歪んだ宝箱

歪んだ宝箱


「ルフィ、ウタのことだけど」


ウタを女性陣に風呂に連れて行ってもらってから、チョッパーはルフィと、島の散策を軽く終わらせて帰ってきた他の船員達も呼んで話始めた。


「まず身体についてだな…酷い衰弱や高熱もあってすごい危なかったけど、とりあえずもう危機は脱してる。安心して欲しい」

「そっか…よかった」


心の底から安堵のため息がもれる。決して細かくない傷の処置をされ、腕に点滴をして、高熱に魘されながら寝込む…消毒液と薬の匂いを纏う彼女をルフィは見ていたのもあるだろう。


「ただ、心の方、記憶の方は…ごめんよ。ちょっとまだ分からない」

「その言い方だと、少なくともウタちゃんは身体的な理由の記憶喪失じゃねえんだな?」


タバコに火をつけながら聞くサンジに対して頷くチョッパーは、ルフィ達にも分かりやすい様に説明をする。


「人の記憶を…そうだな。普段は蓋のある箱の中に入っていると思って欲しい。思い出したい時に蓋を開けて取り出す」

「普通の人が「あれ?なんだったっけ?」って思い出せない時は箱の中身がごちゃごちゃしている時だ…けど、多分今のウタは箱が蓋ごと歪んじゃってるんだと思う」

「歪んでる、ですか」

「そう、自分の意思で箱を開けて記憶を取り出せなくなってるんだ」


その原因は分からない。だが恐らく、その歪みの隙間から時折記憶は顔を出す事があるだろうことは、先程の気絶の様子や、最初にルフィから逃げた様子から間違いないとチョッパーは踏んでいた。


「でも、精神性なら…身体に問題がある場合より、キチンと向き合えば変な後遺症もなくちゃんと思い出せると思うぞ」

「…そうか」


思い出す。それはつまり、ウタが忘れたいだろうことも全てだ。エレジアの事、ライブでの事…全て。だ

その後「だから昔のことを話すにしても当たり障りのない部分…ショックの少なそうな部分から話し始めて欲しい」そんな風にチョッパーから聞いて、ルフィは不寝番を終えてなお落ち着かず船内を歩いた。

ウタは、このまま何も思い出さない方が幸せなんじゃないか、と考えては、そんなはずと首を振る…その時、目の前の部屋のドアが開いた。


「あ…ルフィ、君?」

「ウタ?」

「あはは、なんだか…ソワソワしてしまって眠れなくて」


どうやら眠れなかったのはお互い様だったらしい。暇つぶしにと、ルフィは彼女に約束通り、小さな頃の話をした。勝負の時にの話を随分お気に召した様でクスクス笑い楽しそうにしてくれる。


「うふふ、そんなことしてたの?」

「お前だってノリノリだったんだぞ?」

「あっはは!私アクティブだねえ…それは今も、か……ねえ」


一拍置いて、ウタは口を開いた。


「改めて、見つけてくれて、ありがとう」

「気にすんなよ、偶然だ」

「音貝拾うまではそうだったかもだけど、こうして島に来てくれたでしょ?」


文字通り、一人で生きてきた。結果としてはもたなかった。きっとルフィが来るのが少しでも遅れていたら…遅かれ早かれダメだった。身体的にも、そして精神的にも。寂しいのだけは、なにより堪えた。


「だからね…ありがとう、ルフィ君」

「…おう」

「ふぁ……言いたいこと言えたからかな?眠、くなってきちゃった…」


欠伸をし、目を擦るウタを見て、今日は解散するかとなり、眠いだろうに律儀に部屋の外まで見送りに来たウタと別れて、ルフィは決意する。


ウタが記憶を取り戻そうと、無理だったとしても…まずは本来の彼女が、一番会いたかった人達に会わせてやらねば、と。

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