歩み出し、落とされる

歩み出し、落とされる

時系列:幼少期フーシャ村


シャンクスが笑顔で呼び掛けてくる。


「お~い!マキノさんにルフィ!

そっちのじいさんは海兵だったか?

早く来いよ!うちの歌姫のライブが始まっちまうぞ!」



殴った所で意味は無い。それでも拳には力が籠ってしまう。


「───ガープさん、その」

「分かっとる……」


今にも爆発しそうなガープにマキノはやんわりと静止をかける。


「ウタ……」


そう呟いたルフィはシャンクスの後ろ、テーブル上に膝を抱え俯いている少女──ウタを見つめている。


こんな事なら酒なんか飲むべきでは無かったと、ガープは後悔した。





ガープが待ち望んだ日が来た。

ルフィがとうとう、

「海兵になる」

と言ってくれたのだ。

見慣れない少女もというのが気になるが、言質は取った。些事である。


嬉しかった。安心もした。

ドラゴンは“あんな事”になってしまった上、この混迷を極める“大海賊時代” で目の届く所で生きていく術を教えていけるし、守ってやれる。

そんな喜びのあまりガープにしては珍しく酒を飲んだ。

興奮も相まってすぐに酔いが回る。  途中マキノやルフィが何か言ってきていたが録に聞かず(かろうじて女の子の名前が“ウタ”なのは分かった)、一方的にルフィとウタの特訓メニューを捲し立てた。

しばらくし眠気が来たので子供2人をは抱え、近くの宿へと転がりこむ。


「明日から早速修行じゃあ!!」


とか何とか言って三人で寝た。そこまでは覚えている。



…ンクスの酒を♪…届……行くよ♪


次に覚醒したのは歌声が聞こえて来たからだ。思わず聞き惚れる程の。

飛び起きて部屋を見渡すと、そこにはマキノとルフィ。


「おお二人とも。おはよう!今歌が」

「おはようじいちゃん!ここはウタの夢ん中だ!」

「は?」


ルフィの突拍子も無い発言にガープは目を丸くする。マキノは呆れ顔だ。


「もうルフィ。それじゃガープさん分かんないでしょ」


そのままルフィらしいざっくりとした説明にマキノが補足をつける形で話が続く。


今居るのはウタの能力によるフーシャ村に良く似た場所。夢なので能力者の思うがままに出来るとのこと。

能力名はウタウタ。

他人が入るにはウタが歌い、本人が寝れば出る事が出来ると。

ガープとルフィは近くに居たから、マキノは三人の様子を見に来た所で巻き込まれたらしい。道理で他の村民の気配が無い。

昨日言ってくれれば、と言うと伝えたのに早々に酔っ払って聞いてくれなかったのは貴方だ、そうマキノに窘められる。ガープは素直に謝罪する。


「ごめん!!」

「は~…。お気持ちは良く分かりますけどね…」

「そうじゃろ!そうじゃろ!何たってあのルフィがなァ!ウタじゃったか?!あの娘ともおいおいしっかり話さんとな!」


ガープがその名前を出すと、ルフィが口を挟む。


「じいちゃん、そのウタの事でもう一つ言う事あんだ」

「なんじゃい。まだ何かあるんか」

「早い方が良い…んだったよな?  マキノ?」

「───うん、そうね。村長もそう言ってたもんね」


マキノの思い詰めた表情に、ただ事では無いのを察する。

ルフィは意を決した表情でガープに向かい合い、言った。


「ウタはな、じいちゃん」

「シャンクスの娘なんだ」


さしものガープも、言葉を失った。



四皇“赤髪のシャンクス”と言えばエレジアの一件が記憶に新しい。

報告によれば瓦礫と遺体しか残っていなかったそうだ。

妙なのが死に際に残したとされる国王の遺書。シャンクス達が犯人であるとされるものだ。状況的に筆跡が荒いのは分かるが何故か紙だけ真新しい物だった。周辺は火の海だったであろうにも関わらずだ。

とはいえ相手は四皇。犯行を否定する証拠も無い。

若造の頃からの顔見知りであるガープとしては所詮は海賊でしかないのかと諦観を覚えた事件であった。

そんな悪党の娘などと。

言ったのがウソが下手くそなルフィで無ければ怒鳴っていた所だ。


「───私の酒場に行けば信じてくれると思います。行きましょう」


二の句が継げないでいると、マキノがそう告げた。そのまま歩きつつルフィとマキノ、それぞれからシャンクス達が村に来訪してからの事が語られる。


最初は皆、警戒していた事。       人柄が分かりそれが溶けた事。    ウタの歌声に全員、勿論ルフィも心奪われた事。              ルフィとウタが勝負と称して毎日の様に遊んでいた事(真剣勝負だと横から訂正が入る)。            航海から戻った後の冒険譚を皆楽しみにしていた事。           そしてエレジア。これにはルフィも着いて行ったと。

