椅子取りゲーム
里の外れに魔女の家がある。アカデミーの生徒にまことしやかに語られる怪談だそうだ。今度魔女の家が本当にあるのかヒルゼン達と見に行くんですとカガミが鼻息荒く話していたが一体どうなったのだろうか。そんな事を考えながら件の魔女の家の戸を叩く。白い髪の女が不機嫌そうな顔で戸を開けた。
「なんだお前か」
「お前の兄貴からの頼まれ事だよ。そら」
柱間に持たされた巻物を白髪の女、千手扉間に投げる。扉間は巻物を受け取るとするすると開き流し読む。
「はぁ。またご老人方と揉めてるのか」
「うちも他所もみんなそんなもんだ」
「……兄者に伝えておけ。説得には勿論私も一緒に行くと。全くこの程度の伝言、お前の鷹でも使えばいいものの」
「滅多に火影塔に来ない妹が元気にやってるか確かめたい兄心だろ。汲んでやれ。それにもう一人の相談役が生きているか安否確認するのは俺の仕事でもある」
「はぁ……」
扉間は茶でも出してやると家に招きいれる。部屋の殆どが書庫のようになっているこの家は特有の埃臭さがある。外観もとても女の一人暮らしと思えない。家の主が家に篭もり術の研究か政務に専念しているためか庭の手入れは行き届いてはいないので雑草が生えている。唯一綺麗に整備されているのは花壇だが妹の為にとこいつの兄が作ったであろう花壇には術の研究で使うのだろう、毒草や薬草の類が植わっている。毒々しく咲くトリカブトが魔女の家に相応しい外観に仕立てあげている。唯一生活感がある居間に案内され腰掛ける。二人分の湯呑みが置かれ急須から温かいお茶を注がれる。こいつ俺が来ると感知して先回りで茶を沸かしてたな。
「随分手際いいじゃないか」
「お前がその馬鹿みたいに強大なチャクラ隠そうともせずこちらに来るからだろう?チャクラを練らなくても嫌でもわかるわ」
「湯呑み買ったんだな。最初はビーカーに入れた茶を出してきた女が成長したもんだ」
「お前がいちいちうるさいからだ。こんな家に来るのは兄者か義姉上くらいだし客人用の湯呑みなんて持つ必要がなかったんだ。一応あれは新品で実験には使っていないから飲んでも安全だっていうのにお前がその神経が信じられんだのなんだのと愚痴愚痴と」
眉根を寄せてお前は細かいだのいちいち口煩いだの言う家主は無視をして茶を進める。一応良家のお嬢さんにあたる女なのでいい茶葉を使っている様だ。中々美味い。
「これで茶菓子でも置いていたら完璧なんだがな」
「お前はいちいち注文が多い!だいたいお前の好みなど知らん!」
「好みを教えたらそれを用意してくれると?」
「ああ言えばこう言う」
普段は澄ました顔している女だが揶揄うとムキになって面白いと知って以来時折こうして女で遊ぶ。こいつの兄も揶揄うと面白い程落ち込む男なので兄妹揃って面白い奴らである。
「その、評判はどうだ?新しい教科書は。分かりにくいところはなかったか?子供達はなんて」
「概ね評判はいい。カガミなんて面白くて毎日読んでるってイズナに報告していたぞ。そんなに気になるならアカデミーに来いよ。柱間がお前の席ならいつでも用意すると」
「冗談じゃない。折角兄者やお前が一族のご老人を説得して集めた生徒がいなくなってもいいのか?」
「……」
「お前だって知らない訳じゃあるまい。私がなんて呼ばれているか」
千手の魔女。この里で女は千手の魔女と呼ばれ恐れられている。数多の禁術を作り出した彼女は里で一番忌避されている。だからこんな里の片隅に居を構えひっそりと暮らしている。火影の妹だっていうのにだ。
「兄者達の努力を水の泡にしたくない。遠くで見てるだけで十分だ。お前だってこうしてしょっちゅう私の所に来ているせいで心無いことを言われているんだろう?伝言なら鷹でいいし有事の際は飛雷神で火影塔に駆けつける。私は大丈夫だから……」
全てを諦めたように笑う姿をいじらしいと思う。なぁ、扉間。本来その席は俺の席で俺が今いる場所がお前の席になる筈だったんだ。だからお前の事がほおっておいけないと言ったらお前は信じるだろうか。
イズナが扉間に負け大怪我を負ったその日、千手から和平の書状が届いた。破り捨てるつもりだったがその日はイズナの手当で酷く疲れていたので明日にでも破り捨てようと眠りについた。そこで俺は夢を見た。このまま和平の書状を破り捨てるとイズナの命は助からない。その後柱間の意思に折れてかつての夢である里を作っても居場所を失う事になる。これから起こるであろう悲劇を夢に見た。夢なんて信じるに値しないものだと普段なら斬り捨てるところだがその夢は非常に現実味を帯びていた。朝起きてすぐに弟の命を助ける為、俺は柱間に和平に応じる書状を送った。
