汚れちまった哀しみに
普段、あんまり乗り物酔いはしたことないんだけど、流石に今日は無理だった。
不規則に揺れる漁船の上で、私は壁に寄りかかって虚な目で空を見上げていた。
あ、かもめさんいっぱい飛んでる。
ふわっ、うんちした。目の前に落ちた。危なかった……
死にそうな気分の中、危機一髪の状況で生を実感する。こんな生きてる感じ嫌だよぉ。
ふぁああ……ぎもぢわるいよぉ……
私たちが居るここは拓海くんのお父さんが務める漁船の上。
今日は拓海くんのお父さんで漁師な品田門平さんに誘われて、みんなで海釣りに出かけたの。
一緒に来たのは、あまねちゃんと、ゆいちゃんと、そして拓海くん
「のどかちゃん、大丈夫?」
釣りファッションに身を包んだゆいちゃんが、釣ったばかりのお魚の刺身を頬張りながら声をかけてくれた。
「食べる?」
うん、無理。ていうかこの揺れでゆいちゃんなんでそんなに元気なの?
お刺身をおかずにおむすび何個食べてるの?
ていうか全然釣ってないよね? さっきから拓海くんばっかり釣ってるよね?
あ、やっぱり私も食べる。
拓海くんが釣って拓海くんが捌いてくれたお刺身をゆいちゃんばっかりに独占するのずるいもん。
「私も一口…ふぁあおえええ…」
拓海くんのお刺身を口に入れる前に中身が出そうになって、私は船内へ駆け込んだ。
「吐くなら海に吐けば良いのに?」
後ろでゆいちゃんの声が聞こえたけれど、できるわけないよそんなこと。拓海くんの前で吐くなんて乙女的に絶対やっちゃダメな奴だよ!?
……ゆいちゃん、もしかして拓海くんの前で吐いたことある?
ありそうだなぁ、ゆいちゃん平気でそういうことしそう。
拓海くんはそういうときどうするのかな。背中とか、さすってくれるのかな?
ふぁっぶ!?
妄想しようにも吐き気が勝った。急いでトイレのドアに手をかける。
ふわぁ、鍵、かかってる!?
「入って…ま……おろろろろ」
「あまねちゃん!?」
お花を摘みに行った先で絶望に襲われて怪物化しそう。
あ、だめ、もうダメ……
「花寺先輩!」
背中から抱きかかえられて、船べりへと連れて行かれた。
海に顔を出し、拓海くんに背中をさすられて、私は決壊した………
吐いたら楽になった。食欲も湧いた。拓海くんに甲斐甲斐しくお世話もしてもらえた。
その様子をゆいちゃんが羨ましそうに眺めて、ちょっとだけ勝てた気もした。
でも勝利の代償に、私は汚れてしまった。私はもう、綺麗だったあの頃に戻れないのね……
汚れてしまった哀しみにお刺身をやけ食いしたらまた気持ち悪くなった。
ふわぁあ、あまねちゃんがまだトイレ占拠してるよぉ〜!?