死がふたりを分つまで
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頬に走った痛みに、石田は混乱した。石田は状況を確認しようと璃鷹の方に目をやった。
しかし顔を確認する前に、璃鷹は疲労感からか、それとも別の理由からかコンクリートに膝を付いていた石田の頭を抱える様な形で抱きしめた。
石田はその予想外の行動に困惑しながら小さい声で呟いた。
「タカ、ちゃ」
「竜ちゃんがしたかった事ってこれなんだ?」
石田のその声を途中で遮り、静かな声で璃鷹はそう投げかけた。
石田はそれを黙って聞いていた。
「……」
「自分でやった事…わかってるよね…沢山の人が殺される所だったんだよ」
抱きしめられているせいで表情は分からない。どうするべきか手をこまねていると璃鷹が声を出した。
「それに、もしソウルソサイティ側に今回の事件が滅却師がしたことだって知られたら…また200年前と同じことになったかも知れないんだよ」
その声は、物理的な距離が近いという理由もあるだろうがやけに石田の鼓膜にこびりついた。
石田も璃鷹の言っている事が正しいことは理解している。
「滅却師1人じゃ出来ることに限りがあるの。それに、厳しいことを言うけど…私たちの行動一つで滅却師の品位が下がる」
璃鷹は決して石田を嫌って責めているのではない。
石田自身が何をしようとしていたかを再確認させるために敢えて厳しく言っているのだと石田は悟り、その言葉を甘んじて受け入れた。
せめて謝罪の言葉を口にしようと、石田は上を向いた。
「………え?……」
顔を上げた石田は驚愕した。──彼女は…静かに涙を流していた。
幼少期に交流があった時でさえ璃鷹が泣くところなどただの一度も見た事がなかった。…あの日、璃鷹の師が死んだ時でさえ涙を出さなかった彼女が泣いている。
その事象に何が何だか分かっていない石田を置いて璃鷹は一言呟いた。
「無事で…よかった…」
その言葉を聞いた瞬間、石田の中でよく分からない感情が渦めく───石田は気がつけば随分と長い間に璃鷹に対して思っていた言葉が口に出ていた。
「僕のこと、どうでもいいんじゃ」
「どうでもいい人に怒ったりしないよ。それに今回は竜ちゃんのことが心配だから怒ったの」
石田の言った言葉にそう返した璃鷹の目は真剣そのものだった───。
「今も昔も…あたしは竜ちゃんのことたった一人の親友だと思ってるよ、あの時の約束守れなくてごめんね、竜ちゃんはずっと…待っててくれてたんだよね」
〝親友〟〝約束〟その言葉を聞いて石田の脳裏には幼少期の思い出が鮮明に蘇った。
それを聞いて最初に思った事は自分を親友だと思ってくれていた幼馴染への罪悪感と、そして自身が悩んでいる間もそう思ってくれていた事への感謝だった。
───石田は気がつけば今まで心の内に溜めていた言葉を璃鷹に吐き出していた。
「ぼく、は…君にずっと言いたいことがあったんだ」
「…うん」
「きみが話しかけてくれてたのに、つきはなして、きずつけて…ごめん、…冷たい人間だって、勝手に決めつけて…」
少し言葉に詰まりながらも懸命に話す石田の言葉に、璃鷹はそれをジッと見つめながら聞いていた。
「もしかしたら、また昔みたいにって思ってたのに、くだらないプライドが邪魔して…君のやさしさに甘えてた」
「竜ちゃん」
「……あの日、…手をのばしてくれたのに、逃げてごめん」
璃鷹はその言葉に「…うん」と返事をするだけだった。
顔は俯いて見えなかったが、アスファルトにポタポタと流れる雫を見て今石田がどの様な表情をしているのかは想像出来た。
「本当は、分かってたんだ…師匠が死神を憎んでなかったこと、師匠の望みは死神と力を合わせることだって…僕は死神を憎むことでそこから目を背けてた」
「………」
璃鷹は石田の告げた言葉に黙って耳を傾けた。そのまま石田は「師匠は…」と言葉を切り出した。
「師匠は、許してくれるだろうか…師匠のために自分の命も捨てられない弟子に、」
「前も言ったでしょ?竜ちゃんの先生は、竜ちゃんの心の中に生きてるって…それにね、今まで信じてきたものを突然変えるのって凄く勇気がいることだって私は思うな」
璃鷹はそのまま言葉を続けた。
「私は会ったことはないけれど…優しい人だったのはわかるよ」
───幼少期、璃鷹に話した師匠との思い出は璃鷹からすれば関係のない興味のない話だっただろう。
滅却師の服のセンスについて師匠と話したとか、師匠と今日はこんな事をしたとか、今日のたわいのない出来事を語るだけの時間を璃鷹はしっかりと覚えていてくれた。
石田はそれに深く頷いた。その後璃鷹は「…けどね」と言葉を続けた。
「もしそれで竜ちゃんが自分を許せない時は私が代わりに許すよ」
そして優しく微笑みながら璃鷹は石田の方へ手を向けた。
「これからはずっと一緒だよ」
そう言って差し出されたのはあの日よりも少し大きくなった手だった。
───石田は次は迷わずに力強くその手を掴んだ。
変わったと決めつけていたその温もりは、昔と全く変わらずに直ぐそこに立っていた。
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