死ぬ

死ぬ

気をつけな

何やってるんだろう。馬鹿みたいだ、ほんとに。本当に馬鹿な子供みたいじゃないか。散ったガラスを手で拾いあげようとすると鋭い痛みが走る。赤い液体が手を伝う感覚が気持ち悪くて、それが血だと認識するのに時間がかかった。父さんの声が頭に響いてうるさい。いや、うるさくないです。最低だ。やめてほしい、思い出したくない。なんで今更出てくるんだよ、俺の事なんてなんとも思っていなかったくせに。いや、違う。父さんは俺のことを愛していた。愛してるはずだ。そうじゃなきゃおかしいだろ?責め立てないで、どうか許さないで。

「……うぁ……」

助けてください。お願いします、お願いです。俺が悪かったですから、ちゃんといい子になりますから。幸せになりたいだけなのに、俺には無理だってことなのか?俺は貴方の子なんだから、きっと出来るよ。貴方のせいで苦しんでいるのに、いや、違う、俺のせいだ。分かってるから、言わないでくれ。

「許してください」

浅ましい根性でアホらしくなった。俺は一生貴方と何かを結びつけて苦しんでいくんだとさっきで気づき、それが終わりのない地獄であることが分かって、開放されることを願った。許してくれたって、開放されるわけじゃないのに。ダラダラと垂れる血が、床に伝って、光を反射していたはずのガラスは赤く濁ってしまった。

嘘、なんてつかなきゃ良かった、恐ろしい毒が、確実に日々体を蝕んでいく。針千本飲ます。つかなきゃ良かった、いや、兄が父親を殺したなんて知ったらラウダが傷つく。違う、俺のエゴで、俺が嫌われたくなかっただけで、だからこれは仕方がないことだったんだ。言い訳をして、自分の首を絞めていく。


「……もう嫌だ……」


爆弾を抱えて生きている。あの柔らかな笑顔に守られてしまったので、その優しさを手放せない。最低。どうしようもなく貪欲なのだ。


ぬるり、と真っ赤な血が滑って、破片を掴み損ねそうになる。真っ赤になった無価値で平凡的なガラスは、昔食べた飴細工のように輝いて見えて羨ましく思う。飲んでも死にやしないが、これは毒である。俺にとっての、毒。飲み干したところで何も変わりはしないけれど。

「っ……」

声にならない叫びをあげながら、ただひたすらに手を動かし続ける。こんなことをしても無意味なのは分かっている。それでも、こうするしか無いのだ。

赤い線が無茶苦茶に走る、教科書で見た薬物依存者の絵みたいだ。ぐにゃぐにゃした視界で書かれる線は。

自分を保てなくなる気がした。そんなことはありえないのだが、それでも、そうせずにはいられない。痛いのか熱いのか分からない、視界の端では炎がちらちらと揺れている。ああ、燃えている。赤い、不純なものを一切取り除いた、紛うことのない赤が、確かに視界を焦がしていた。

「……っぐぅ……」

息ができない。苦しい。涙が溢れてくる。死ねるかもしれない。そう思ったら頭に流れてくる歓喜、である。

「……ごめんなさい。」

謝罪の言葉を口にすると少し楽になるような気がして、何度も繰り返す。誰に謝っているかも分からないまま、ただ、許しを乞う。許されることなどないのに。わかっている、エゴが、俺の欲が、死にたいと、楽になりたいと願っている。死は免罪の材料にはなり得ない。

罪から逃げますからね、愛情も手放しますからね、俺の唯一を縛り付けませんから、地獄に向かいますので、どうか解放してください。

頭がガンガンして、割れそうだ。心臓の音が耳の中で鳴り響いている。喉からは意味の無い音が漏れ続けている。涙は止まらないし、手はもう動かない。意識が朦朧としてきているのに、炎が近づいていることはわかった。明るいから、眩しいかったから。燐火みたいだ。このまま燃やし尽くしてくれ。灰すら残らないように。


「ぁ、らうだ」




血だらけのシーツが、秒針の音が、馬鹿にしているみたいだった。叫びましたとも、現実を突っぱねてやろうと思って。あの人、酷いんです。落ちた食器が割れる、ガシャンって音をたててさ。あの人の息がね、確かに一瞬詰まったんだ。人間って死にかけでも驚くんだって、言ってる場合じゃないけど。

慌てて、かけよったら兄さんと視線が全く合わなくて、それなのに兄さんは分かってるらしくて、名前を呼んだんだよ。らうだ、ごめん、ラウダって。ごめんじゃないよ、って。真っ赤な腕が、抱き寄せたの。あの感覚は、今もまだある、置き土産だね。これから真っ当な人生を歩もうとした時に、足を引っ張ってきたその行為が、ただただ、許せなくて、愛おしかった。



死は救済である。なんて言葉があるが、実際問題それは間違いだ。人は死ぬべき時に死ななければならない。生きるべき人が死んではならない。何が言いたいかというと、こんなに惨たらしい、みじめな死に方をしていい人間ではない、という話だ。


なんというか、最高の理想で言えば老衰で、及第点としては例えばフロント移動の事故で死んじゃったとか、MSの整備ミスで死んでしまったがあがるのだ。そういう死に方であればまだ納得できる。兄さんがいなくなって、実感が沸かなくて、ずっとふわふわしているような夢見心地というか、死んだと聞いた時だってどこか他人事で、嘘だと疑い続けて、葬式にも出なかったし、兄さんがいない毎日をゆっくり咀嚼していくような、そんな死を望んでいたんだ。それがどうだろう。こんなのってない。

あの時、ちゃんとしていれば。兄を止められていたなら。

ヒンヤリして、血の気の失った兄を抱き込んだ。鉄の匂いが鼻につく。子供みたいに泣いていた。兄の体は軽くて、まるで別人のようだった。兄が、この世で1番綺麗で価値のある存在を消してしまった。神様は残酷すぎる。こんな仕打ちはあんまりじゃないか?あの世なんてない、兄さんは置いていったのだ。2度も。

「ぅ……うぅ……」

嗚咽が漏れる。泣いている場合じゃないことくらい分かっているのに涙が止まらない。どうしていいか分からなくてひたすらに兄に縋っていた。いかないで、何も奪わないで、何も悪いことしてないでしょ。神も幽霊も信じちゃいないけど、から、絶対葬式なんて開いてやるか、と思った。

このままここで苦しめばいい。一緒に。



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