檻の開錠
赤い炎を光源に照らされているエレジアの光景。崩れゆく建物や火が燃え移って行く森、辺りに積み重なる老若男女の亡骸の恐怖や苦悶に染まった表情もそれによって映し出される。
そんな中、生きている者達が映る。それらはその地獄を生み出した化け物…トットムジカに立ち向かい、されど何かバリアの様なものに阻まれている為に攻撃は通じている様には見えなかった。
その映像を撮っているだろう撮影者の切実な声が響く。
【あのウタという少女は危険だ!!あの子の歌声はッ……世界を滅ぼす!!!】
そこまで話して、少ししてから、その男性の悲鳴の様なものを最後に映像は終わっていた。これが私の業だ。罪だ。
ちらりと目線を横に流せば、トットムジカに対して驚きや畏怖の様なものを感じた表情をする者もいれば淡々と無表情で見続けている者もいる。
意外な事に、ウタは後者だった。
初めてこの映像を見た時は一人過呼吸に陥って絶望してとても冷静さなんてなかったし、それからもう一度見ようという気にもなれなかった。
もう一回見て、改めて心を擦り潰されるのではと思ったのに……「やっぱり私は、許されない存在だよなァ」なんて、あまりにも冷えた心で見ていた。あまりに大きなショックだからこそ、他人事の様に感じてしまっているのかもしれない。
最後まで再生しきって、また最初から映像を再生し始める電伝虫に視線を戻して、口を開いた。
「シャンクス達は、私を庇った…そうなんでしょ?ゴードン」
「…ああ、そうだ」
「私が、あの夜……トットムジカの楽譜を歌っちゃったんだよね?」
「……お前は悪くないんだ」
どこが…とは、言わなかった。この12年で彼がとても自罰的な性格なのは知っているから。彼は彼なりに自分が原因と思う部分をずっと抱えて、苦しかったのだろう。
全部自分が悪いのに、そんなゴードンの言葉は受け取れなかったのは申し訳なくも仕方ない事だった。
「…んー…なあウタ、おっさん」
腕を組みながらいかにも悩んでますといった顔でルフィは聞いてきた。
さて何を言われるかと少し身構えた…が
「よく分かんねェんだけどよ?このヘンテコピエロなんだ?そのへっぽこ虫とかいうのと関係すんのか?」
思わずウタとゴードンは二人でガクッと姿勢を崩した。12年間ですっかり似てしまったところが多いのだ。
「トットムジカだし、この化け物がそのトットムジカなんだってば…!」
「ふーん…で、なんでこの映像撮ってた奴はウタが悪いって言ってんだ?何処にもお前が映ってねえぞ」
「…このトットムジカの封印を解いたのが私だから、かな?この映像の時、あのトットムジカに私は取り込まれてたし映ってないのは仕方ないよ」
自分でも驚いているが、ウタはスルスルとルフィに説明出来た。もっと不安でいっぱいで、上手く話せないのを想像していた。だがあまりにルフィが純粋に、子供の様に質問してくるものだから、フーシャ村の時の様に、弟に対する姉の様な気分で教えていたのだ。
「なんで封印解けたんだ?お前がこんなやつが出てくるって分かって封印解く奴じゃないだろ。それくらい分かるぞ」
「それは…」
「そこは、私が話そう。恐らく、ウタも分からないところがあるだろうからね」
そうしてゴードンが次に答えた。エレジア崩壊のあの夜、ウタがシャンクス達について行くと分かり、ならばと最後の機会に島の皆でいろんな楽譜をウタに手渡して歌わせたのだ。
そしてゴードンは、パーティに来れない国民にも聞こえる様にと国中にウタの歌声が響く様にした。それが、エレジアの城の地下深くに封印されていた楽譜トットムジカを呼び寄せてしまった。
楽譜は地下から抜け出してパーティ会場まで飛んできて、ウタの側に現れた…そして
「…あの楽譜、そういう理由で私の近くに来たんだ……」
「私が、国中に聞こえる様にしなければよかったのだ…そうすればトットムジカにエレジアを滅ぼされる事はなかった。お前にも寂しい思いをさせる事も…本当に、すまなかった、ウタ」
「いや、そんな事ないよ。あの時、私が歌わなきゃ…そもそもエレジアに来なきゃよかった話だよ、ゴードン」
ああ、なるほどとウタは少しだけ納得が出来た。彼もまた、あの夜に自分が罪を犯したのだと苦しんでいたのだ。自分と同じ様に…でも、どこまでもウタからすればエレジア崩壊の理由は自分にあるとしか思えなかったのだ。
両者とも、何より悪いのは自分。
退かない二人にまたも切り込んだのはルフィであった。
「一番悪いのはその楽譜じゃねえか?」
