歌の魔王

歌の魔王


「ねぇゴードン!」


これはきっと罰だ。

甘く、愚かで、救いようがない悪人の自分への。


「シャンクス!どうだった!」


あの日潰えてしまった希望の景色。


「ほんと?うれしい!」


世界を歌で幸せにする。まるで夢物語な目標だったが彼女なら、きっと。


「じゃあ…歌うね?」


世界を一つにできたのに


「シャンクス…」


できたのに


「助けて………」






『やぁゴードン、久しいね』


自分はあとどれだけ苦しむのだろう。





「………朝か」


12年前、全てが狂いだしたあの夜。

音楽の都エレジアを、歌の魔王が滅ぼした夜。


「…私が」


もっと早くアレに気づいていれば、もっと早く…"彼"に伝えていれば


「…もう、手遅れか」


どうしようもない後悔が胸を貫く。

そしてそれと比例して響く、悪趣味な交響曲。


――ギャアアアアア!!!!!


――やめろ!やめろやめろやめろ!!助けてぇえええええ!!!!!


声が聞こえる、どうやらもう始まったようだ。


「…はは、何が"始まった"だ」


悲鳴を、苦痛を、血しぶきに慣れてしまった。

結局自分も、"アレ"と同じ醜い怪物だったのか。


――元エレジア国王ゴードン


かつての偉大な音楽家は、震える腕を抑えて部屋を出た。




『やあゴードン!珍しいね寝坊かい?』


「…………」


『つれないねぇ顔色が悪いよ?』


ひび割れ、根が張り、滅びへと歩むかつての国、そのかつての玉座に。

かつてゴードンが座っていたその椅子に、ほかでもない、この国を滅ぼした元凶が。


歌の魔王、トットムジカ。


「…トット、ムジカ。」


『おいおい、今の私は"ウタ"だよ?困るなぁ計画に支障が出るだろう?』


「……そうか、今日か」


『相変わらず君はつまらないね、はぁ全く…生かした意味ないじゃん……」


あの悲劇の起きた日、目の前の魔王はわざと自分を生き残らせたという

負の感情、憎しみ、悲しみをより効率的に集めるために、あえて一人を残して国を滅ぼした。


『あ、いつもの頼むよ?また今日も失敗しちゃってさぁ』


「…………分かった」

あの日からずっと続くこの"後片付け"、トットムジカが利用し、踏みにじった海賊たちの、その廃棄。

魔王が顕現し、それから12年の間ずっと、彼女の身体は血で汚されていく。


しかし自分には、もうそれを止めることは出来ない。


『また埋葬?飽きないねぇ君も、まぁ12年前に沢山経験したもんね!』


「……っ」


『…………あのさぁ』


かつて光る太陽の様な笑顔で、鈴のような声で笑った彼女の身体が


心底腹ただしい顔と声で、かつての国王を見下して言う


『私がなんのために君を生かしたかわかる?恨んでよ、憎んでよ、なんでそう自分を責めるかなぁ…』


君はつまらないねと、魔王は鼻で笑って歩き出した。



「…12年手伝った」


『そうだね』


「たくさん殺した」


『この身体でね』


「もう…もういいだろう…!?」


可能性はかなり低かった


「お願いだ…お願いだ!私はどうなってもいい!だから…っ!」


それでも縋りたかったのだ


「ウタを…返してくれ!」


低すぎる希望の可能性を。




『え、嫌だけど?』


あぁきっと、この世界に神はいない。


『返すわけが無いだろう?"君の頭まで"空っぽにした覚えはないんだがね?』


コンコン、と、まるで見せびらかすかのように。

魔王は頭を、指で叩いてケラケラと笑った。


『大体「あぁいいよ」なんて口約束を真に受けるものじゃないよ?相変わらず君は愚かで単純だね』


力を失い足が崩れる。

目の前の魔王は、頭の縫い目に手を伸ばし


『そろそろライブなんだ、君のような部外者には引っ込んでもらいたいんだよね』


"頭を"取り外してその中身を明らかにした


『消えろ、それともこの身体に殺して欲しいか?』


なんておぞましい、なんて恐ろしい、なんて


「…ウタ…すまない……っ!」


『はーうざ…さっさと消えてくれない?』


なんて救いがないんだろう



『みんなー!やっと会えたね!』


スポットライトが一点に、観客たちのボルテージが上がる

目の前の"歌姫"に


『"ウタ"だよ!』


最大限の好意を向けた。



"アレ"が歌っている


『ーー新時代はこの未来だ』


その歌は、彼女のなのに


『世界中変えてしまえば』


魔王の悪意に利用されて、汚される。


『ーー君が話した』


元エレジア国王ゴードンは


『僕を信じて』


初めて音楽を嫌だと感じた。

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