様スレ その6-149の続き(上)
ピコン、とメッセージの着信音がして、スレッタは端末を手に取った。予想通りエラン・ケレスからの飲みの誘いだった。
エランと連絡先を交換した後、彼から頻繁に誘いがくるようになった。大抵夜、仕事終わりに酒を飲みに行く誘いだ。たくさんのくたびれたサラリーマン達に混ざり、居酒屋で酒を乾杯することもあれば、高級そうな店に行くこともあった。どういう流れなのかセセリアとグエルが参戦してきたこともある。みんなでその勢いのままカラオケにも行ったりもした。スレッタはあまり流行りの曲に詳しくなく、歌えるのはエアリアルの中でみた女児アニメのテーマソングぐらいだったが、非常にウケた。
エランが多忙な場合、仕事中抜けて腹ごなしするのに付き合うこともある。その場合はファストフード店やラーメン屋などで1時間ぐらい顔を合わせてさっさと解散する。スレッタの研修は夕方には終わるし、一人で晩御飯を食べるのもつまらないので、誘いはありがたかった。
エランには概ね楽しい時間を過ごさせてもらっているが、スレッタにはちょっと気になることがあった。それは食事代をエランが全部出していることだ。当たり前のようにまとめて支払いを済ませるので最初は混乱した。自分の分を払うと申し出ても無駄で、逆に面倒くさそうな顔をされたのでスレッタは困ってしまった。
セセリアにその事を相談してみたが、
「男が出したいなら出させればいいっしょ?誘ってきたの向こうなんだし〜」
と、あっさり流されてしまった。
しかしそれを聞いてスレッタは思いついた。そうか、自分がエランを誘えばいいのだ。そして自分が奢る側になれば、今までのお返しができるではないか。
スレッタは端末でネットをチェックし始めた。
今まで支払ってもらった金額を考えれば、できればお高い店がいい。ざっと検索していると懇親会で使った高級ホテルが目に入った。確かここはいくつも飲食店が入っていたはずだ。一応目を通そうとタップすると、出てきた画面にスレッタの目は釘付けになった。
柔らかく光が射す室内に、白いテーブルクロス。同じく白い三層のお皿の上に、それぞれ小さな芸術品のような、美しいお菓子が並べられている。繊細な取手のついたティーカップには澄んだ紅茶。
こんな綺麗なお茶会は見たことがなく、スレッタは胸を躍らせた。
-------つまり、アフタヌーンティーにスレッタはすっかり心を奪われてしまったのだ。
期間限定のアフタヌーンティーは2名からとなっている。スレッタはガッツポーズした。もはやエランへのお返しどころかエランを付き添いにしようとしていた。
「と、いうわけで、一緒に行ってくれませんか!?」
スレッタは居酒屋で端末画面を見せつつ、今週会うのは2回目になるエランの顔を真っ直ぐ見つめた。
「はあ?」
と、上着を脱いですっかり仕事終わりのサラリーマンになったエランは気が抜けたような声を出して端末を見た。
「アフタヌーンティー?」
「はい!甘いのお嫌いじゃなければ!」
スレッタはぐっと両手を胸の前で握る。
今まで何度も一緒に食事をしているが、こちらから誘ったのはこれが初めてである。エランはスレッタの顔を見、次に端末に視線を移した。
「あ、お付き合いいただくので、私がご馳走します!」
「ふーん…」
エランの反応が鈍い。
「来週の昼か」
その発言でエランとは仕事終わり、もしくは仕事の合間の夜にしか顔を合わせてないことに気がついた。アフタヌーンティーの開催は休日の午後だ。エランの勤務形態はよく知らないが、自分と同じく休みの日に出てくることになるのではないか。
「あの…忙しくなければ…なんですが」
スレッタの声はちょっと小さくなった。もしかしたら図々しいお願いだったかもしれない。
「そうだな…」
エランは目を瞑って考えこむ様子を見せた。しばらくの沈黙ののち、目を開ける。
「いいよ。付き合ってやるよ」
「本当ですか?ありがとうございます!」
