様スレ 132の補足
エラン・ケレスは仕事が好きだ。
だから秘書はいつだって彼に振り回される。
今日も突然呼び出されたと思ったら、やはり無茶振りであった。
「来週、休みたいからスケジュール空けて」
「あ"ぁ?」
セセリアの口から思わずドスの利いた声が出た。この忙しい時期に何を言い出したのか。
「このスケジュール、決めたのボスですよねぇ!?」
「まあ、そうだな。それで?出来る?」
こんな訊かれ方をすると、「できない」と答えるのは癪である。セセリアは渋々「できますけどぉ」と答えた。
「でも突然なんで…」
「スレッタとアフタヌーンティーに行くから」
「は?」
「スレッタとアフタヌーンティーに行くから」
セセリアは口元に微笑みを浮かべ、そっと目を閉じた。思ったことはただ一つ。
この色ボケ。
エランとスレッタが度々会っているのは知っていた。しかしまさかデートに行く関係だったとは意外であった。エラン・ケレスはセセリアの目から見てもハイスペである。さすがはスレッタ・マーキュリー。水星から来た魔性の女。
「あのホテルのアフタヌーンティー?女共が彼氏と行っただなんだでマウント合戦に使うやつ?来週なんて無理無理、空いてないですよ」
「ふーん。本当だ、満席だな」
エランは端末で色々調べていたと思ったら、通話を始めた。
会話内容からして、相手は懇意にしているホテルの営業担当のようだった。広間や部屋を抑える時はいつも彼を通している。
ありがとうございます、今後もよろしく、とにこやかな顔でエランは端末を切る。
「まさか……」
「席取れたわ」
「コネをこんなところで使います?」
「ところでセセリア、スレッタがどんな服着てくるか聞き出してくれよ。困ってたらアドバイスしてやって」
「はぁぁぁぁぁぁ?」
二度目の無茶振りにセセリアは青筋を立てた。
「なんで私が!?」
「お前が面倒臭くてやりたくないって言ってた資料、俺がまとめておく」
セセリアは動きをとめた。
「定時で上がって、カフェで甘いものでも食べて来いよ。領収書切っていいから」
「……あと、私もまとまった休暇が欲しいんですけど」
絶句するのは今度はエランの番だった。
やがて諦めたようにため息をつく。
「……わかったよ」
やりぃ。
カフェで手に入れた写真をセセリアはエランに転送した。エランは概ね満足したようだった。
「別にいいんじゃないか?」
「よく見ると凝ったデザインですけどね。でもちょっと地味かも?あのホテルのアフタヌーンティーできゃっきゃっ言ってる若い女はガチガチに固めてきますよ」
どうやら若い女性達の間で、一種のステータスとなっているらしい。エランは特に興味ないようで、「ふーん」とだけ言った。
「てか水星ちゃんなんか萎縮してましたけど?ケレスさんに恥をかかせないように〜なんて言って」
「萎縮…?確かに恥かかせるなよとは言ったけど」
セセリアは手を口元に持っていき、大仰に驚いてみせた。
「うわぁ〜どうなんですかそれ〜ぇ♡水星ちゃん本気にしてますよぉ♡デートなんだから俺のために可愛い服着てこいよ♡って普通に言えば良かったんじゃないんですか〜」
セセリアはここぞとばかりに煽った。じろり、とエランに睨まれたが、怖くもなんともない。
「水星ちゃん手持ちがないから服買ったって言ってましたけど、彼女そんなにお金ないんじゃないです?ずっとリハビリしてましたし」
「……」
そう言うとエランはバツの悪そうな顔になった。そういう発想がなかったのだろう。
「まあですからアクセサリーやバッグは私が貸すことにしました。アフターフォローもバッチリです」
何しろ休暇いただきますから。と、恩を着せつつ、遠回しに休暇を出すよう念押しする。
「……お前のアクセサリー派手なのばっかだろ。いい。俺が用意する」
「えっ、ボス、アクセサリーなんて持ってるんです?そういう趣味がおあり?」
「買うんだよ!セセリア、渡しておいてよ。俺からだってことは伏せて」
「普通に贈ればいいっしょ…」
でもまあスレッタの性格からして遠慮しそうではある。そういう気遣いはできるんだなと思った瞬間、
「効果的なタイミング見計らってそのうちバラすから黙っておいて」
この発言である。
なんたる姑息。さすがのセセリアも半笑いになった。
まあ上司との交渉のネタができたと思えばセセリアとしては悪くない。
「でもいいんですか?水星ちゃんはこれってデートなんですか?なんて言ってましたけど」
スレッタ・マーキュリーはセセリアの予想を超える魔性の女だった。まさかの無自覚。
「だろうね」
「あら、知ってたんです?」
「そんなん顔見ればわかるだろ」
セセリアはピンときた。だからこんな行動をしているのだろう。自分と相手の天秤が釣り合っていないのが面白くないのだ。
なにそれめんどくさーい。ばかみたーい。
「そういえばさ、セセリア」
「……なんです?」
「あの服にはハーフアップ似合いそうじゃない?」
しらねぇよ。
後日、エランが用意してきたアクセサリーはブランドショップの値の張るアクセサリーだったので、セセリアは気持ち悪い男だなと思った。