歌姫の軌跡
世界的歌姫であるウタのライブはまさにファンが待望してるものであった。
ファンの層は定まっていない。海賊や賞金稼ぎなどの荒くれもの、正義を背負う海軍、か弱き民間人などその出自、人種、性別、身分問わずありとあらゆる人をウタは魅了し、このエレジアに集結させた。
ウタが大海賊”赤髪のシャンクス”の娘である事もありこのライブ会場では規則として観客同士の喧嘩、殺し合い、海賊による民間人への略奪、海軍による海賊の逮捕等の行為が禁止されている。
歌姫の歌声は何者をも拒まない。しかしその規則から逸脱するものや他者の幸せや平穏を虐げようとするものにはウタが許さない。
このような治外法権のような場を作れたのもウタが「シャンクスの娘」であったからこそだ。そうでなければこのようなあらゆる人種や立場の人が会場に来ることなど不可能に等しい。
そしてこのライブは貧しい非加盟国の人のチャリティーも兼ねている。ウタのグッズの収益の一部を寄付に当て、食料や建物の建造などの生活基準の改善に費やす予定だ。
音楽は人の心の飢えを防ぐことは出来るが肉体の飢えを防ぐことは出来ない。その事をウタはシャンクス達との航海で知った。
「ウタには外の世界を知ってもらおう」そうシャンクスが何気なく思いついたことがきっかけだった。
飢えに苦しむ人を見て以来ウタは考えた。
「自分が出来る事とはなにか?」
「自分の平穏なウタワールドでも人々の本当の飢えを満たすことは出来ない。」
「精神とは肉体があってこそでありその上で大事なのは肉体の維持であること。」
そう幼い頭で思考をしていたときに思ったことがある。
「世界一の歌姫になれば…」
子供らしくバカげたスケールではあったがそうすれば少しは苦しい人を救えるかもしれない。
たとえ根本を変えられなくても私の歌で人が救える。かつてシャンクス達が私に唄ってくれた子守歌のようにささやかではあるが人のためになれるかもしれない。
そう思ったウタはシャンクスに音楽の都で有名なエレジアに行きたい事を告げ、そしてそこで夢のために船を降りた。
勿論ルフィには事前に伝えてある。
出発の前日にお互い夢を叶えると誓い合ったがやはり幼いウタには応えたようで涙を流してしまった。
勿論ルフィも同じくらいの幼馴染が旅立ってしまうのだ。流れる涙は抑えることが出来ない。それでもルフィは必死で手を振って見送ってくれた。
『新時代』を作る約束をした同志へ向けて、初めてできた友達へ向けて、自分の寂しさを和らげてくれた彼女に向けて、見えなくなるまで手を振り続けてくれた。
手紙は定期的に書くと約束して。
エレジアでも彼女の才は認められたようで晴れてエレジアの音楽学校に入ることが出来た。
勿論シャンクス達とも別れることになった。
シャンクスもウタが決めた事を否定したりはしない。笑って送り出そう。親として出来る事はそれくらいなのだから。
しかし笑みを浮かべても頬に伝う涙を止めることは出来ない。
他の船員たちもいずれウタと別れることを覚悟していた。しかし覚悟していても娘同然のウタと別れる現実には耐えられない。
ウタは一人ずつ抱きしめて別れの言葉をそれぞれに伝えた。みなそれぞれに思い出話をした後ウタのための贈り物をプレゼントした。
すぐに贈り物で手がいっぱいになってしまったのでゴードンに手伝ってもらった。
最後にシャンクスにも同じように強く、強く抱きしめた。今生の別れではないのだ、定期的に手紙を出したり伝電虫のやり取りはする。それでも、親のぬくもりから離れることは子供にとって胸が裂けるほど辛く寂しい。
ウタのせき止めていた寂しさが シャンクス達と別れる悲しみが、感情の波が防波堤を崩して…決壊した。
ウタは人目もはばからず大声で泣きながら涙と鼻水でぐちょぐちょになった顔でシャンクスを強く抱きしめた。それに感化されたのかシャンクスも顔に涙と鼻水でひどい顔をしながらウタを強く抱きしめた。
シャンクスからは写真をもらった。かつてルフィや赤髪海賊団のみんなと撮影した一枚の写真。彼女にとっての宝物。あの最愛の日々を思い出すものが自分と共にある。なんて素晴らしくありがたいのだろうか。
ウタはシャンクスに写真を見せると鼻声交じりの声で笑みを作り
『ありがとう』
そう元気よく振舞ってシャンクスに感謝の気持ちを伝えた。
シャンクスはまたウタのことを目が腫れそうなくらい泣きながら強く抱きしめてくれた。さすがに周りの視線が集まったがそんなの関係ない。だってシャンクスは私の大切な父親なのだから。
