欠片は連れてゆく
※バラライカ枠キッドを推した責任を取って、「跪け」を投下
※シャンクスバージョンの二番煎じにならないよう、個人的に好きな張さんとの会合シーンを張さん枠ベッジで追加
※結果、キッドが曇らな過ぎて別に追加しなくても割と違う感じにはできた
むしろ巻き込んでベッジごめん
「『ヘンゼル』と『グレーテル』。ガキ共はそう呼ばれていた。
北の海の世界政府加盟国、チャウシェスクの落とし子だ」
人払いした港の片隅、最悪の世代の一角であるカポネ“ギャング”ベッジは前置きなく、同じく最悪の世代であるユースタス“キャプテン”キッドと、その相棒である殺戮武人に告げる。
「チャウシェスクの落とし子?」
煽り合いの駆け引きなら、この密会の前にすでに終えている。
なので無駄話がないのはいいが、今度は削りすぎである。
出身地が全然違うため、聞いたこともない北の海の国の落とし子と言われても、キッドには当然意味がわからない。なので怪訝な顔をして相方を見る。
しかし残念ながらキラーも意味を理解できぬらしく、彼が先を促すようにベッジに仮面越しなのでわかりづらいが視線を向けると、ベッジは隣の二人に目も向けず、葉巻の煙を深々と吐き出してから答えた。
「身の程知らずで腐り切った国だ。……天上金の主な出所こそが、その『落とし子』。
避妊と堕胎を禁止して、ひたすら産んで増やして……そして売る。
あいつらは、ど変態共のオモチャにされ、挙げ句の果てには豚の餌になる。そういう運命だった筈だ」
ベッジの説明を、キラーはベッジに顔を向けて聞いているが、キッドは真正面を向いたまま、相槌すら打たず、聞いているのか怪しいぐらいの無言、無反応。
そしてベッジも相手の反応などお構いなしに、話を更に続けてゆく。
「だが、あいつらの飼い主はあいつらを売った国より愚かだった。
余興のつもりで、他の飽きたオモチャの始末にあいつらは使われ、ガキ共は生き延びる為に––
必死になって変態共の喜ぶ殺し方を覚え、夜を一つずつ超えてゆき––––」
一旦言葉を切り、葉巻に口つけて紫煙を深く吸い込む。
目を閉じてその味を堪能しようとしたが、ベッジの瞼の裏にあるのは、何も無いただの闇ではなかった。
優しく、穏やかに、愛おしげに、膨らんだ腹を慈しんで撫でる手が見えたから、ベッジは目を開き、前を見据えて煙と言葉を同時に吐き出す。
「そしてガキ共も––いつしか全てを受け入れた。
晴天(ブルー)の世界を捨てて、暗黒(ブラック)の闇へと堕ちていった。
神の気まぐれに媚びる曲芸犬になることを選んだんだ」
能力者でも無いのに異常に腕は立つが、海賊の流儀も、ならず者の暗黙の了解もわかっていない子供の正体。
それはこの世界の「神」によって「壊された」、ただの子供だったと言うだけの話。
「……胸糞悪い話だな」
キラーは率直な感想を口にすると、キッドも爆音じみた盛大な舌打ちをしてから同意した。
「あァ。どデカいクソの上を歩いてる気分だぜ。……で?
それがどうした?酷ェ話だって、泣けばいいのか?泣くと思ってるのか?
