極道入稿の予感
カワキのスレ主2日目。光の帝国、セントラル・観光街。
今日はライフセーバーの父親を探して街に繰り出していた。昼時の大通りは昨日と同じく……いや、時間帯もあって昨日以上に人で賑わっている。
『うわぁ、すごい人だ……』
治安があまり良くないと聞いていたので、昼食のために入る店は比較的、店構えが綺麗なところを選んだ。
そうして店に入ると、どこも満席で、みな各々の料理に舌鼓を打っている。
とは言え、観光地の飲食店であれば、きっとどこも混み具合に大差はないだろう。長い列に並びながらメニューを確認する。
『どれも美味しそうだなぁ』
『マシュにも食べさせてあげたい』
注文した商品を受け取って、トレイを手に辺りを見渡すが、空いたテーブルはない。
しばらく周囲を見て回り、空席があるテーブルを見つけて相席を願う。
『どこも満席だ……どうしよう……』
『すいません、相席しても良いですか?』
声に反応して相手が顔を上げたところで、その顔に見覚えがあることに気が付いた。
それは相手も同じだったようで、こちらを見て気付いたように声を上げる。
「む……お前は、星見の……」
黒いパーカーの男が口を開きかけた時、朗らかな声が会話に混ざった。
「おーい! お待たせ、ユーハバッハ。こっちが君の分のお昼ごはんだよ」
「遅いぞ、エド」
「ごめんごめん、レジが混んでて……あれ? 君は……」
トレイを二つ持って歩いてきた男は、こちらを見て驚いたように、優しげな青紫の瞳を見開いた。
席に座ったままの黒いパーカーの男が、こちらを見上げて口を開く。
「この者が相席したいそうだ」
その声を聞きながら、トレイを持った男の面差しに首を傾げる。
『(なんだか見覚えがあるような……気のせい?)』
『(この人、どこかで会ったことがある……?)』
湧き上がった既視感に整った顔をじっと見つめていると、トレイを持った男はニッコリと笑顔を作って相席の願いを快諾した。
「もちろんいいよ! 一緒に食べよう!」
◇◇◇
三人で食事の席を囲んで自己紹介をする。
「僕(やつがれ)はエドガー、こっちは友達のユーハバッハ」
「我が名はユーハバッハ。「陛下」と呼べ」
「君のお名前は?」
『はじめまして! 藤丸立香です!』
『カルデアのマスターです』
「そっか! ようこそ、光の帝国(リヒト・ライヒ)へ! 会えて嬉しいよ、マスターくん」
心から嬉しそうに笑ったエドガーは、人好きの青年という風だ。
そんなエドガーの様子に、ユーハバッハが怪訝そうに眉を寄せた。
「…………。お前が馴れ馴れしいのはいつものことだが……今日はいつにも増して機嫌が良いな」
「ひどい言い方。カルデアって南極でしょう? そんな遠くから来てくれた子と出会えたんだよ。僕(やつがれ)、嬉しくって……」
出会いの喜びを語っていたエドガーが、ハッとした顔でこちらに視線を寄越す。
「ああ、放ったらかしにしてごめんね。よかったら、君のお話を聞かせてくれる?」
『もちろん』
『自分は——』
◇◇◇
「へえ、そっかぁ。最高の夏に……。ふふふっ」
食事のかたわら、これまでの経緯を説明すると、エドガーはなぜか嬉しそうな笑い声を上げた。
ユーハバッハが疑念に眉を顰める。
「何を笑っている?」
「うん? 僕(やつがれ)と同じだなぁと思って。君もそうでしょう? ユーハバッハ」
「まあ、そうだな」
気の置けない友人同士という様子の彼らに質問を投げかける。
『お二人は地元の人ですか?』
「う〜ん、そうだねぇ」
「「そうだ」とも「そうでない」とも言える」
返ってきた答えは要領を得ない。
返答の意味が理解できずに首を傾げていると、微笑ましいものを見る目でこちらを見たエドガーが補足説明を挟んでくれた。
「今の光の帝国(リヒト・ライヒ)は昔と様変わりしてるんだ。南国仕様になってからは、行ったことがない場所もあるよ」
そう語ったエドガーは「ところで……」と、好奇心に溢れた眼差しでこちらを伺った。
「君はセントラルで何をしていたの? ショッピングかな? ここは治安が悪いから、一人歩きは危ないよ」
『事情があって、人を探しているんです』
「事情? どんな?」
『実は——』
◇◇◇
マグダレーナから課された仕事のこと……そして、ビーチで自分を助けてくれたライフセーバーから頼まれた父親探しのこと——それを説明すると、今度はユーハバッハが嬉しげな声を上げて喜んだ。
「ほう、レーナは健やかに過ごしているようで何よりだ。それに、カワキが父親を探して……聞いたか、エド!」
「聞いてるよ。慈善活動に、サークル参加かぁ、良いアイデアだと思うよ! でもね、ユーハバッハ。あの子の言うように本を作るなら、ずっとビーチに張り付いているわけにはいかないよ?」
