果たされるべき約束

果たされるべき約束



”偉大なる航路”の後半「新世界」への入り口にして海底深くに鎮座する「魚人島」。

国を治める王族の住まう「竜宮城」の一角、固く閉ざされた「硬殻塔」の内部から談笑が漏れ聞こえていた。


「人間の方はよくお召し上がりになるのですねェ。ルフィ様……」


「魚人島」の王ネプチューンの娘しらほしは次々と自分の食事を平らげていくルフィの姿を見て感心したように呟く。


城の者がしらほしの為にと作ってくれる食事は、当然その巨体に見合うように巨大なものばかり。

それが自分の掌に載せられるほど小さなルフィの口に消えていく様は見ていて清々しくもある。


「人間」というのはこんなにも沢山の食事を必要とするのだろうか。

ルフィの食事風景を眺めながら、しらほしは頭の中で大勢の人間がルフィのように食事を食べている光景を夢想していた。


「……?」

「『ルフィが特別。人間は普通こんなに食べない』? そうなのですかウタ様?」


そんなしらほしの想像にウタが待ったをかける。


その声が聞こえることにしらほしは何の疑問も抱かない。

彼女がこの部屋の外に出れたのはもうずっと昔のことだ。率直に言って、彼女は世間知らずだった。


動き回る小さな人形が目の前にいたとしても「そういうものが外にあるのか」と思うばかりでその存在にも、声が聞こえる事も特に不思議なこととは思わなかった。

しかし、今この場にはそれに驚く者が一人いる。


「ウタの言ってること分かるなんて、すげェなお前!!」


食べる手を止めないまま、ルフィは感嘆の声を上げる。


これまでウタと共にいて彼女が伝えようとする何かを汲み取ることができるものは数多かったが、実際に彼女の声が分かる存在はしらほしが初めてだった。

初めて出会った事象にルフィは目を輝かせる。


「ルフィ様も…意思疎通は出来ているように見えるのですが…」


「おれはずっと一緒だったから何となくわかるだけだしなァ…」


しらほしの言葉にルフィは頭を掻く。


確かにルフィはウタの言わんとすることが分かる。だがそれは長年の付き合いによってウタの性格などを把握しているため予想がしやすいというだけだ。

しらほしのような正確性はないとルフィ自身も思っている。


何故しらほしがウタの声を聞き取れるのか。

しらほしの母オトヒメの人の心が読めるほど研ぎ澄まされていた”見聞色の覇気”の資質を彼女もまた受け継いでいたのか。

それとも、彼女自身気づいていない「しらほしという存在が持つ特異性」が原因なのか。


少なくとも今この場で、それを気にするものは誰もいなかった。


「ウタ様はとっても不思議なのですね…」

「お外にはウタ様みたいなお人形さんがいっぱいいらっしゃるのでしょうか…」


脳裏に思い描くはウタのような人形が所せましと歩き回る幻想的な光景。

その可愛らしい光景を想像し、しらほしは頬を緩ませる。


「う~ん、今まで行った島にウタみたいなのはいなかったなァ…」


そう言われてみれば確かに不思議だ。

ルフィが”赤髪のシャンクス”からウタを譲り受けた時、広い世界にはこんな不思議な存在がいるのだと目を輝かせた。

その後ルフィも冒険の旅に出て様々な島を渡り歩いたが、ウタのような存在には出会ったことがない。


シャンクスは一体どこでウタを見つけたのだろう?

