敗北必至の戦況を互角にまで引き上げていた。
(身代わりの盾(フロイントシルト)が使えん……!"世界調和"も奴らを効果の対象に出来なくなっている……!どういうことだこれは……!?)
ハッシュヴァルトの持つ特殊兵装・身代わりの盾はハッシュヴァルト自身が受ける"不運"の身代わりにすることができ、自身に降りかかった不運を移し取ることができる。これによって彼は不運を遠ざけ、"世界調和"の幸運の恩恵だけを得ることの出来る無敵の騎士となることが出来る。
だが盾に蛇のような怪物が絡み付いてからはその効力は喪われていた。サンドラの聖文字による効果だ。だがそれだけならば"世界調和"を上手く使えばいいだけのこと……そんな想定も先程からバズビーに対して能力をしようしても弾かれてしまったことで頓挫した。
つまり現在のハッシュヴァルトは自分に対してにしか聖文字の力を発揮できず、強力な装備も封じられた極めて危険な状態。対してバズビーは「ハッシュヴァルトに勝ちたい」という思いを具現化されたグローブを手につけ、威力を大幅に強化された"灼熱"の力を遠慮なく振るっていた。
「どうしたユーゴー!盾がなきゃ何も出来ねぇのか!───バーニング・フル・フィンガーズ!!!」
「減らず口を……!」
バズビーの五指から放たれた超巨大な螺旋状の炎がハッシュヴァルトへと迫る。それを動血装で強化した肉体による剣の一振りで弾き飛ばしながらハッシュヴァルトは戦況の要であるサンドラへと駆ける。
「貴様さえ排除すれば───!」
「あら慧眼でしてよ。───でもいけませんね、騎士様。アポイントメントも無しに乙女に触れようとするものではありません。バンビエッタ!!」
「あたしに命令していいのはバルだけなんだけ、どぉッ!!」
サンドラの背後から翼を生やして完聖体となったバンビエッタが飛び出し、手に形成した大型の霊子爆弾を蹴りでハッシュヴァルトへとシュート。ハッシュヴァルトは咄嗟に大きく回避し、バンビエッタの放った霊子爆弾は誰もいない場所で"願望成就"によって強化されたことで大爆発を起こした。
余波によって大きく吹き飛ばされるハッシュヴァルト。その彼をバズビーが追いかけて追撃を行う。
「バーナーフィンガー4!!」
「っ…………!」
親指以外の四指から生やした炎の剣でハッシュヴァルトに斬りかかるバズビー。しかしハッシュヴァルトもしっかりと空中で姿勢を正し、剣でその一撃を受け止める。
炎から発せられる熱が両者の顔を照らす。小刻みに震える剣と剣、流れた汗が地面を濡らす。
「バズビー、お前は……!」
「バズって呼べよ!それともなんだ、もう俺とは友達でもなんでもないってか!あァ!?」
「……俺は……」
「───モヒカン!後ろに下がりなさいよね!!」
「ちょっ、人が話してるのに横槍入れてんじゃ───クソッ!」
鍔迫り合いをしているバズビーの後ろからバンビエッタによる小型霊子爆弾の連続発射が行われた。流石に巻き込まれたら溜まったものではないためバズビーは横に飛んで回避。ハッシュヴァルトも同じく回避しようとするが───
「あら、男なら乙女のアプローチはしっかり受け止めるものですわよ?」
「貴様───!」
ハッシュヴァルト足元から蔓のような怪物が出現し彼の足を地面に縛り付けた。回避は不可能になった以上正面から受け止めるしかないと静血装を展開して防御を試み………
「"全知全能(ジ・オールマイティ)"」
いきなり何十もの霊子爆弾がまるで「最初からなかった」かのように跡形もなく消滅した。そしてこの場にいる者全員に一斉に感じる強大な霊圧。戦闘の余波によって吹き抜けのようになった壁の向こう側から青髪の天使が紫色の瞳で此方を睨んでいる。
リリー・ラエンネック。ハッシュヴァルトとバズビーにとって無二の幼馴染みが其処にいた。
「ユーゴー……バズ……!どうして闘っているの!?」
「リリー……バズビーはもう反逆者だ。陛下に逆らう者は、騎士団筆頭として……処断しなければならない」
「ふざけないで!バズは私たちの友達でしょ!?軽々しく処断するなんて言わないでよ……!」
床に足を着いたリリーは怒ったような表情でハッシュヴァルトに詰め寄る。だがハッシュヴァルトはただただ険しい表情で冷たい返事を返す。
やがてリリーは胸が痛むような仕草をしつつ、無言で拳を握りしめて自身とハッシュヴァルトを睨み付けているバズビーに向き直る。
