死体を埋めなかった話
さく さく
小さく鳴る、求められる仕事には頼りない作業の音。山の中で手に入れた適当な木の枝をつかって、遭難者だけがたどり着くような奥の奥にある洞窟で穴を掘る音。
他に聞こえるのは、山の中ならば普通に聞こえてくるような風と葉擦れの音や遠い清流の水音。
そして、私の後ろに横たえた男にたかるハエたちのブンブンいううるさい羽音ぐらいのものだった。
「……もうこのまま置いていっちまおうかな」
疲れて手を止めた時、私はようやくそのやり方を思いついた。
広さも深さも足りない浅い穴ながら、男がここで休憩しようとした際に足を取られてこけて死んだという言い訳は立つていどのものになった。
「間の抜けた男はこけた拍子に首の骨をやっちまって、それでここで息絶えたのだ。うん、いける。いける」
そういう事にしてしまおう。わざわざ、人を埋めるだけの穴を掘って、いざ見つかった時に殺人事件となるほうが厄介ではないか。
私はこの後救助される予定なのだから。殺人めいた死体発見場所の近くで救助されただなんてどうあがいても容疑者に浮上するしかない。
事故に見せかけられるならそうしたほうがずっといい。
「よい しょっと」
死臭を漂わせる男の位置を、穴でこけたように偽装する。
こいつを死なせてしまってからはそう経過していないと思っていたけれど、外を見ればもはや夜は明けて昼に差し掛かっていた。
光源代わりにしていた男のスマホを洞窟の奥にぶん投げて、洞窟を出る。
太陽にさらされた自分の姿が、服も肌も痛々しいことにようやく気付いて、なんとなく気分が良くなった。
「私は被害者、私は被害者」
もしやつの死体が見つかって、救助された私が問い詰められても、事実にほんのちょっとの嘘を混ぜるだけで済むだろう。
「素直に犯されても命の保証が無いと思ったから、反撃した。そのまますきをついて必死に逃げて、昼になっても追ってこなかったから山頂を目指した」
これでいい。
私は被害者、奴は加害者。
法によらない復讐を、やられる前にやっただけ。