「ただし、条件がある」
「条件?」
戸惑うスレッタの前で、エランは机に両肘をつき、組み合わせた手の甲に顎を乗せると意地の悪い笑みを浮かべた。
「食事代は俺が出す」
「え?いやでも…私から誘って」
「その代わり、服をなんとかしろ」
「へ?」
予想外の方向に話が曲がったため、スレッタは目を剥いた。
「ホテルのアフタヌーンティーに男連れで行くんだからそれなりの格好があるだろ?TPOってやつ」
今スレッタが着ているのはブラウス、黒いスーツパンツ、黒のフラットパンプスだ。パンツやブラウスの色が変わるぐらいで研修はずっとこれで受けていたし、エランと会うのもこの格好だ。それで特に問題があるとは思っていなかったのだが。
「この俺を連れ歩くんだからな。恥かかせんなよ」
エランの偉そうな表情にスレッタの顔は引き攣る。
とんでもないことになった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
(まさかこんなことになるなんて…)
自分の服装がエランに恥をかかせるだなんて考えてなかったスレッタは、気落ちしながら滞在しているホテルに戻った。
アフタヌーンティーでの服装を検索するとワンピースやスカートがオススメだと書いてあった。
スレッタはあまりスカートを履いたことがない。子どもの頃はともかく、救助活動を始めてからは常に動きやすい格好をしていたし、学校もハーフパンツだ。
当然クローゼット内にワンピースやスカートはない。となると、買わなくてはならないが、スレッタは服のブランドもよく知らない。
こうなると頼りにすべきはミオリネだ。株式会社ガンダムの経営で忙しくしているにもかかわらず、ミオリネは通話にすぐに出てくれた。事情を説明するとモニターの向こうのミオリネは嫌そうな顔をした。
『恥かかせんなって?何様よあいつ』
「一体どうしたら…どこの服買ったらいいですかね…?」
『いやもう行かなくていいでしょ。断んなさいよ。なんでアレのためにわざわざ服買わなきゃなんないのよ』
「それは…でも…」
スレッタは声を小さくしながらも言い返す。
エランはもしかしたら気乗りしてなくて意地悪をしたのかもしれない。それでもスレッタの行きたいところに付き合ってくれようとしていることは変わらない。なら彼の言う通り、服装に気を使うべきなのではないか。
ミオリネはため息を一つ吐くと、ミオリネらしいぶっきらぼうな、でも優しい声で返してくれた。
『…そっちに店舗ある服のブランドでおすすめやつ、送るから。参考にして』
「ミオリネさん!ありがとうございます!」
『まあ、いいんじゃない?あんた服あんま持ってないでしょ。今後使うかもしれないし、この際買っておけば』
「そうですね、そうします!」
『エラン・ケレスに会ったら私からってことで、1発殴っといて。鳩尾を狙いなさい。えぐるように打ち込むのよ』
「ミ、ミオリネさん?いやそれはちょっと……?」
通話を終了させしばらくの後、ミオリネから端末にショップのURLが送られてきた。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
ショップの店員はその日、入りづらそうに入口をウロウロしている女性を見つけた。いらっしゃいませ、と笑顔を向けると、ホッとしたような観念したような表情でおずおずと店内に足を踏み入れる。
「今日はどのような服をお探しでしょうか?」
「あ、あにょですね!ホテルのアフタヌーンティーに、行けるような服が、欲しいです!」
思い切り噛んでいる。その緊張ぶりが微笑ましくてちょっと笑ってしまう。
「ホテルのアフタヌーンティーに行けるような服でございますね?どんな物をお考えですか?」
「ワンピースか、スカートで!お願いします!」
「かしこまりました」
赤毛で、身長が高くて、スタイルの良い女性だ。合いそうな服をいくつか見繕う。鏡の前に立たせて服を合わせながら店員は話しかけた。
