毒華を喰む

毒華を喰む







「よくもまあ、とんだ怪物を世に放ってくれたもんだぜ」


力を失ったようにぐったりと、それでいて穏やかに眠る少年の頬を撫で、シリュウは嗤った。

ぐちゃぐちゃのシーツに散らばる、長い桃色の髪。白い肌にはいくつもの痣や鬱血痕に彩られ、すらりと伸びた両脚の付け根からは、おびただしい量の白濁が滴り落ちていた。

どうみても陵辱された後にしか見えないのに、ベッドに横たわるコビーの姿は、まるで淫靡にして優美な一枚の絵画のようだった。その光景に、ティーチは満足げに口元を吊り上げる。

脳裏をよぎるのは、この子供との、始まりの日のことだった。





航海の只中に身を寄せた、小さな無人島。浜辺に一人佇むティーチの眼前に、真っ赤に輝く水平線が広がっていた。

オレンジ色に染まる海面から、小さな頭が浮き上がった。夕日に照らされて、桃色の髪がきらきらと光る。


「ティーチさん!」


こちらを見て、コビーはぱあっと花が咲いたような笑顔を見せた。まるで飼い主を見つけたような子犬みたいな顔で岸に泳いでくる姿に、えもいわれぬ感慨を覚える。

ほんのひと月ほど前に気まぐれで拾った子供は、目まぐるしいスピードで成長を遂げていった。短期間で随分と背が伸び、顔立ちや体型も見違えるほどになった。知識も戦闘技術も、教えれば教えるほど素直に、そして柔軟に取り込んで己のものにしていく。この子供を育てることにのめり込んでいく自分がいることを、どこか可笑しく思っていた。

砂浜にずぶ濡れの少年が上がってくる。その手には、丸々と太った巨大な魚が何匹も刺さった木製の銛が握られていた。


「大漁じゃねェか」

「はい、いっぱい獲れました!今日はご馳走ですね。……聞いてください!水中から見る夕焼けって凄いんですよ!まるで、世界が丸ごと全部真っ赤に染まったみたいで……」


自分が味わった感動をどうにか伝えようと、大袈裟な身振りで話す姿がますます犬っぽく見えて、思わず吹き出しそうになる。

出会った頃は酷く怯えていた瞳は、今では絶対的な信頼と敬愛を湛えて、常にこちらに向けられている。その眼差しに見つめられると、心の奥底を直接撫でられたような、妙なくすぐったさに襲われるのだ。

びっしょりと濡れた小さな手が、ティーチの腕を引いた。


「ねえ、ティーチさんも一緒に……って、そうか、ティーチさん海ダメでしたよね……」


コビーの表情が、寂しげな翳りを帯びた。夕日に照らされた、瑞々しい肢体。滑らかな素肌を滴る雫の一粒一粒が、宝石のように光り輝いている

その様に、ふと思い出した。男を誘惑して海に引き摺り込む、恐ろしい魔女の伝説を。


「なあ」


気付けば、無意識のうちに口からこぼれ落ちていた。


「お前、おれのオンナになるか」


コビーは、キョトンとした顔でティーチをただただ見上げていた。そして、何も考えていなさそうな、無垢な幼子のような顔でこくりと頷いたのだった。






「自分の愛人をほいほいと他所の男に貸し出すなんざ、やっぱりイカれてるな、お前」


コビーを撫で回しながら紫煙を燻らすシリュウに、ティーチはほくそ笑んで杯を傾けた。


「こうして寝てりゃあただのガキにしか見えねェのに、今やこいつに跪いて愛を乞う男なんざこの海に履いて捨てるほどいるじゃねェか。まったく、世も末だ」


こんこんと眠り続ける、未だ成熟しきらぬ稚い身体。どれだけ男の欲望に塗れようとも、無垢な清廉さを失わずそこに在り続けている。

この子供を己のものにすると決めたあの日から、ティーチはあらゆる教育をコビーに施し、理想の『妻』へと育て上げた。強さも、賢さも、気品も、可憐さも、すべてを備えた完璧な『妻』に。

ティーチ自身が長い時間をかけて丹念に拓き、じっくりと快楽を教え込んだその肉体。精を注げば注ぐほど妖艶に花開き、まるで毒のよう周囲を侵食し、虜にしていった。


「こういうオンナに狂わされて破滅してきた男を何人も見てきた。お前も同じクチか?」


シリュウの問いかけに、何も語らず薄笑いを浮かべる。

脳裏によぎるのは、あの夕焼けの浜辺。小さな手に腕を引かれた時、柄にもなく思ってしまったのだ。こいつになら、海の底まで引き摺り込まれてやってもいいか、と。

そして、あの時確信した。こいつは男を喰らえば喰らうほど強く、そして美しくなる怪物だと。獲物の精気と涙を吸い尽くして絢爛に咲き誇る、毒の華だと。


「ロクな死に方しねェぜ、こいつは」

「ゼハハハハハッ!死なせねェさ。少なくとも、おれより先にはな」


いつか眠りにつく日が訪れるなら、この無垢なる毒を喰らい尽くして果てるのがいい。

密かな、そして馬鹿げた夢想を笑い飛ばして、ティーチは艶やかな桃色の髪を手に取って恭しく口付けた。





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