食事を続けるルフィの頭の中では、ぼんやりとした疑問が浮かんでいた。


そんなルフィをしらほしは眺め続ける。

あれだけの量があった食べ物は何処に消えていくのだろう。頬袋を膨らませている姿は小動物のようで可愛らしい。

好奇心がしらほしの奥から顔を覗かせ、その興味のままに膨れ上がったルフィの頬を軽くつついてみる。


「ぶ!! いらん事すんな!! 何すんだお前!!!」


食事を邪魔されたルフィは当然の如く声を荒げる。

その叫び声にしらほしはビクリを身体を跳ねさせ、目尻から涙が滲みだす。


生まれてから今日にいたるまで、家族からは蝶よ花よと愛でられ続け、怒られたことなど一度としてないしらほしは初めて自分に向けられた「怒り」に涙ぐむ。

震えるしらほしをなだめようとウタが慰めの声を届けるが、耐えきれずしらほしは泣き出してしまう。


「え~~~~…ん」


「でっけーくせに弱虫で泣き虫なんて…」


今のどこで泣く要素があったのだとルフィは戸惑う。

さっきから感じていたことだが、このお姫様は何かにつけてすぐに泣いてしまう癖があるようだ。


身の安全のためとはいえ10年もこの部屋に閉じ込められて、さぞ退屈だし寂しかったのだろうということは分かる。

だからといって、ルフィが同情をするわけではないのだが。


「おれ、お前嫌いだな~~~!! あははは」


「え!? え~~~!!」


ルフィの率直な感想に泣いていたしらほしが更にショックを受ける。


すかさずルフィの肩に乗っていたウタがルフィを小突く。

『泣いてる子に何言ってるの!!』というウタの怒りの声がしらほしには届いていたが、今彼女はそれどころではなかった。


「え~~~~ん!!」


怒られたことなど今までない。嫌いだと言われたことなど更にない。

この短時間で初めてのことだらけなしらほしは感情の発散方法が分からず、ただ泣き続けることしかできなかった。


彼女を泣かせたルフィにしらほしのペットであるサメのメガロは怒りの声を上げ、ウタはしらほしを慰める。

そんな中、ウタがポツリと呟いた言葉がしらほしの耳に届いた。


「グスッ……『ルフィみたいな泣き虫だ』? ルフィ様も……?」


「むぐッ!?」


目が腫れた顔を上げるしらほしの呟きにルフィは目を見開く。

しらほしが口にしたウタの声に抗議の声を上げようと、口の中に残る食物を一気に呑み込む。


「何言ってんだウタ!? おれ、こいつみたいに弱虫でも泣き虫でもねェぞ!?」


一体どこを見てウタはそう判断したのか。


ルフィの抗議を聞き、ウタは声を上げる。

当然ルフィには何と言っているのか分からないが、泣き止んだしらほしがウタの言葉を伝え始める。


「『昔はよくガープさんに叱られて泣いてたのに』……」

「『エース達と一緒の時だって、二人とはぐれたらすぐ涙ぐんで』……」


ガープ様とエース様とは誰なのでしょうとしらほしは思う。

しかしウタの言葉からして、お二人がお世話になった人々なのだろうということは容易に想像がついた。


「昔の話だろォ!?」


ウタの言葉そのものに反論できなかったのか、ルフィは焦りながら声を上げる。


ウタの声を届けながらしらほしは二人を眺め、思う。


先ほどまでのルフィはおおらかで、自由で強い男の人だと感じていた。

だが今ウタと話しているルフィは負けず嫌いで強情で、先の印象より幾分か幼く見える。


あるいはこれが本来のルフィの姿なのだろうか。

二人の言い争う姿はどこか微笑ましく、知らずしらほしの顔は綻んでいた。



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「魚人島」ギョンコルド広場。

そこでは国王ネプチューンに反旗を翻し「人間」への憎悪を募らせたホーディ・ジョーンズ率いる「新魚人海賊団」と、”麦わらの一味”による決戦が勃発していた。


「人間との融和」を志した亡き母オトヒメの遺志を守り続けていたしらほしを殺さんと新魚人海賊団は憎悪と敵意を彼女へと向ける。


初めて感じる人々の負の感情にしらほしは身体を震わせるが、逃げるわけにはいかない。


母の遺志を実現するため、魚人島の歴史を変えるために避けては通れぬ戦いだ。

降り積もった憎悪を吹き飛ばしてくださいと、自分たちは”麦わらの一味”に願った。

だから彼らの戦いを見届ける義務がある。


しかし、ただ見届けることしかできない自分がもどかしい。


戦う術がないことが悔しい。それは愛する兄達の領分だったがゆえに。

その力を持たぬことを、これだけ悔やむ日が来るとは思わなかった。


