様の話 訂正版
エランがいつからペイルにいるのか、彼自身もよく覚えていない。ただ、たくさんのテストの果てにAIが彼をリーダーに選出したころの記憶はあった。
この会社においてAIは神に等しい。よってエランは厳かに迎えられた。
「貴方はペイルのリーダーです」
モニターだけが輝く暗い部屋で、四つの影が幼いエランを取り囲んでいる。
そう言ったのはニューゲンだった。
「じゃあ俺がCEOなの?」
そう問うと4人のCEOは唇を釣り上げて笑った。
「いいえ、貴方は未だ幼い。子どもが最高責任者では、社員も顧客も着いては来ませんわ」
「ですからペイルは引き続き私たちが運営いたします」
「エラン様は社内でお勉強しましょうね」
「ペイルの繁栄のために」
エランは会社で不思議な立場となった。
AIという神に選ばれた、最もペイルで尊い存在。4人のCEOは子どものエランに恭しく接する。他の社員から見ればひどく歪で滑稽であったのだろう。リーダーとは名ばかりの、腫れ物のような扱いだった。
エランは自分が未だ子どもであるからだと己を納得させた。研鑽の結果、人事評価は積み上がり、最高評価のSSにまで到達した。
しかし彼はなにも成せずにいた。
漫然と日々を過ごすエランを焦らせたのはシャディク・ゼネリの存在だった。彼は自分と同年代で若年だが、すでに彼の名前で様々な経営に手を出していた。
もう表に出てもいい頃なのではないか?そう思い、CEOに提言した。経営のレポートも提出した。
「おほほ、流石はエラン様ですこと」
エランの言葉はCEOに軽く流された。
エランは一部の社員としか交流がないが、顔見知りの社員に彼の予測と指示を伝えた。
その社員は戸惑ったような表情でエランの話を聞いていた。
「話を通してみます」
そう言ったあと音沙汰がなく、こちらから連絡してみたが曖昧な言葉で濁されるだけだった。
自分の分析は正しいはずだ。しかし誰も彼の言葉に耳を貸そうとはしない。
「エラン様、ペイルグレードはもうすでにその先まで読んでおります。エラン様の案では後手に回ってしまいますわ」
「ですから私どもが別に指示いたしました」
「部下を責めないでやってくださいな」
「焦らなくてもよろしいのですよエラン様。ペイルグレードはエラン様の出番はまだ先だと言っています」
憐れむようなCEOの言葉を、エランは皮肉な笑みを貼り付けた表情で聞いた。いつの日にか、この表情は彼にとってお馴染みのものとなっていた。
この出来事はエランの挫折経験となった。
エランは信用がない。功績もない。AIでペイルのリーダーに選ばれたと言っても、会社内で役職があるわけでもない。命令系統からも切り離されている。彼は何もできない。
エランの荒れ狂う内心を察したのか、ある日ニューゲンが諭すように言った。
「大丈夫です。エラン様を選んだのはペイルグレードなのですから。時がくれば貴方もそのうち『正しい判断』ができるようになります」
「俺の分析が間違っていたと?」
「そうではないのですよ。貴方ならわかるでしょう?AIによる経営判断はローコストで早く、優れているのです。ですから、後はいかにそれを有効に使うかです。それこそがリーダーたる素質なのです」
このやりとりでエランは悟った。
AIにとって1番賢いのはAIだ。
AIにとってリーダーに据えるべきなのはAIの予測に従うリーダーなのだ。
AIがテストによるスコアを参考にするのは、高い能力があれば「AIの判断が正しいことが理解できる」からだ。
あとはその他の人間を納得させ、従わせるコミュニケーション能力があればいい、そういうことではないのか?
ペイルグレードはこの会社においてまさしく神であり、エランが将来期待されていることは社員に神の言葉を伝える神官として君臨することだった。
エランは諦観を持ってこの事実を受け入れた。自分の判断が求められていないという屈辱を抑え、彼らに従ってさえすれば、ペイルも彼も安泰なのは間違いない。それはいっそ楽な選択とも言えた。
AIは判断が早く、人間よりも遥か先を読む。先を読みすぎてその選択が正しいのか人間には理解しきれない。しかし従っていれば成果がでた。
ーーーーそうして人間はAIに依存するようになる。
エランは己の判断がCEO、ひいてはAIに勝てないと、鳥籠に自ら収まったのだった。
しかし鳥籠の外で、世界は動いている。
彼の中の風が変わり始めるのはインキュベーションパーティーを待たなくてはならない。