こんな、俺たちに相応しい話を?」
目だけを隣のベッジに向け、皮肉げに嗤って問う。
ベッジはやはり、キッドを見ないまま葉巻をふかして答える。
「あァ。まさしくその通りだ。
ユースタス。俺には道徳やら正義ってものは肌に合わん。
その手の言葉と尻から出る奴は、びっくりするほど似てやがる。
そのガキ共に同情するのは、『職業斡旋屋』の横で平和を訴えるど阿呆共とどっこいだ」
海賊になる前から、「ビック・マム」の傘下に入っても揺るがぬ価値観を語り、キッドもキラーも見ないまま彼は懐から紙束を取り出し、そのまま隣に渡す。
「……ただそれでも俺は、せめて自分が見える範囲ぐらいは、上っ面だけでもお綺麗さを保っておきたい。
ただ、それだけだ」
その双子とベッジの出身地は違う。同郷だからわかったわけではない、調べなければわからないはずの情報。
そしてベッジは、キッドと違って自分の仲間や「ビック・マム」の傘下や縄張りがやられたわけでも無い。
彼が調べ、そしてキッドにその情報を流す理由などないはずで、裏を考えるのは海賊でなくとも当然の事。
だが、キッドは同じように隣に目を向けず、その紙束を受け取った。
キラーも同じように、ベッジの方を見ない。
彼らには関係ないから。
興味などないから、見ない。
自分たちの話が聞こえない距離で、それでもこちらを……ベッジを案じて見つめている身重の女など、自分たちには関係ない。
だけど、その紙束を無言で受け取る理由には十分過ぎた。
「所詮は素人仕込みの見せ物。ちゃんとした躾が出来ている訳がない」
「そりゃそうだ。躾ができてるなら、そもそもここにはいねェ」
厄介ではあるが、それでも彼らは哀れな井蛙であるとベッジが告げ、キッドは受け取った紙束をそのままキラーにリレーしながら答える。
その返答が気に入らなかったのか、ベッジはようやく隣を見て舌を打ち、そして背を向ける。
今にも自分に駆け寄りそうな妻を視線で制して待たせて、吐き捨てるように、血を吐くような声で彼は言った。
「とっとと片付けろ」
「言われなくとも、今夜には終わらせる」
キッドはやはりベッジが去る方へは見向きもせず、手慰みに義手をガチャガチャ変形させて答えた。
「ガキのお遊びに付き合ってやるほど、俺は優しくねェ」
※ ※ ※
ガチャガチャと、金属がぶつかり合う音、手慰みに義手の形を細々と変え続けていた音が止む。
「––かくれんぼ(ガキの遊び)に付き合う気はねェ。出てこい」
弾けるような舌打ちと同時に、闇夜に向かって苛立ちを口にすると、そこからゆらりと小さな人影が形を成す。
「気づいてたんだ。流石だね、おにーさん」
子綺麗だが喪服じみた黒づくめに白い髪、無邪気な笑顔で両手にハチェットを構えた子供の言葉に、キッドはもう一度舌を打つ。
「部下だって優秀なわけだ。追いかけっこしてた割りには、一人も殺せなかったよ」
大の大人でさえも怯えそうな凶相での舌打ちにも、子供は一切気にせず話しを続ける。
煽っているのか本気で言っているのかはわからないが、どちらにせよその壊滅的な空気の読めなさはむしろ普通の子供らしいと思い、キッドはまた更に苛立ち、舌を打つ。
「さあて、どうしようかおにーさん。せっかくだから何かお話でもする?
僕らが殺したあの男の話とか?」
どうやら煽りのようだったらしく、キッドの苛立ちをおかしげにクスクス笑いながら、彼は歩をゆっくりだが進め、勝手に話を続けた。
感情は読めるが空気は読めない所は本物のようだ。
「普通なら死んでるところだけど、あの男はずいぶんもってたね。
最後まで叫んでたよ。『頭ァ!』『頭ァ!!』って。血のあぶくを吐きながら、ずううゥッとね」
読めているようなら、こんなことわざわざ口にしなかっただろう。
少しでも依頼主から渡された資料で、ターゲットの人物像に注目し、把握していたら、子供でもこれがどれほど悪手だったかなど、理解できたはずだ。
「……そうか」
気づけたはずだ。
キッドのこの苛立ちをなくした返答こそが、自分の結末を決定づけたことに。
「冷たいなあ、おにーさん。
でもね、おにーさんもじきあの男のようになるよ。時間があまりないのが残念だけど」
子供の思惑とは違い、あまりノってくれなかったことに不服そうに頬を膨らませ、彼はまた一歩、無防備に距離を詰める。
そんな平和から程遠い、地獄にいたからこそ培われなかった警戒心を憐れむように、蔑むようにキッドは鼻を鳴らして顎を上げ、座ったまま子供を見下ろして言う。
「残念なのはてめェで、終わるのもテメェだガキ。
お前は、ここで終わるんだ」
蔑みながらも、憐れんでいたのは確か。
