残心
「"藁備手刀"…!!!」
「"ストロングアイアン右"!!!」
こちらに向かって真っ直ぐに伸びてきていた藁の刃が、フランキーの飛ぶ拳を器用に避けて接続部の鎖に巻き付いた。
「やれやれ、"人間"を相手取るつもりはないのだが」
すかさず前方にステップしたトゥールが腰に提げていた仕込み杖を変形させ、鞭のようにしならせた刃でフランキーを引き寄せようとする藁の束を切断する。
「やるじゃねェか…!!ロビン!そっちはどうだ!?」
「駄目ね…」
皆が時間を作ってくれている間に一本道を塞ぐ藁の壁を剝がそうとしてみたけれど、自在に動く無数の束に腕を絡め取られてしまって思うようにはいかなかった。
フランキーのビームなら焼き切れるでしょうけれど、遺跡の中でそんなものを撃ってもらうわけにはいかない。特にこれほど長い長い時の中を人々に受け継がれ守り抜かれた、今でも歴史の重みを強く支える場所では。
能力者本人を捕縛するにも相手はゾロと同じ"最悪の世代"。それも見聞色に長けたタイプのようだから、迂闊に手は出せない。
「一時撤退しても構わんが、彼も一人ではあるまい。時間をかければ突破はそれだけ困難になるだろうな」
「そりゃそうだ。なんとかあの厄介な藁を剥いじまわねェとな」
再び変形させた杖を両刃剣のように振るうトゥールに、右の拳を戻したフランキーが頷く。
「今日、おれには死相は出ていない。そして"お前達がおれを斬る"確立は…0%だ。どうやってここを突破する?」
「先の見えねえ運試しは嫌いか?占い師」
ゾロと海兵さんもそれぞれ繰り出される藁を斬ってくれているけれど、相手を斬れない以上前に出るのも難しそうね。
藁の壁まで到達できれば、どちらか一人は先に進めそうなのだけど。
「退く気はなしか。ならば…」
ざわざわと、ホーキンスから伸びていた藁が収束し彼の体を覆っていく。
そうして現れたのは、狭い通路を埋め尽くすほどの恐ろしげな巨体。
「"降魔の相"」
大きく開いた口から降り注ぐ釘を、フランキーが迎え撃つ。
「釘使いで船大工に敵うと思うなよ!!"マスターネイル"!!!」
釘を弾くと、今度は能力に覆われた腕がこちらを掃くように振るわれた。
さっきよりも格段に力もスピードも上がっている。私の技で傷付けずに捕縛するのはほとんど不可能になってしまったわ。
トゥールも言葉通り人間に手を出すつもりはないようだし、剣士の二人もさっきより取れる戦法は少なくなっていた。
あの大きな本体を避けて藁の壁まで向かうのも現実的ではないし、困ったわね。
「おい!このままやられるつもりか!?」
「いいえ!!ただ、彼の腕を傷つければ子供たちの腕が、脚を傷つければ脚がそれだけ傷つくことになる…そんな、全てを傷つける様な剣を私は"剣"とは思いません!!」
とはいえ私たちがここで足止めされたままで、その子供たちの安全が保障されるとも思えない。ブルックを呼べば、藁を凍らせて先に進めるかしら。
「…なら、あいつを"傷つけなきゃ"いいんだな」
けれど海兵さんの言葉に、ゾロの纏う雰囲気が変わった。
刀を納め、あの黒い手ぬぐいを頭に巻く。
空気が、静寂を帯びていく。
「背中の"そいつ"は…あの煙男の得物か」
「はい」
「よし」
私には分からないやり取りを、フランキーもトゥールもただ見守っている。
異形となった"魔術師"を見上げて、二人の剣士は刀を納めたまま立っていた。
「刀では埒が明かないと悟ったか」
藁で作り上げられた五指が長い釘を構える。
ゾロが白い鞘の刀に手をかけた。
「一刀流『居合』」
「こけおどしだ…!!」
「"黒刀 死・獅子歌歌"!!!」
太刀筋は、見えなかった。
知覚が追い付いた時にはもう刀は鞘に納まっていて、相手の体を分厚く覆う藁の隙間から"本体"が顔をのぞかせていた。
武装色を纏った刃にほとんど両断されたはずの体からは、血の一滴も流れていない。
「馬鹿な…!!!」
ホーキンスは驚愕の表情を浮かべながらも、間髪入れず身に纏った能力の再生を始めた。あの気迫を正面から受けて即座に立て直せるのは敵ながら流石ね。
「だがまだだ!!おれにはまだ傷一つ…」
「―いいや」
「終わりです」
能力の発動が収まり、彼と、道を塞ぐ藁が消えていく。
海兵さんの背負っていた、彼女の刀よりもずっとリーチの長い十手の先は、痣ひとつ残らないような柔らかさで藁の切れ目を捉えて止まっていた。
本体との間合いを完璧に測った"剃"からのひと突き。何のために背負っているのかと思っていたけれど、先端に海楼石を仕込んでいたのね。
「…これで、あなたが子供達から取り上げていた命は全て返してもらいました」
力を失ったタロットカードが、重力に負けてばらばらと床に散らばる。
表を向いたカードは一枚。
「なるほど、死相が見えないはずだ」
塔のカードを眺めるホーキンスは、海楼石の手錠をかけられながらもどこか憑き物が落ちたような表情を浮かべていた。