機動戦士ガンダムSEED STRIKE『訣別の刻』

機動戦士ガンダムSEED STRIKE『訣別の刻』


 ──青き清浄なる世界の為に。

 そんな御題目と共に戦ってきた。理想を刷り込まれた。

 コーディネーターは度し難い存在で、世界を蝕む悪で、決して許してはいけない、と。

 そう教えられ、本気で信じていたし、疑ってもいなかった。

 けれど、あの日。

 潜入先の任務で助けたコーディネーターのガキの顔が、俺のやってきた事なんて知らない無垢な笑顔が。頭から離れない。忘れられない。

 ……俺は正しかったのか? なんて自問自答を繰り返してしまう。

 引き金を引くための指が、震えて動かなくなる。

……ああ、クソ。俺はおかしくなっちまった。

 やらなきゃいけないことが、わからなくなっちまった。

 挙句の果てに、俺はまたコーディネーターを助けている。ナチュラルが向けた銃口の、前に盾を構えて立っている。


『──貴様、なんのつもりだ?』


 ブルーコスモスの上官が俺に問う。

 酷薄な声だ。コーディを殺す邪魔をした俺を、どこか遠くからゴミを見るような目で見ているのだろう。

 

『……自分でも、よくわかりません』


 俺は言葉を返した。込めた意思に偽りはない。しかし覚悟もまだ定まってない。

 ……けど、躊躇い悩んでいる間にも、虐殺が行われているというのなら。無為に死にゆく命があるなら。

 それは止めなければならないと。俺の心は叫んでいる。


『……ふん、こんなタイミングで錯乱しているのか。使えない男だ。ならわかりやすく言ってやろう。今すぐそいつ等を潰せ。一人も逃すな。これは命令だ。できないなら叛意ありとみなされ、貴様も攻撃対象にする』


 上官のありがたい忠言だ。忠誠を示せば許してくれるらしい。

 ……なら、こっちも。わかりやすいように返答してやろう。

 答えは決まった。俺はバックパックのサーベルを抜く。周囲には多数の敵影があるが、まあなんとかなるだろう。


『悪いけど。アンタらの命令は聞けないね。今の俺の所属は──世界平和監視機構コンパスだからなァ!!』

『この……裏切りものがあぁぁぁぁぁっ!!』


 ブルーコスモスのウィンダムは、抜刀したビームサーベルを俺の乗機に向かって振り下ろそうとしている。その動きに躊躇も容赦も憐憫もない。俺はすっかり敵になってしまったらしい。

 ……ああ、やっちまった。もう取り返しはつかない。アイツが言うように、俺はブルーコスモスの裏切り者だ。


「……んなの。言われなくてもわかってるよ!!」


 ウィンダムのサーベルを左手のシールドで弾き、右手のサーベルでコックピットを狙おう──として。思い留まった。

 そうやって殺すことは、間違っている。そう教えてくれた人がいるから。

 俺もあの人達のように、世界を変えたい。誰かを守る為に戦いたい。

 気づけばサーベルの切っ先は胴体の下、コックピットから外れた位置を狙い振り抜かれていた。


『くっそがぁぁぁぁぁっ!?』


 下半身から切り離され、自重で落下していくウィンダム。恨みがましく叫んでるのが通信で聞こえるから、パイロットは生きてはいるようだ。

 動く腕を両断し、イーゲルシュテルンのある潰して、射線に入らぬよう近くのビルの影に、身動きの取れないウィンダムを蹴り飛ばす。あそこなら流れ弾に当たることはないだろう。

 

 周囲にはさっきまで俺を取り囲み、撃とうとしてきたMSの残骸と、避難を再開したコーディネーター達がいる。 彼らが無事に避難するまでここから目は離せないな。

 と、ボロボロになった盾を構えて行く末を見守っていた俺の機体に、ギーベンラート中尉から通信が入った。


『ちょっと! アンタ! どこにいるのよ! ふらふら勝手に行くんじゃないっての! 今回は私の僚機でしょ!』

『あー……すいません。避難中の民間人を発見したもので。そちらの保護を優先して……!?』


 がなる中尉に状況を説明していると、新手がこちらにライフルを向けているのが見えた。狙いは……後ろの避難民──!?


『すいません中尉! 話は後で!』

『あっ、ちょっ──!』


 中尉との通信を切り上げ、容赦なく撃たれるビームの遮蔽になる。後ろの民間人に被害が行かぬよう盾を構える。

 ……クソッ! こっちの数が多い! こっちの機体が保つか……!?

 先の戦闘で俺のウィンダムはかなりのダメージを受けた。この掃射を耐え切ることはできない、だろう。

 俺はここで死ぬ。……裏切り者には相応の末路だ。納得はできる。

 けど、あの人達は、普通に生きていただけだ。その暮らしを理不尽に奪われて、逃げ惑ってるだけなんだ。

 あの日の、あの子のように。

 助けられる、命なんだ──!


「だから……! 俺はァ! こんな、所でぇ!!」


 腹の底に溜まった怒りが、叫びとなって口から出ていた。無力な自分と無慈悲な戦火が恨めしい。

 俺のウィンダムが削れていく。シールドは殆ど破壊され、装甲もかなりダメージを追っている。

 避難民はまだ逃げ切れていない。このままじゃ……!


 動きを止められた俺にブルーコスモスのウィンダムが肉薄してくる。サーベルで確実に殺すつもりなのだろう。その切っ先が、俺を捉えた。その瞬間。


『見つけた! こんな所で、うじうじやってんじゃないわよ!!』


 空からMSが降ってきた。俺を庇うように前に立ち、迫って来ていたウィンダムをシールドに仕込まれたビームサーベルで破壊する。その戦い方には覚えがあった。


「……ギーベンラート、中尉──?」

『たくっ。私に迎えに来させるとか、あり得ないんですけど! 後でキチンと、謝りなさいよね!』


 中尉のギャン・シュトロームが、ウィンダムを迎撃し始める。しかも援軍は彼女だけではないようだ。

 モニターが映す夜空を見上げる。

 そこには空を自由に翔ける、──青い翼があった。


『──こちらは世界平和監視機構コンパス。再度攻撃舞台に告ぐ。ただちに戦闘を停止せよ』


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