「わかっている。だが、少しくらい……」
「ダメ」
『……? どういうことですか?』
『「カワキ」って、ライフセーバーさんの名前ですか?』
まるで我が事のように話す二人の様子に目を瞬いていると、エドガーがこちらの困惑に気付いて口を開いた。
「ああ、あの子、名乗らなかったんだね。でも、そっか……君が聞いた探し人の特徴は、歳を取った姿のものだもの。わからないのも無理ないか」
「カワキにこの姿は見せたことがなかったからな」
『……?』
『その言い方じゃまるで……』
エドガーの口から語られたのは衝撃の真相だった。
「うん。ビーチエリアで君を助けたライフセーバーの子、カワキちゃんって言うんだけれど……彼女が探している父親は、マスターくんの目の前にいるよ」
『もう見つかった!?』
『ということは、やっぱり……』
「カワキは私の娘だ」
『そうだったんですか!?』
『たしかに、似ているような……』
その言葉に、ユーハバッハは笑みを深めて機嫌を良くした。
「ああ。カワキは私にそっくりだろう。……今日は来ていないのか?」
『カワキさんはビーチです』
『今日はライフセーバーの仕事があるからって』
「そうか……。相変わらず、仕事熱心なことだ」
少し残念そうに目を伏せたユーハバッハだったが、すぐに元気を取り戻して話を戻した。
「それで、即売会への参加だったか? コンベンション・センターで開催される予定のイベントだな。我が子の望みだ、サークル参加……やぶさかではない」
自信満々にやる気を見せるユーハバッハに、いくつか質問を重ねる。
『どんな本を作るか決めてあるんですか?』
『本を作ったご経験が?』
「いや? 情報(ダーテン)をまとめた経験ならあるが……本を作った経験はない」
「サークル参加も今決めたことだし、構想も何もないよね」
よくわからない単語も混ざっていたが、二人の言葉に、今回の本作りも大変なものになるという予感がヒシヒシと感じられた。
『これは修羅場の予感……』
『極道入稿、待ったなし』
こちらが顔を強張らせていると、ぱちん、と手を叩いたエドガーが話を次に進めた。
「まずはどんな本を作るか決めようか!」
「ふむ……情報(ダーテン)を本にするのはどうだ?」
「アレ、ほとんど個人情報だよね? さすがにまずいよ」
顔を曇らせたエドガーは、少し考える素振りを見せると、思いついたと言うように大きな声を上げた。
「……あっ、そうだ! 写真を本にするのはどうかな? ユーハバッハ。君、たくさん撮ってるでしょう? マスターくんにも見せてあげて」
「構わんぞ。これだ」
ユーハバッハがどこからともなく取り出した写真を何枚か見せてもらう。
『これは……視線が合ってる写真が1枚もない……』
『盗撮では?』
「親が子を撮るのに盗撮も何もあるものか」
「あるよ」
「カワキが友人と共にいる場面も撮りたいところだが……その友人の所在が掴めぬ。二人が揃った写真を撮れるのは、いつになることか……」
「過干渉は止しなよ、ユーハバッハ」
眉を下げて注意するエドガーの言葉は、ユーハバッハの耳には入っていないようだった。
少し困った顔のエドガーがこちらに向き直る。
「……そういうわけだから、マスターくん。手間を取らせるけれど、カワキちゃんの許可をもらってきてくれないかな? 他の被写体の子たちや、これから写真を撮る時の許可は、僕(やつがれ)がもらってくるよ」
「任せる」
堂々と言い切ったユーハバッハの様子に、一抹の不安が頭を過ぎる。
『カワキさんの写真集を出すんですか?』
『他にも盗撮写真が……?』
慌てて両手を振ったエドガーが、作成する本のアイデアを提案した。
「ああ! 何も、これをそのまま出すわけじゃないよ? ユーハバッハが撮った写真に、各エリアの観光名所の情報を付け加えて、ガイドブックにできないかなと思って。風景が映ってる写真もたくさんあるしね」
ユーハバッハは興味深そうに呟いた。
「観光名所の情報か」
「そう。夏の光の帝国(リヒト・ライヒ)を、色んな人に紹介する本を作るんだ。素敵だと思わない?」
「なるほど、この国の素晴らしさを喧伝する本……悪くない提案だ」
「これで本の構想は決まりだね!」
満足そうに笑みを浮かべるユーハバッハを見て、にこりと笑ったエドガーがこちらに顔を向ける。
「マスターくんはお仕事で色んなエリアを回るんだよね? 僕(やつがれ)達も同行させてもらって良いかな?」
『もちろん!』
『一緒に良い本を作りましょう!』
了承の言葉を聞いたエドガーは、溌剌とした声で音頭を取った。
「ありがとう。それじゃあ、即売会までに色んなエリアを回って撮影会だ!」
『頑張ろう!』
『おー!』