この子供の罪は本人が責任を取らなければならないものだが、彼が『こうなった』のは、間違いなく彼のせいではないのだから。
「だがその前に、ガキであることに免じててめェがやらかした『おいた』を謝るチャンスをやるよ」
だから、それは最後の慈悲だった。
キッドは左手を前に出し、無骨で歪な鉄の指先が地面を指す。
「とりあえず、そこに跪け」
しかし、そんな慈悲は……どんな慈悲であっても、もう彼には通じない。理解できない。
だから彼は嘲るように笑う。
笑っていた。
「そんなこと言って––」
「跪け」
バシンッ
弾くような音。
足が、少年の右足が弾け飛ぶように、血を吹き出しながら後方へと吹き飛んだ。
訳がわからないまま倒れ込み、自分の失った足と、それを吹き飛ばした鉄塊を見て、何を思ったのか、何かを悟れたのかは、キッドにはわからない。
ただ、笑っていながらも相手を見ていない、温度のない目がようやく、自分を睨みつけたのだけは少しだけ、最悪だった気分を向上させた。
ヒュッ
しかし、慈悲も温情も売り切れた今になってはもう遅いことを、少年が投げた手斧を能力で弾き返して教える。
ドバシッ
代金は、お行儀の悪い彼の左手。
「おしまいなんだ、ガキ」
自分の武器で自分の手を切り落とされても悲鳴を上げず、ただ茫然とするしかできない子供に、代金分としてキッドは教えてやった。
「もう少し、てめェの頭が残念じゃなけりゃ、自分が『餌場』に飛び込んだことに気づけたはずだ」
散々、自分はもちろん海軍にも辛酸を舐めさせた厄介な獣に、「お前は獣なんて上等なものではない」と。
獣にすらなれなかった、曲芸犬ですらない、ただの子供に。
「てめェはどうしようもなく壊れたクソガキのまま、ここで死ね」
壊れたからこそ生き延びた子供に、壊れていたからこそ、ここで終わりだと告げる。
「うふ。ふふふ」
しかし子供は、キッドが告げる閉幕を笑う。
おかしげに、精一杯、自分が信じたものに縋って笑う。
「おにーさん、おかしいや、何言ってるの?
僕は死なないよ、『死なないんだ』」
「はぁ?」
流石にこの状況でその発言は強がりにしても支離滅裂だったので、思わず素で声を上げるキッド。
そんなキッドを子供はもう見ていない。
また温度のない目に戻り、自分が夢見た、逃げ込んだ御伽話(フェアリー・テイル)だけを見つめて語る。
「こんなにも人を殺してきたんだ。
いっぱいいっぱいいっぱいいっぱい殺してきてる。
僕らはそれだけ生きることができるのよ。命を、命を増やせるの。『私たちは』永遠(ネバー・ダイ)さ。そう、永遠(ネバー・ダイ)なのよ」
子供と同じく、キッドの視線も白けたものになる。
口調と声が少女のものに変わったことには気づいている。だが、それは彼らの信ずるものと同じく、キッドの興味を引くものではない。
「そりゃ素晴らしい考え方(宗教)だな」
キッドにとって、目の前の相手が少年だったか少女だったかなんて、どうでもいいこと。
自分が自分であることすらわからなくなった、そうでないと生きてゆけなくなった子供から垣間見える過去なんて、信念ではなくただの言い訳に過ぎない宗教と同じくらい、興味はない。
「だが知ってるか?正解は歌にもあるとおり、『永遠に生きる者なし(ノーワン・リブス・フォーエバー)』。そういうことだ」
興味はないが、やはり自分を見向きもしないという事実には大人げなく不愉快になって、彼らの信ずるものを否定した。
永遠などない。
あるのは、「今」だと告げて彼は気怠げに義手で頬杖をつき、子供が未だ理解してない「結末」を教えてやる。
「––さて。
俺はてめェを、酷く責めぬいて殺してやってもいい。お前が殺したあいつのように、てめェの頭をスマートボールの打ち台にする権利ならあるはずだ」
彼らがしたこと、その因果が巡る結果にしてもいいと告げても、子供はキッドに許しを乞いはしなかった。
しかし自分が語った、信じていた「永遠」が虚構であることは、流れ出て止まらない血で理解してきているのだろう。
貼り付けたような笑顔がどんどん、「何故?」「どうして?」と言いたげな顔になっていくのをキッドは無感動に、気怠げに眺める。
「だが––あいにく俺は、てめェみてェに下品じゃねえ。悪趣味でもねえし、イカれてもいねえ。何より、ガキじゃねえ。
だから俺は、お前が死ぬのを『ただ眺める』事にする」
気怠げに、跪いて許しを乞えば与えた介錯という慈悲を無駄にした相手へ、冷徹というには雑に、ただ立場上やっておかねばならないケジメとして見届けると彼は宣言する。
「その銃創なら、もって10分ってとこか。
