端切れ話(根無し草のハンス)
フロント脱出編
※リクエストSSです
ハンスは基本的にスペーシアンが大嫌いだ。そうして同じアーシアンの事も、基本的には信用していない。
そんな彼が個人的な友達付き合いをしているアーシアン達がいる。
「ハンスさん、今日はお休みですか?」
「ええ、久々に友人たちと食事でも取ってきますよ。君たちもこのフロントにしばらく滞在するのだから、適当な所で羽を伸ばしてきなさい」
「はは、俺は明日休みなんで、それを楽しみにしてますよ。いってらっしゃい、ハンスさん」
「はい、いってきますよ」
同じ船で働いている輸送船のスタッフへ手を振ると、ハンスは軽やかな足取りで船を降りた。
今いるフロントは地球圏にほど近いポイントにあり、輸送船の中継地としてそれなりに栄えている場所だ。
人が集まれば物が集まり、物が集まればそれを求めて更に人が集まってくる。このフロントの港は活気に溢れていた。
船乗りは総じて大食漢だ。そんな奴らが集まるのだから、安くて旨い食べ物屋も多く出店されているのだった。
ハンスはお気に入りの店に入り、一番奥のテーブルに勝手に座った。待ち人はもうすぐ来るはずだ。
店員も心得たもので、すぐには注文を取りに来ない。ハンスが来るときはその友人も来ることを知っているからだ。とはいえ今回は久々だった。約2ヶ月ぶりくらいだろうか。
「ハンス、来たよ。おじさんは後から来るって」
「おう、了解。久々だなゲイブ」
さっそく友人の一人が店に来た。彼はゲイブと言い、船乗りにしては穏やかで優しく、それでいて度量の大きい男だった。
たまに突拍子もない事をやらかすが、そんな所もハンスは気に入っていた。素の口調や仕草をさらけ出すくらいには気も許している。
ゲイブは席に着くなり、ハンスに古い端末を差し出して来た。
「忘れないうちに渡しておくよ」
「ん?これは…」
それはハンスがとある人物に渡した端末だった。使い終わったら処分してくれと言って渡したのだが、まさか手元に戻って来るとは思わなかった。
「いい子たちだったよ。仕事を手伝ってもらってね。すごい勢いで溜まってた仕事を片付けてくれた」
「なんだ、児童搾取か?」
「人聞きの悪い事言うなって!もちろん報酬は払ったさ。船代をタダにして、ついでに僕の持ってる情報もいくらか渡しておいたよ」
「情報量も含めたら赤字じゃねぇか?太っ腹だなぁゲイブ船長」
「ふふん、まぁね。…といっても、差額は君に払ってもらうつもりだよ。いくらか取り扱ってる品をこっちにも回しておくれよ。借金返済の小遣い稼ぎだ」
「うちで取り扱ってるのは食料じゃねぇぞ?」
「それは知ってる。でもこっちでも食料品以外のルートはあるから。ま、無理にとは言わないけど」
「倉庫の肥やしになってるのを分けてやる。少し古い型のモビルクラフトの部品だ。ベネリット製だから、どこかには需要はあるだろ」
「おお、いいねぇ。型番は…うん、これなら十分捌けそうだ」
「まいど。いくらか負けといてやるよ」
「何だ、そっちも太っ腹じゃないか。珍しい」
「今回は世話になったからな」
打てば響くような会話を交わしながら、返された古い端末を手に持った。もうどこも取り扱っていないだろう、骨董品のように古い型だ。
中の部品は使えそうなものを見つける度にちょくちょく交換しているが、外装は元の持ち主が使っていたまま変えていない。
今は亡き、弟が使っていた品だった。
指先で撫でる様子を見て、ゲイブが話しかけてくる。
「それ、見た事なかったけど。相当古い端末だよね」
「おう。相当古い。骨董品だよ」
何せ弟が使っていた時も古い型だったのだ。当時は貧乏で、金を溜めてようやく買えたのがこの端末だった。
プレゼントしたとき、弟は泣いて喜んでいた。それを見た妹が拗ねてしまい、弟と二人で苦労して宥めたのを思い出す。
中に入っているデータは、当時の弟が子供ながらにこつこつ働いて少しずつ買い集めたものだ。
『どうせ子供が喜ぶようなコミックや映像作品だろ?』当時のハンスがそう言うと、少年だった弟は『いや大人も楽しめる!』と息巻いていた。もう取り戻せない幸せな記憶だ。
「中に入ってる作品を見たよ。すっごく楽しめた。そのデータを集めた人は、趣味がいいね」
ゲイブの言葉にハンスは目を見開き、次いで我慢しきれずにニヤリと笑った。
「なんだ、こんなの。子供が喜ぶものだろ」
「なにおー。まぁ、ローズちゃんもすっごく喜んでたよ」
言外に彼女は子供だったと言っているようなものだ。…同時に自分も子供だと認めていることにもなるが。
ハンスはこの男のこういう所が好きだった。
「あの2人はどうだった?」
「ローズちゃんは素直ないい子だったね。芯が図太そうだから、多分どこでもやっていけるよ」
「男の方は?」
「ケビン君は素直だけど捻くれてたね。あれは場所によっては苦労しそうかな」
「違いない」
ぶふっ、と可笑しそうに吹き出す。あの生意気で臆病な少年は、地球に行ったら大層苦労することだろう。
逆に少女の方は生き生きと生活するだろうことは容易に想像できた。
「でも2人一緒なら大丈夫さ。少なくともすぐにはスペーシアンの毒牙にかかる事はない。…だろう?」
ゲイブの言葉にはっとする。
どこか弟と妹を思い出させるあの2人は、残忍で好色なスペーシアンの手から逃げ出すことに成功した。
自分たちが、それを助けたのだ。
「…そうだな」
ハンスは古い端末をひと撫でして、自分の懐に大事に仕舞った。
何となく、弟に似ている少女に与えたものだ。しかしこうして手元に戻ったからには、まだ暫く一緒にいてもいいという事だろう。
当時の自分には力がなかった。スペーシアンの手から家族を助け出す手段がなく、力を付ける前に大事な物は零れ落ちてしまっていた。
でも今度は間に合ったのだ。きっと。
どこか妹に似ている少年と、弟に似ている少女。力がなかった弟妹とは違い、少年には少女を連れて抵抗するだけの力があった。そして、逃げるのを手助けする力持つ人々がいた。
自分がその一員となれたなら、今日まで生き延びた甲斐がある。
国と土地と家族を奪われて生きていた男は、わずかな慰みを得たことに満足げに目を閉じた。
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