和平に合意してからは柱間がイズナの傷を癒し、忍びとして再起は出来ないものの命は繋ぎ止められた。臆病風に吹かれて和平などと詰られると思っていたが戦を終わらせてくれてありがとうと一族の者には逆に感謝された。全てが上手くいった。光を失いかけていた万華鏡もこのまま腐らせるよりは兄さんの光になりたいと願うイズナの目より移植され光を取り戻した。温和で一族思いのイズナを慕う者は多い。イズナがそうしたいならと一族からは受け入れられ、夢のように弟の目を奪った非道な兄のレッテルを貼られることはなかった。しかし弟をこんな身体にした千手扉間に関しては別だった。うちはで彼女は蛇蝎のように嫌われている。禁術の開発者ということで後に参入してきた一族からも忌避されている。これでは夢と逆だ。本来うちはマダラが座るはずだった嫌われ者の席に彼女が座り、夢の中では彼女が座っていた柱間の右腕の席に俺が座っている。
初めはその状況が面白かった。弟をもしかすると殺めていたかもしれない女が悲惨な目に合っている。惨めで可哀想で胸が空いた。でもしばらく経つと面白さよりも同情が勝った。輪の中に入れず必要とされない辛さは夢の中で味わったがあれは筆舌に尽くし難いものだった。夢の中の俺のように里に見切りをつけて出ていってもおかしくない状況でも彼女は献身的に兄を支えた。それが段々といじらしくて無視出来なくなっていった。皆に嫌われてそれでもこんな里にいるのは辛くないのかと聞いた事がある。彼女は夢の中でも見た事のない綺麗な笑顔でこう言った。
「里は兄者の夢で私の夢だから」
だからこうしてもう一人の相談役という建前で彼女に会いに行く。どうにも無視出来ないのだ。
「誰に会いに行こうが俺の勝手だ。好きに言わせておけ」
「はぁ…お前の好きにしろ。ところでこの後はどうするんだ?火影塔に戻るのか?」
「まあ柱間の奴がお前が元気か聞きたがってるからな。顔を出してから帰るが」
「そうか。ならサスケ殿に会ったら伝えておいてくれ敷物の弁償は結構ですからご子息にもっと女の裸体への耐性をつけてやってくださいと」
「は?」
今なんて言ったこの女。裸体がどうとか言っていなかったか。
「いやな、サスケ殿所の跡取り息子が肝試しだと言って友人を引き連れてぞろぞろと家に忍び込んできてな」
あぁ、カガミが魔女の家に行くとかなんとか言っていたな本当に決行したのか。砂利は怖いもの知らずだから恐ろしい。忍界最速の女の家に忍び込んで捕まらないわけが無いというのに。
「丁度入浴中に入ってきたものだから」
「ものだから?」
「そのまま捕まえた」
「そのままって裸でか」
「裸で」
「裸で」
「あぁ、そうしたら鼻血を出して倒れてしまって。中々盛大に鼻血を出したものだから敷物が駄目になってしまった。それできつく説教してやったんだ。勿論猿飛の倅以外も全員首根っこ掴んで捕まえて説教してやったぞ?」
「裸でか」
「流石に説教中は服を着たぞ?寒かったし」
つまり首根っこ掴んで捕まえる所までは裸だった訳だな!俺はなんでもないことのように言ってのけた女の肩を掴んで叫んだ。
「恥じらいを持て!?」
俺は頭を掻きむしりたい衝動に駆られた。いくら砂利でも許されないだろ妙齢の女の裸を見るなんて。こいつの裸なんて俺でさえ見た事がないのになんで何処ぞの砂利に。いや俺でさえ見た事がないってなんだ。そんなことはどうでもいい。
「いやでも年端のいかない子供だぞ?見られたところで何も」
「鼻血出して倒れてる時点でお前は砂利に劣情抱かれてんだよ!邪な目で見られてるんだよ!恥らえ馬鹿!」
「馬鹿とはなんだ!だいたいなんでお前がそんなに怒る?私が誰に裸を見られようがお前には関係ないだろう!」
「心配してやってるのになんだその言い草!」
女は心配という言葉にはっとした顔をする。
「心配。そうか心配されているのか私は」
「同僚で親友の妹を案じるのは悪いことかよ」
「だが私はお前の弟を……」
「その話は無しだ。イズナは生きていて真剣勝負の末の事だからとお前の事を恨んじゃいない。それが全てだ」
恨みが無いわけじゃない。けれどこの女を恨んだなら夢の中の自分と同じ末路を辿りそうな気がして。夢の中の自分とは違う関係を築きたかった。一緒に柱間を諌めて共に里を作る同志としての関係でいたかった。
「兎に角二度とその砂利に会うな喋るな」
「心配しなくてもそのつもりだ。向こうもきつく説教してやったから怖がって二度と家には来まいよ」
手のかかる妹が一人増えたようだ。柱間が妹を心配する気持ちがよくわかる。知らない人間を家に招き入れるなよ?と子供に言い聞かせるように言いつけて俺は魔女の家を後にした。