最後の話を聞きガープはルフィに問い質す。


「──ッ!ルフィ!!お前エレジアに居たんか!!」

「あ…、うん……」

「ガープさん!それについてはルフィは言いたくないって言うんです…。どうか…」

「……じいちゃん。やっぱ喋んなきゃダメか?」

「──ああ、すまんの…。辛いなら言わんで良い。調査をしようにも瓦礫くらいしか無いらしいしな」


ウタはと言うとエレジアからフーシャ村まで寝ていたそう。余程ショックだったのだろうか。

だが惨状こそ覚えていないもののシャンクス達はウタを村へ置いてきぼりにしたそうだ。

更に隠そうとした新聞からエレジア、そしてシャンクス達の所業を知ってしまった。

ガープは怒りを露にする。


「何じゃあ……、そりゃ」

「ウタちゃん、ずっと泣いてました。  裏切られた、騙されたって」


そんなウタに寄り添ったのがルフィだという。


「『一緒にいよう、それなら寂しくなんて無い』

『海兵になって強くなろう。それならいつかシャンクス達に会って、言いたい事、やってやりたい事が出来る』

って。ルフィが言ったんです。ね?」


マキノがルフィに笑顔を向ける。向けられた本人は気まずそうだ。


弱く大口を叩き、生意気にも海賊になるなどと言っていたルフィ。

そんな子が1人の女の子を救わんと夢を諦めてまで尽力している。

それはエレジアの悲劇があったから。本来ならガープや他の海兵によって防がれるべきであったもの。

孫の成長への誇らしさ、海軍としての自責の念、様々なものがガープの中でない交ぜになる。


「けどよォ…、まだダメなんだ…」


だからこそルフィのその発言は聞き捨てならない。ガープは涙ぐみながらルフィにつかみ掛かる。


「何がダメじゃあ!!!お前は立派に1人の人間を救おうとしておる!!

海兵として!!男として!!!尊敬しとるぞォ!!」

「いっ!!痛ェよ!!!痛ェってじいちゃん!!」

「落ち着いて!ルフィが言ってるのは状況の事です!」

「え?」

「───ここからなら酒場が見えます。良いですか?ゆっくり見て下さい」


ガープはルフィへの力を緩め、マキノの指が差した方、酒場を見る。


そこに、シャンクス達が居た。



そうして冒頭へ戻る。

違和感には直ぐ気付く。見える位置にガープが居るにも関わらず慌てる素振りも見えず、加えて先ほどから飲食しているのにそれらが減る様子が無い。


「──ウタが作った、幻か」

「はい……。置いていかれてから時々こうなるんです……。本人は無意識にやってしまうみたいで…」


その口振りを察するに何度か『ここ』に来た事が有るのだろう。

ルフィもだが、ウタウタの説明が出来るのも納得だ。


傍らに居たルフィが動く。

幻だと知ってるだろうに挨拶を交わしつつ、ウタのもとへ。2人の距離が狭まるとウタは漸く顔を上げる。


「ウタ!」

「ルフィ…?えっと…ご」

「も~謝んなくて良いって、前も言ったろ!おれだって楽しかった事忘れたくねェもん!そうだ!じいちゃん!」


ガープは近づき目線を合わせる。   泣き腫らした目と見つめ合う。


「いやァ~、昨日はスマンかったの!ウタ!海軍中将ガープじゃ!これからよろしくな!」

「──よろしくお願い…します。ウタです……。あの、私の家族は」

「もう聞いた!言わんで良い!」


ウタは明らかに安心した様子になるが直ぐに苦悶の表情を浮かべる。


「その、ごめんなさい…。海兵になるのに海賊の…夢なんか」

「構わん。こんくらい」

「悪いヤツなのに、裏切られたのに、忘れなくて良いの…?」

「ああ。家族の思い出じゃろ?そんな事言えん。わしだって嫌いになれんかった海賊がおるしな!!」


海兵らしくない言葉を受けウタは困惑している。


「海兵なのに、と思ったか?生きて色々知ればそういう答えも出せるっちゅう事じゃ」

「──私も、出来るかな……」

「勿論じゃあ!!なんたって、わしが修行をつけてやるからな!!」


ガープが胸を張りそう告げると、ルフィも続く。


「じいちゃん、ちょ~強いからな!!きっとおれ達すぐ強くなれるぞ!!」


その言葉にウタは笑顔を取り戻す。机から飛び降り、勝ち誇った顔で言う。


「ふふっ!だったら私の方が早く強くなるね!なんたって183連勝中だし?」

「ちが~う!おれが183連勝だ!!」

「私!!」「おれ!!」


「ほらほら!それ位にしなさい!」


マキノが苦笑しつつ2人を制止し、 「それにウタちゃんは」と続け、


「まずは休まなきゃ、でしょ?」

「だな!起きたらじいちゃんの修行で勝負だぞ!ウタ!!」

「わしも準備があるからな!しっかり休め!!」

「───本当にありがとう……。皆」


「また!明日ね!!」


周囲やシャンクス達がぼやけてゆく。そのまま全員光に包まれた。





───後日、コルボ山。

千尋の谷にて。


「うし!!ここで修行じゃあ!!」

「……?ガープさん?こんな深い谷で一体何を」

「わしが今から落とす!!!お前達は上手く着地して登る!!以上!!」

「はい?」

「猛獣もおるじゃろう!!能力を惜しみ無く使うんじゃあ!!」

「───ウタァ!!!ひぐっ!!

お゛れ゛がついてるからな!!」

「泣いてんじゃんルフィ!!?待って待って待って!!!」

「最強の海兵への第一歩じゃあ!!

行ってこ~い!!」


「イヤァ~~!!!

マキノさァ~ん!!!」



ルフィやマキノ、そしてガープのお陰で一時的にだが嫌な事を忘れ、前を向けたウタ。

その事は本当に感謝している。


だが無茶苦茶な修行については長い間、ガープを恨む事になるのだった。

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