自分にも、「信じる」以外に何かできることはないだろうかとしらほしは考える。


その時、その耳にウタの声が届いた。

『ほんの少しだけ、奴らを驚かせてやろう』と。


その方法を聞き取り、しらほしは驚きに目を見開く。


「わ、分かりましたウタ様!!」


本当にそんなことが通用するのだろうか。

しらほしの頭に浮かんだ疑問は、しかしウタの自信に満ちた声に後押しされて消え去る。


『仲間が必ずやり遂げてくれる。だから信じて』と。

そんなウタの言葉をしらほしは信じることにした。


「すゥ~~~…………っ」


大きく息を吸い込み続ける。


できるだろうか。こんなこと今までしたことがないのに。

自分みたいな弱い者が、何をしても無駄ではないか。


心に浮かぶ数々の弱音をしらほしは消し去っていく。


自分が信じられなくてもいい。自分を信じてくれる方を信じればいい。

ウタという、自分がやり遂げると信じてくれるお方がいるのだから。


その人に恥じないようにと思えば、自然と勇気も湧いてくる。


「あら」


「ん?」


「おっ?」


並みいる新魚人海賊団を相手に戦い続けていた”麦わらの一味”がしらほしの動きに気付いた。

彼女が何をしようとしているのか。それを見抜いた者達は次々と防御の態勢を整えていく。


周りのことにまで注意を向ける余裕などないしらほしは、準備が整ったと同時に行動を開始した。


「や、やめてくださ~~~~いっ!!!!!」


その爆音に広場の空気が震える。

巨体から放たれる「声」という音の衝撃が、その場にいる全ての者の鼓膜を揺らす。


「~~っ!! 効いたァ……!!」


即座に防御をしたが、未だ少し耳鳴りが残っているとナミは顔を歪める。


「頭がフラフラしますねェ……私、耳ないんですけどォ!!」


恒例のスカルジョークを繰り出しつつ、ブルックは手を止めず迫る敵を斬り捨てていく。


実際、ブルックの見事なアフロが輝く頭部は少し揺れている。

なんででしょうねェ。不思議ですと思いながらも、その動きは淀みない。


単純、ゆえに防ぎようのない叫びはしらほしを狙う新魚人海賊団にも響いていた。


「み、耳が……」


「痛ェ~~っ!!?」


しらほしへと迫り、かつ防御が間に合わなかった者達は頭を押さえ苦しみに悶える。


しかしその数が減ったわけではない。少しの間、敵の動きが止まっただけ。

所詮はただの大声。多少敵の足は鈍ったが、数の優位を押し返すような破壊力を秘めたものではない。


だが敵が晒した僅かな隙は、この男の前で晒すべきものではなかったと後悔することになる。


「”三刀流”……」


切っ先に力を籠め、未だ痛みにあえぐ敵軍を鋭い眼光で射抜く。


ルフィの”覇王色”によって約半分ほどの軍勢を削れたとはいえ、敵はまだ多い。

ならば、纏めて斬り裂くのみ。


「”黒縄・大龍巻”!!!」


『ギャアアアア!!?』


放たれた斬撃の竜巻が新魚人海賊団を巻き込み進んでいく。

鉄の甲羅すら果物のように斬り捨てていくゾロの斬撃に周囲の敵は慄いている。


残念ながら「鉄を斬る」という壁は2年前の時点で既に通過している。

今更その程度のものを斬れないなど、剣士の名折れだ。


ゾロは未だ敵を巻き込み斬り進む竜巻から目線を外し、自分たちの守る巨大な姫を見つめる。


「意外とやるもんだな」


随分おどおどした女だと思っていたが、中々どうしてやるものだ。

入れ知恵をしたのは我らの小さな仲間だろうと思い至り、ゾロは笑みを浮かべる。


実にいい。この刃を振るう腕に更なる力も入ろうというもの。

ゾロは己が道に立ち塞がる有象無象に向き直り、戦場へと戻っていった。




「や、やりましたよウタ様ァ~!!」


これまでの人生で、意識してここまでの大声を出したことなどなかったのだろう。

しらほしの声は上擦り、所々掠れている。それでも目の前の恐怖に立ち向かえた喜びをウタに伝えようとしている。


そんなしらほしを上空から狙い定め、新魚人海賊団の者達が一気に飛び掛かってくる。


「!!」


地上では”麦わらの一味”が迫りくる新魚人海賊団を薙ぎ払い続けているが、それ故に空中にまで意識が向いていない。

争いごとと無縁なしらほしではどうやって回避すべきかも分からない。


閃く狂刃がしらほしへと向けられ、数秒後の未来に新魚人海賊団がほくそ笑んだその時、


「”空中歩行”!!!」


『!!?』


しらほしと迫る新魚人海賊団の間に突如として地上から飛び立った人影が割り込む。

2年、悍ましき怪物達から逃げ続け覚醒した男の足は、遂に空を駆けるほどの鋭さを得ていた。


「”悪魔風脚”」