「バズ……聖別で陛下に力を奪われたことは、私も悲しいと思ってる。でも私からもう一度頼んでみる!もう一度力を与え直してくれって、そうすれば───」
「───ふっざっけんじゃねぇぞ!!!!!」
憤怒。まるで火山が爆発したような怒りの形相にリリーの言葉は塞がれた。始めてみる程の友人の激怒ぶりに、何を言えばいいのかわからない故に。
「ユーゴーも!お前も!一緒に約束したじゃねぇか!ユーハバッハを倒しておじさんたちの仇を討って、一緒に理想の国を作ろうって!最強の滅却師になろうってよ!!なのになんだ!お前ら二人揃って後継者だのなんだの言われた途端にあのクソヤロウに尻尾と愛想振り撒きやがって!!アレが!散々同族を殺して世界をぶっ壊そうとしているような奴に!なんでお前らは付き従っていられるんだ!!」
「バ……バズ……それは……」
「やめろ、バズビー」
「ユーゴー、テメェもだ!俺は……俺はお前にならリリーを任せても大丈夫だって……お前にならリリーを幸せにできると思っていた!男として、親友として信じていた!なのになんだそのザマは!好きな女に何悲しい顔させてんだ、このクソヤロウ!!」
「やめろと言っているんだ!バザード・ブラック!!」
「二人とももうやめてよ!!」
最早ハッシュヴァルトも我慢の限界なのか剣を握りしめてバズビーへと近づこうとする。そんな彼の腕を引っ張ってリリーは必死に静止するが、場は既に一触即発の空気だ。
……そんな空気など知らないと言いたげに、三人の間にバンビエッタはずんがずんがと堂々と割って入る。そのあまりにも堂々としている姿に怒りのボルテージが突き抜けていたハッシュヴァルトとバズビーは思わず気の抜けた表情をさらしてしまった。
「ねぇお姫様、バルはどこ?あんたの足留めしてた筈でしょ?」
「……バルバロッサならば打ち倒しました。生きていると思いますが……」
「は?倒した?あんたが?嘘言うんじゃないわよ」
「嘘じゃありません。彼を無条件で信頼するのは貴方の美徳だとは思いますが、彼は───」
「ふー……わかってないわねぇ」
バンビエッタがリリーへと一歩一歩近づいていく。そして彼女からリリーを庇うようにハッシュヴァルトが前に出る。
「バルはね、最強なの。誰にも負けないし、いつだってどこでだって私を助けてくれる。例え一回倒れたとしても───」
「無防備に近づいてくるか、バンビエッタ・バスターバイン───!」
「おい避けろバンビエッタ!」
「ユーゴーやめて!!」
剣が振りかぶられ、バンビエッタの身体を切り裂かんと振り下ろされる。
「絶対に立ち上がって駆けつけてくれるんだから。ね?マイダーリン♪」
「───ごめん、待たせた。マイハニー」
だがその刃は永遠にバンビエッタに届くことはなかった。バンビエッタの背後に突如集まった霊子の本流からバルバロッサが現れ、その剣を軽々と受け止めたのだから。
「な……馬鹿な、近くに貴様の気配はなかった筈……!」
「当然だろう。今ここで身体を作ったんだから」
「霊子による肉体の再構成……あの悪名高き朽木倭玄と同じ……」
「アレと同じにしないでくれサンドラ。後生だから」
掴み止めたハッシュヴァルトの剣の刀身を当然のように霊子に分解しながらバルバロッサはリリーへと手をかざす。何かをやってくると察したリリーはすぐさま防御手段を講じようとするが……一手遅かった。
「大聖弓(ザンクト・ボーゲン)」
「しまっ───」
巨大な神聖弓を既に引き絞られた形で出現させ、本来なら矢をつがえるべき場所にリリーの腹部を引っかけてそのまま射出。何かを言い残せる暇もなくリリーは遥か遠くへと吹っ飛ばされてしまった。
「リリー!!」
「おいイケメン野郎!リリーのことは……!」
「わかってるよバズビー、任せてくれ。───バンビ、行ってくる」
「うん。今度はちゃんと勝ってきてよね?バル」
返答は小さなキスで返しながら、バルバロッサは再び肉体を霊子に変換して何処かへと移動していった。ハッシュヴァルトそれを追いかけようとするが、それを許す三人ではない。
「どけバズ!お前はリリーの味方だろう!!」
「うるせぇ!行きたきゃ俺たちを倒して行きやがれってんだこの馬鹿野郎が!!」
「こっちはバルが勝ったときのお迎えに行かなきゃならないの!さっさと倒れなさいこの金髪!」
「はぁ……またヤベーもんが増えてしまいましたわ……」
三者三様。今再び決戦が開始される。