出港の時ウタは港にてシャンクス達が見えなくなるまで泣きながら手を振り続けた。
シャンクス達も娘の門出を笑顔で酒をかかげながら祝福し、ウタに応えて手を振った。しかし最後まで涙は止まらなかった。
お互いに最後まで締まらなかったが最後まで名残惜しく振り続けた。また会えることを信じて。元気でいてくれることを願って。
それからの12年間ウタは自分自身と向き合った。自身の歌唱力や楽器演奏、作曲能力等『自分が最高の歌姫になるにはどうしたらいいか』毎日向き合った。
勿論その間友達ができ、仲良く遊び、教師に怒られたり、喧嘩したり、恋をしたり、振られたり、振ったり、そんな他愛もないような…だが思い出や笑いばなしになるような青春を謳歌した。
辛い事もあった。「赤髪の娘」だからと揶揄されたりえこひいきだと言われたこともあった。しかし彼女はその程度の陰口など意にも返さない。
『諦める』なんて選択肢はなかった。ルフィと夢を誓ったのだから。あんなに大好きだったシャンクス達とも別れたのだから。
それでも辛いときはシャンクスの言葉を思い出す。
『なぁウタ この世界に平和や平等なんてものは存在しない』
『だけどお前の歌声だけは、世界中のすべての人達を幸せにすることが出来る』
ルフィの誓い シャンクスの言葉 ウタにとってそれが明日への、夢への動力となった。
彼女の長年向き合ってきた努力は実を結び、着実に実績を上げ続けていた。その急速的な成長速度はエレジアのプロの歌手さえも一目置いた。もはやえこひいきなど言うものは誰もいなかった。
彼女は実力で愚者を黙らせ、そのルックスと明るい性格、なにより圧倒的な歌唱力と作曲センスによって一気にエレジア中の人気者になった。
しかし彼女にとってはこれもまだスタートラインではない。準備期間だ。
彼女の一番の課題は「ウタワールドの持続時間」これが課題であった。
小さい頃なら1曲や2曲ですぐバテて眠ってしまった。発表会に関しても1曲2曲であれば問題なかった。
しかしライブであればそうはいかない。1,2時間は当たり前。何曲も歌うスタミナ、喉への負担、ただでさえ普通のアーティストでさえかなりの消耗は免れないのにウタに至ってはウタウタの実の能力があった。
なのでライブをやるなど本来持っての他なのである。小さい頃のウタのままではライブなど雲を掴むごとき絵空事で終わっていた。
そのため彼女がすべきことは「ライブが出来るようにウタワールドの持続時間を延ばす事」これが何よりの課題であった。
これがあればウタワールドを駆使してライブパフォーマンスも最大限に活かす事が出来る。そのためにはウタウタの実の解釈を少し変える必要があった。
そもそもウタウタの実はウタワールドという空間を作ることが大前提である。
つまり現実と全く同じ空間を能力でもう一つ作ることである。
一つの同じ世界を作り自由自在に操ることはそれだけ消耗する。維持できないのは当然である。
よってまずウタワールドの形成をこのエレジアのみに留め、持続時間を延長した。
会場以外の場にいる人々も映像伝電虫の視覚を通して見れるようにすることでよりライブを楽しんでもらえることが可能となった。
それ以外にも自身の体力の向上の為、毎日のトレーニング、能力の練度を上げ持続力を上げるなどを毎日絶やさず行った。おかげでエレジアマラソンは毎日1位であり記録を更新し続けている。
そしてエレジアに来て12年目にして彼女はとうとうライブを通しで行えるほどの力にまで達した。奇しくもその年はルフィとハンコックの結婚式の年であった。
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ここからは私ウタの独白である。
結婚式は突然のサプライズによる参加だったので2人の結婚式では5曲歌った。
当時出来たばかりのお気に入りの曲『新時代』は勿論の事、ルフィとの約束を綴った『私は最強』、海賊の間で古くから有名な『ビンクスの酒』の大合唱、シャンクス達との思い出の曲『世界の続き』『風のゆくえ』。
曲こそ少なかったがそれでもウタにとってはエレジア以外で歌を聴かせる初めての場であり、それを大切なルフィの祝福の為に唄えることが何よりうれしかった。
勿論久しぶりの幼馴染との再会で距離感を間違えて婚約者のハンコックさんに怒られたのであるのだが。