「アフタヌーンティー行かれるんですか?お洒落にも気合いが入りますね」
「そうですね…」
緊張を解そうと喋りやすそうな話をふったのだが、女性はわかりやすく肩を落とした。話題選びに失敗したらしい。
「あまりお洒落したことがなくて。スカートも履き慣れてなくて…」
「あら、それならパンツスタイルでも良いのではないですか?持って参りますよ」
「一緒に行くのが男の人なんですけど、恥をかかせないようにって言われてて。パンツを履いてる時に言われたからスカートの方がいいのかなって」
「まあ…」
その男はやめとけ、と店員は内心思った。しかし口に出すことは当然できない。せめて世慣れてなさそうな愛らしい女性に素晴らしい1着を見繕おうと決める。
最初店員が勧めたのはフィットして体のラインがでるワンピースだった。よく似合っていたのだが、女性は気後れして首を横に振った。その後、黒のシアー素材のハイネックブラウスとライトグレーのロングスカートに決まった。少々地味だが彼女は内向的な性格をしているようだったので無理はさせられない。まあ、髪の色が華やかなのでなんとかなるだろう。
「デート頑張ってくださいね」
店外へ送りだす時、そう一声かけると、女性はひどく驚いた顔をした。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
その日、スレッタはセセリアと会っていた。
珍しくセセリアがスレッタをカフェに呼び出したのだ。仕事帰りなのかスーツ姿のセセリアは、いささか機嫌が悪そうにも見えた。大量のスイーツをテーブルに並べてフォークで突いている。
「うちのボスをアフタヌーンティーに誘ったらしいじゃん?」
「ケレスさんから聞いたんですね。ダメでしたか…?」
「別にダメじゃないけどぉ」
セセリアにしては歯切れが悪い返答だったのでスレッタは少し不安を覚えた。
「で、何着ていくの?」
「着ていく服ですか?えーっと、買いました!店員さんと選びました!」
「わざわざ買ったんだ…。まあホテル滞在だもんね、そんなに服持ってきてないか。どんなやつ?見せて」
「これ写真です」
「はぁ?地味すぎない?もっと胸とか腰とか強調する服あったっしょ」
「そんなのとても着れないですよ…」
「あと靴は?それからバッグ。アクセサリー。髪型は決めた?」
「!?」
スレッタは絶句した。世の女性は考えることが多すぎはしないだろうか。インキュベーションパーティーの時はミオリネに丸投げしていたから、何も考えなかったツケが今きた。
「…ないなら貸すわ。見繕っておくからその写真送って」
「えっ、いいんですか?助かります!」
今からそれらを用意するのはスレッタには難しい。セセリアの申し出は大変ありがたかった。
「うちのボスは女共に人気あるんだから気合い入れないとぉ、横から女に掻っ攫われるよ?どうする〜?デート中に一人だけテーブルに置いていかれたら〜?」
クスクスと意地悪く笑うセセリアのセリフにスレッタは驚く。
エランがそんなに女性に人気があるなんて思ってなかったし、考えてもいなかった。アスティカシアにいた「エランさん」はまさに絵本から出てきたような王子様の風情だった。女性に人気があるのも頷けた。
でも1番最近知り合った「エラン・ケレス」は酒を飲んでクダを巻いている印象が強いのでどうもピンとこない。
そしてもう一つ、スレッタは気になることがあった。
「こ、これってデートになるんでしょうか…」
「はい?」
セセリアは目をひん剥いた。
「そのつもりで誘ったんじゃないの?」
「違います!いつもご馳走してもらってるからこちらがご馳走しようと思って!」
今回も結局エランの奢りだが、少なくとも最初はそういう動機だったから間違ってはいない。セセリアは呆れたとばかりに空を仰いだ。
「水星ちゃんもやるもんだわと思ったのに…」
「……ケレスさんもそうだと思ってるんでしょうか?」
「さあね?しらなーい」
続く