らしくはねェが、てめェがこの世を去るその数分を、あいつらへの鎮魂に当てる。
……言っても、わかんねェだろうな」
自分で言って、本当にらしくもなければ無意味な言葉だと気づき、キッドは低く喉を鳴らして笑う。
「…………んッ…………くッ、うッ、うッ、う……。
うえっ。えっ。うええっ…………」
キッドとは対照に、頭をもうあげることができず倒れ伏し、足も手も押さえることさえできずにうずくまり、子供はしばし痛みに喘いでいたが、その呻きも次第に泣き声に変わっていく。
子供らしい、ただの子供の泣き声だった。
「泣くな、今更。このクソガキ」
一蹴する。
子供のままでは生きてゆけなかったから、獣になった。
自由を欲したから、曲芸犬であることからも逃げ出した。
なのに今更、ただの子供に戻るのは都合が良すぎると、海賊は冷酷に告げる。
「けふっ、うっく。うっ。ごほっ、うえっ……、……う。……」
何者でもない、何者でもなくなった、今更になってただの子供だったことに気づいてしまった子供は、そのまま何も言わずに、泣きながら終わる。
夢から覚めて、現実という地獄を突きつけられながら終わったのか。
それともようやく、獣に堕ちた悪夢から解放され、子供に戻れたと見るべきか。
それは、キッドはもちろん神様が決めることではない。
捨てても、壊されても、わからなくなっても、それでも確かに何者かであったあの子供だけが、決めること。
※ ※ ※
「キッド」
子供の泣き声も動きも止んだタイミングで、背後から相棒が声をかける。
「キラーか。
見ての通り一人は今、片付いた」
チラリと振り返って答えるいつも通りの幼馴染に、キラーは仮面からも盛大に漏れ出る溜息をついて、流石に文句を少々つける。
「……まったく、ヒヤヒヤさせる。狙撃手達も指に力がかかり過ぎただろうな」
相手は非能力者かつ、武器などキッドの能力を考えたら無い方がマシだったので、普通に考えれば子供であることを抜いても相手になどならないはずだ。
しかし彼らの経歴、誰の所有物であったかを知れば、そして「そこ」から逃げ出せたという事実がキッド達の警戒心を最大まで上げた。
彼らは決して弱くなどなかった。
何かが違えば、きっと「何か」になれただろう。
ただ虐げられる子供でも、搾取されても媚びる曲芸犬でも、何もかも壊すしか無い獣でもない。
それこそ自分たちと同じものになれたかもしれない。
「うっせーな!俺のワガママに付き合わせて悪いとは思ってるつーの!!」
そんな敬意に近い警戒対象に、仲間の仇討ちとはいえ頭であるキッドが囮として無防備に前に出たことを軽く愚痴ると、本人も自覚があったらしく、キッドは気まずげに舌を打ってから逆ギレで謝った。
「わかってるならいい。……キッド」
「あ?なんだよ?」
全然謝罪に見えない謝罪はいつものことなのでスルーして、キラーはやや間を置いて尋ねた。
「大丈夫か?」
相棒の問いかけに、キッドは視線を移す。
今はもう動かない、小さな死体でしかなくなったものを一瞥し、鼻で笑った。
「……疲れた––とでも言うと思ってんのか?
俺が、んなこと言う歳でもタマにでも見えんのか?」
思うことがないわけではない。
憐れむ気持ちはある。
誰もが自分の親友のように、虐げられても自分を見失わず、死ぬまで我を通せるわけではないことなどわかっている。
そんな親友でさえも、殺された世界だ。
弱さが罪だとは思わない。親友に罪があったとは言わせない。
それでも––––
「……あァ。違いない。どうも疲れてるのは俺の方のようだ」
相棒にして自分がついてゆくと決めた男の明朗な返答に、コンプレックスの笑い声を堪えながらキラーは愚問だったことを認める。
「しっかりしろよ、相棒。
まだ片割れは生きてるんだ。それを他の連中に横から掻っ攫われるわけにはいかねェ」
キラーの言葉にケラケラと笑いながらキッドは立ち上がり、肩を慣らすように腕を回すついでに、弾き飛ばした鉄塊を能力で回収する。
鉄塊と一緒に、ハチェットが二つほど一緒に引き寄せられ、他の鉄クレに紛れて見えなくなる。
彼の左腕を構成する一部となる。
「––––運命だの、因果だの、面倒臭ェ」
弱さは罪ではなくとも、弱いとどこにも行けない世界だから。
だから、彼女の名前だけでも連れ出した。
どこへでも行ける象徴として、どこに行けたって帰りつく場所として、その名をつけた。
「俺らは、海賊(自由)だ。
そんなもんに縛られてたまるか」
思うことはある。
憐れむ気持ちはある。
けれど、悼みはしない。
そんな暇があるなら、ユースタス“キャプテン”キッドは前に進む。
連れてゆきたい者を、連れてゆく。