久しぶりに会ったルフィは幼少期の面影を残しながらもかつてのシャンクスのような男らしさを感じられた。
シャンクスから託されたと伝えられた麦わら帽子がよく似合う、そんな男性へと成長していた。
なんか置いていかれたようで…その成長を見る事が出来なかったのが残念ではあるが私も成長したのだ。それをこうした祝いの場で披露出来たのはルフィには出来ないことであろう。そこだけは彼に自慢したい。まぁ関心も無いのであろうが。
ルフィの結婚相手であるハンコックさんは綺麗な方だった。
綺麗で艶やかな黒髪。透き通るような白い肌。ルフィよりも背が高く彼女が持つ豊満かつ美しい肢体はまるで美しい彫刻のような…ある種の芸術品の域にまで達していた。見つめれば見つめるほど瞬きを忘れるような…もはや下賤な目を向けることが出来ないような美しさを誇っていた。
なぜこんな美人がルフィに惚れたのか…未だに謎だ。だが確信していることはルフィは外見の美しさだけで結婚を決めてはいないということだ。それだけは不思議ではあるがハッキリとわかる。
私とのハグのあとルフィはハンコックさんとも抱き合ったのだがこちら側が見てて恥ずかしくなるほどのラブラブ具合だった。
あんなに美しかったハンコックさんはルフィに抱きしめられてすっかり骨抜きにされており、収まりのつかない手がピョコピョコ動いていた。
顔は頬から耳、次第に顔全体に赤く染め上げられ頭から蒸気が出るんじゃないかという具合であった。
本当に何があったらこれほどまでの美女がこの男に骨抜きにされてるのかいつか聞いてみたいものである。
ルフィはというと屈託のない笑顔を彼女に向けて笑っていた。しばらくして彼女が恥ずかしがって離れようとしていたがルフィは更に強く抱きしめ挙句の果てに口づけを彼女に行った。唇にやさしくではあるもののかなりの時間口づけをしていた。彼女の瞳孔がキュッと小さくなり何が起こったのかがわからないような顔をしていた。
ルフィが彼女の事を好きになった理由が少しだけわかったような気がした。
ここで彼女は耐えられなかったのか倒れてしまった。私が言うのもなんだがここまでラブラブだと糖分過多で糖尿病にでもなりそうだ。本人たちには定期検診を受けることを望む。
というか彼女はこれからの結婚生活大丈夫なのであろうか。…まぁなんにせよここまでルフィが惚れこむ相手であり、彼女もルフィの事を想って寄り添ってくれるのなら相手としては最高だろう。ルフィには是非大事にしてほしいものだ。
さて…以上十数年の下積みを得てこのエレジアライブは成り立っている。
ここがスタートラインなのは誇張でもない。なにせこれが成功しなかったら永遠に私の夢の『新時代』の足掛かりにはならないからである。
協力してくれたシャンクス達の為にも、十数年一緒に生活してくれたゴードンに私の成長した姿を見せる為にも、あの日の約束の為にも、私はとまらない、とまれない、夢に向かって走り続ける。
汗を掻いてきた…。最初から飛ばし過ぎて喉の奥が乾く…。ステージの光が眩しく、それでいて観客の歓声と熱気が身体中から伝わってくる。
これがライブ…結婚式の規模とはまるで違う…。今まで映像伝電虫でしか接してこなかったがここまでファンがいるのはすごく感慨深くなった。
なんにせよここが自分のスタートであり現時点での最高点である。
想定よりも消耗しているが問題ない。この日の為に鍛えたのだ。リハーサルでも3時間ぶっ通しで行った。ギリギリであったが成功した。『失敗』という言葉は私には無い。あるのは前身のみだ。
会場を見渡す。正面の特等席にルフィ達がいる。ルフィの隣にはハンコックさんがそばにいてペンライトを振って応援してくれている。二人の近くには4歳くらいの子供と産まれたばかりの赤ん坊がいる。
「(そうか…ルフィ…父親になったんだね。)」
幼馴染が人の親になったこと。そして彼が家族や仲間総出で私のライブに来てくれたこと…それが嬉しくて…感極まって…観客の事とルフィとの事で少し目から涙が零れ落ちてしまった。
「ゴメン…ちょっと感動しちゃって…」
そう思わず口からこぼして涙をぬぐうと彼女はまた力強く元気な声で叫ぶ。世界中のファンに、ルフィに、シャンクスに、そして私を育ててくれた・見つけてくれたすべての人に届くように。
私がここにいると世界に証明するために。
私は歌うんだ。
「さぁ!!次の曲!!いくよぉ!!」
まだ私の歌の世界は始まったばかりだ