毒の中で墓穴を掘る
世界が滅んだ。理由はよくわからない。
俺のような一般人の耳に届かないところで何かがあって、その何かが世界を不毛の地に変えていき、気づいたときにはまっとうに住める土地も食えるものもほとんどなくなっている状態になったのだ。
ポストアポカリプスものだと人間含む生命が案外たくましい作品も多かったが、少なくとも俺の住んでるあたりではそういう逞しさを発揮する人はいなかった。
バタバタと人が死んでいき、これまた気づけばこの辺で生き残っているのは俺一人になってしまっていた。
俺は1人だけ残ってしまった人間として、どうしても気になることをすることにした。
「ゲホッ ゴホッ ……あと何日生きれるかな」
俺が幸いだったのは、世界が変わった後引きこもる選択を取れたという一点だけ。
そのおかげで一番毒素の濃い時期に外に出ずに生きながらえることができた。それだけ。
そのぶん、地面にも水にも空気にも毒はうっすら広がっているのだろう。生きているだけでみるみる死に近づく実感がある。
食料調達以外で出歩くのは自殺行為だ。でも、自殺行為だろうと俺は自分のためにシャベルをしょってあちこち歩きまわっている。
「お、山田だ」
同僚だった山田が倒れているのを見つけた。当然、もう息はない。
苦しみの表情で倒れている以外は、生きているのではないかと思うぐらい鮮度が保たれている。毒で死んだ人の特徴の一つだ。
こいつは運が無いことに、休日出勤の担当だった。世界が亡びるその瞬間、ちょうど外に出ていたのだろう。
ポケットやカバンを改めてめぼしいものが無いか確認する。特にいいものはなかった。
「家で死んでれば奥さんや子供と一緒にできたんだけどな。悪いけどしょっていくほどは面倒みれねえわ」
そんな風に声をかけながら、近場の掘れる地面に穴を掘っていく。浅い穴に山田をよこたえ、掘った時に出たそこまで多くない土をかぶせる。
仕上げに、山田の免許証を盛った土の上につきさせば山田の墓の完成だ。
「もうとっくに逝ってるだろうけど、お前の墓もできたから迷わずあの世に行ってくれよ」
いつだったか、つまらない飲み会の中であった『どんな死に方が一番いやだと思う?』なんて、盛り下がりに拍車をかけるくだらない思考実験めいたトークテーマ。
その中で俺は『誰にも弔われないのが一番いやだ。粗末でも墓が欲しい』と言って、珍しくその場の全員から同意される経験をした。
「俺の墓は、誰も作ってくれないだろうけど」
弔われない死に方が一番嫌で、弔う暇すらなくたくさんの人が死んで転がったままでいるから。
「死ぬなら、一人でも多くの墓を作ってからがいいな ゴホッ」
血の臭いがする咳をしながら、俺は野ざらしの誰かがいないかと再び歩みだした。