家族の肖像
「いっけー糸師!」
「よっしゃ!!」
歓声のあがるグラウンドの、フェンスをぎゅっと握った幼い凛は夢中になって冴の姿を目で追いかけている。
(凛はほんとうにお兄ちゃんが大好きね)
まだふっくらとした頬の、いとけない横顔。
ほほえましく見守りながらも、二人の母としてはただほほえましいで終わらせることはできない。
もっと幼い頃の冴がサッカーボールを見ていたのと、同じくらいキラキラした目で兄のプレーを見つめる凛は、遠からずサッカーを始めるだろう…それは母親としての確信に近い勘だった。そして
(『お父さん』と相談しなきゃ。次の洗濯機は大きめにして、先々のこと考えたらお風呂場周りも少しリフォームしたほうが…)
スポーツ少年が二人になる、すなわち泥だらけで帰ってくる子供が倍、すくすく成長すれば泥汚れと洗濯物は加速度的に増えていく。元気な息子たちを見守っていく親ゆえの、贅沢な悩みだ。
共に歩んでいくのだから。
そう共に———―子供たちが大きくなって羽ばたいていくまで共に歩んで、見守っていく筈だった。
けれど家族の道は、突然の事故で大きく捻じ曲げられることになったのだった。
暗い部屋、画面に映し出されているのは冴がフィールドを駆けていく姿だった。
一心に見つめる凛の頬に、その色が照り映えている…
『今はもうわかってる。兄ちゃんには…MFの才能があったんだってこと』
凛がそう言ったのは少し前、雪の夜の行き違いから季節が遷った春のことだった。
『でも』
酷いこと言っちゃったかもしれないのに謝れないんだ、とこぼした凛はやっぱり、ほんとうにお兄ちゃんのことが大好きな凛のままで
『好きなことじゃなくても。向いてる、って…良い子だ、って押し付けられることあるから』
冴と共に歩み続けていた凛の、目の当たりにしてきたのだろう深い闇がそこには静かに横たわっていた————
未来がただ輝いていると信じていたあの日のグラウンドから10年。
遠いスペインでの冴のプレーを、凜はその内側の心ごと推し量るようにただじっと見つめ続けている。
音を立てないように息子たちの部屋の前を離れ、そっと台所へ足を向ける。まずはお湯をひと沸かししよう
(この時間に淹れたげるなら、玄米茶か…昆布茶か)
サッカーのこと傷痕のこと、踏み込んでいけなくなってしまった領域があるとしても、家族として寄り添うことはできるのだから。
そして数日後。
「母さん、コレ…兄ちゃんに送る荷物に、一緒に入れてもらえる?」
凛から冴へ。途絶えることのない誕生日プレゼントという『生まれてきてくれてありがとう』の印は、預かる側もまた母親冥利に尽きる心地だった。