「ぇ」
小さく驚きの声が漏れたウタがそちらを見ると船長の言葉に「そうだな」と頷く彼の船員。誰一人としてウタやゴードンを責める様な目線を向ける者はいなかった。
「いや、でも…」
「おっさんはトットムジカ?をどれくらい知ってたんだよ?」
「…私、は、エレジア地下には古代に封印された魔王がいるという事と、それにとある悪魔の実が関係するという伝説を先代王から聞いてるくらいだ」
そう話すゴードンに頭を抱えたのはロビンである。ふう、と一つ息を吐いて、こめかみを抑えつつ彼女は質問した。
「口伝だけ?何か書物を遺したりは…」
「…触れてはいけないと言われていて、地下にも余程のことが無ければ立ち入らない様にしていてな」
「ウタの悪魔の実がトットムジカの封印解除に関係するものだと知ったのは?」
「情けない事に、トットムジカが出現してからだ。それまで、そもそも能力者である事も知らなかったよ」
「長い時を挟んで、封印の解除条件などの大事な情報が抜けていった可能性が大きいわね…それだけ聞いたら子供騙しの昔話と思われても仕方ないわ…」
正しい歴史の情報の欠如に憂いを感じてしまうロビンだったが、これで一つはっきりした。
「少なくとも、その情報の欠如にゴードンさんは関係無いし、その情報だけで偶然エレジアに来たウタを警戒するのは無理よ」
「じゃあまずおっさんは悪くねえな」
「な、しかし…!」
「私も、ゴードンは悪くないと思うな…」
「ウタ…」
ウタからすれば、ゴードンはただただ、どうしようもなく被害者…そして、それなのに自分を育ててくれた大事な恩師なのだ。例え隠し事があっても、それは自分も同じで…何よりゴードンが隠していたのは…
「なんで隠してたんだろって沢山考えたけど、ゴードンと一緒に暮らして見て分かるのは貴方が優しい人って事で…」
「……」
「多分、小さい私が事実を知っても潰れない様にしてくれてたのもあるんだろうなって……他にどんな理由があっても私にとって、ゴードンは悪い人だって…どうしても思えないや」
「ッ、ウタ…!」
また涙ぐむ彼に思わず苦笑しているウタに同意する様にサンジやウソップは頷いた。
「国滅ぼされてもウタちゃんを育ててきたんだろ?」
「立派だぜ、アンタ」
「ッ…」
そう言われてとうとう彼は、静かに泣き出した。この島で、色々耐え続けていたのはウタだけではないだろう。
「で、ウタも悪くないよな?」
空気を読む気は無いのかこの男は、そうウタは先程のロビンの様に頭を抱えた。
思わず反論してやろうとそちらを向くが、随分真剣な顔で真っ直ぐ見てくるので、口をつぐんでしまったウタの代わりにフランキー等が話し出す。
「本人の罪悪感は別だろうけどな」
「封印されてた楽譜が飛んでくるとか思わんじゃろうな…それも歌えばこんな怪物が出てくるなど…」
「それにそれ以前の状況下ならば彼女が楽譜を手にしたら歌うのは必然…いや、音楽家ならば見た事ない曲を見れば奏でたいと思うのは当たり前ですねェ」
「え、そんな…こと……」
言われると思っていなかった。
良くて言葉を失うか、何かしらの慰めを言われるだろうとは思っていたが…そんな風に指摘されるとは想定外だった。
「で、でもこの映像の人は…私が世界を滅ぼすって……」
「あくまでもヤベェのはこの化け物だろ?お前がただ歌うかどうかは関係ねえ筈だ」
「そもそもこの映像を撮った人がどこまで事実を知ってるかも分かんないわよ。ウタがわざとトットムジカを呼び寄せて操ってこの国滅ぼしたならともかく、寧ろアンタも被害者じゃない」
「私、が……被害、者??」
「親から引き離されて、隔絶された環境に長期間置かれてる。しかも最終的には心身共に追い詰められる程だし…おれなら耐えられねえよ、ひとりぼっちは本当に苦しくて辛いんだから」
どうしよう、彼等が何を言っているか分からない。いや、分からないわけではない筈なのに理解を頭が拒否している。
私は悪くない?寧ろ被害者??
そんな訳ない。だって、だって……トットムジカを歌ってしまったのは
「これ、お前じゃなかったらどうだ?」
「?私、じゃ、なかったら…?」
ぐるぐると雁字搦めの糸の様な思考のウタに、ルフィはまるで先程とは逆に、幼児に諭す様な落ち着いた声色で聞いた。
「今の話を聞いてよ、もしウタじゃない誰かが歌ってトットムジカ呼んだとしてだ」
お前はそいつが悪いと思うか?
その問いかけにウタは、大きく目を開いて服の胸元を握りしめた。