【此処に居るよ】
『どうして♪』
あの日の夜、一人の歌姫が月明かりが照らす中で甲板の手摺りに凭れ掛かりながら寂しげなメロディを紡いでいた。
『あの日 遊んだ海のにおいは♪』
『どうして♪』
『すぎる季節に消えてしまうの♪』
ドレスローザにて十二年続いた呪いが解け、人間の姿を取り戻したウタ。
玩具の人形の時では感じられなかった体温が感じられ、玩具の時では食べられなかった美味しい物を食べる事ができ、玩具の時では話せなかった仲間達と思う存分おしゃべりして、玩具の時では唄えなかった歌を心ゆくまで歌う事が出来る。
それはとても幸せな事で、夢の様な楽しい時間だ……だけど、どうしても無性に寂しくて不安になる時がある。
『またおんなじ歌を歌うたび♪』
『あなたを誘うでしょう♪』
今、人間で居られる現実が夢なんかじゃないか、本当の自分は玩具のままで、歌も歌うどころか話す事も出来ない、それどころか今度こそ自分の事を覚えて居る人は居ないんじゃないか……そんな有り得ない不安が悪夢と言う形となって見える事が時々あった。
『信じられる?信じられる?』
『あの星あかりを 海の広さを♪』
昔は夢はもっと楽しいモノだった。
幼い頃は身体なんかなくたって夢を見る心さえあれば、それで幸せなんだって考えていた。
心が幸せを感じているなら、それが人の幸せなんだって本気で信じていた。
でも、今は到底 そんな風には考えられない。
だって、人の温もりを感じられないのは寂しい、手を握っても抱きしめても何も感じられないのは虚しい、夜がこんなに長いモノなんだって眠れなくなって初めて知った……そして眠る事が出来るからこそ夢を見る事が出来るんだって。
そして、夢は楽しいモノだけじゃなくて、辛くて悲しいモノだってあるんだって夢を取り戻した後で知った。
『信じられる?信じられるかい?』
ねえ?私は本当に此処に居る?
此処で唄っているのは本当に私?
玩具の時は眠る事が出来ないから夢なんか見ないなんて分かっているけど、これが現実なんだって本当に証明できる?
『朝を待つ この羽に吹く♪』
私は………ちゃんと此処にいる?
『追い風のーーー』
「ビーンクスのサ~ケを届けにいくよー♪海かーぜ 気まかーせ ナ~ミまかせ♪」
不意に聞こえた下手くそな歌。
思わず振り返って見ると其処には楽しそうに歌っているルフィの姿があった。
ビックリして、歌うのを止めて思わずルフィを見つめていると、ルフィの頭に黒い足が思いっきり振り下ろされていた。
「いってぇ!何すんだよサンジ!!」
「何すんじゃねぇよクソゴム!折角のウタちゃんの唄を邪魔しやがって!!」
「だってよぉ!どうせなら楽しいのを歌いてぇじゃねぇか!!」
「だってじゃねぇよ!!」
「ヨホホホ♪まぁまぁ、こういう唄も味があっていいモノですよ!」
「でも、俺、もっとウタの唄を聞きたかったぞ!!」
「全くだぜ、せっかく音貝を持って来たってのによぉ、勿体ねぇ」
「おう!いっそのことウチの音楽家たち専用のステージを作るか!ちょっと待ってろよ!!」
「アンタ達!揃いも揃って何時だと思ってんのよ!!」
「ふふ、でも賑やかで楽しいモノよ?」
「そうじゃのう!ガハハハ!!」
「どうせなら唄って貰いてぇ曲をリクエストすりゃいいじゃねぇか」
「それもそうだな!お~いウタァ!次はもっと楽しい歌を唄ってくれぇっ!!」
ルフィとサンジから始まり、何時の間にかブルックやチョッパーやウソップ、フランキーにナミとロビン、ジンベエとゾロ……一味のみんなが集まっていた。
どこまでも自由でそれでいて楽しそうなみんなの様子に胸に感じていた不安が自然と薄らいでいくのを感じた。
「ムー」
ボケッとしていると小さな相棒であるムジカ君に袖を引かれた。
まるで早く唄ってあげてと催促している様で、それが可笑しくて自然と笑っていた。
「……しょーがないなぁ!それじゃあ、とびっきり楽しい唄をみんなで唄おう!!」
トントンっと足で床をノックする何時ものルーティン。
さっきまでの暗い気持ちを吹っ飛ばすように船長のリクエストに応えてとびっきり楽しい唄を歌おう。
『ありったけの夢をかき集め~♪』
大丈夫、私は此処に……みんなが居る場所に居るよ。
*あとがき*
時々、不安になる時は一人で歌を唄って寂しさを紛らわすウタちゃん。
一味の皆が揃ったのは本当に偶々で、皆がウタちゃんの唄に聞きほれているとルフィが勝手に乱入して、そこから何時もの漫才が始まって、それに救われるウタちゃんのお話。
本当は皆でウィーアー!するところまで書きたかったですが、力尽きました……すみません。