その足に燃え盛る炎の如き熱を纏わせ、姫へ危害を加えんとする不埒者どもを睨みつける。


「”焼鉄鍋スペクトル”!!!!」


『ギャアアア~~!!?』


高熱を纏った連続の足技が、しらほしを傷つけんとする新魚人海賊団を地上へと撃ち落としていく。


迫りくる敵全てを撃ち落としたことを確認した影は地面へと着地する。


「流石はしらほしちゃん…そしてウタちゃん…」


口に咥えた煙草を吹かし、勇気を振り絞った美しき姫君と仲間を讃える。


「君達の声が……」


その身体の震えは仲間の勇気に奮い立たせられた武者震いか。

男は静かに言葉を続ける。


「おれに力を与える…っ!!」


「サンジ耳塞いでなかっただろ!! フラフラだぞ!!?」


全身を震わせるサンジに遠くからチョッパーが叫ぶ。

言葉の通り、サンジは頭をふらつかせ足を震わせている。


新魚人海賊団より更にしらほしの近く、至近距離に”麦わらの一味”は陣取っていた。

それはつまり先ほどの一声を防御していなければ、より大きなダメージを食らうのはこちら側だったということ。


無論、即座に気付いた面々は各々被害を最小限に抑えるために素早く動いた。

だがこの男、どうやら一切そんなことをしていなかったらしい。


間違いなく、今この場で先ほどのしらほしの叫びで最もダメージを受けたのはサンジだった。


「チョッパー…」


それでも、サンジの顔に後悔は微塵もない。

その表情には、揺るぎない己の信念を貫き通した誇らしさすら浮かんでいた。


「麗しの人魚姫の美声を前に耳を塞ぐなんてのは、男じゃないんだよ」


「休めよ!!! 少しだけでいいから!!!」


人魚に抱きつかれて危うく失血死しかけたことといい、2年を経てサンジのおかしさが更に上がったような気がする。

チョッパーは医者として叫びながら、様子がおかしい仲間に頭を抱えていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「魚人島」の人々から見送られながら出航するサウザンドサニー号。

多くの人々の声に手を振りながら、遠ざかる景色を眺めていると巨大な影がサニー号の横から顔を覗かせた。


「ルフィ様、いつかまたお会い…お会いできましたなら…!!」

「また楽しい”お散歩”に連れ出してくださいませ……!!」


自分を狭い部屋の中から連れ出してくれた男へ必死に願う。

再会の約束。そしてまた己の”夢”を叶えてもらえるようにと。


今度はもっと広い場所に行きたいのだ。

母が望んだ海の上、”タイヨウ”が照らす世界にある本物の「森」という場所へ。


それを聞いたルフィは笑顔で約束する。

友と再会した時、より喜びを分かち合えることが増えるのならば万々歳だ。


ルフィの言葉を聞き届けたしらほしはその肩に乗るウタへと目を向ける。


これから口にするのは約束と誓いだ。

自分に勇気をくれた小さなお人形に絶対に覚えていて欲しいとしらほしは願う。


「ウタ様、わたくし強くなります…!!」

「もうルフィ様に「よわほし」と呼ばれないように、泣き虫卒業してみせます…!!」


勇気を出せず、ただ泣く事しかできなかった弱い自分を変えていく。

そんな誓いをウタには覚えていてほしかった。


「ですから……」


声が震え、視界が滲んでいく。

口を開くごとに実感する別れの時に、喉の奥からこみ上げるもので上手く言葉が出てこない。


「ううっ…うえ…」


「まだ泣くのか!?」


目を潤ませるしらほしを見てルフィが驚きの声を上げる。


許してほしい。だって寂しいのだ。

折角できた友達とすぐ別れてしまうのが、こんなにも寂しいものだなんて知らなかったのだから。


涙を必死にこらえ、声が上手く出せないしらほしのウタがキィと声を上げる。


しらほしにしか理解できない小さな声。

世話の焼ける妹をあやすような優し気な声は彼女に確かに届いていた。


「!!!」


その言葉に感極まり、抑えていた感情が爆発する。

それは大粒の涙となり、しらほしの頬を伝い続ける。


「うえ~~~~ん!! 約束ですよウタしゃまァ~~~!!!」


「結局泣いたなァ」


大声で泣くしらほしを見て、”麦わらの一味”は微笑ましく思う。

やはりそう簡単には変われないということだろう。


しらほしは泣きながら小指を差し出す。指切りという約束を守るおまじないをするために。

ルフィが小指を伸ばし、しらほしの指に巻き付ける。それを見た”麦わらの一味”達も己の小指をくっつけ始める。


これが今生の別れではない。またいつか巡り合えるだろう。

この海と、世界が続く限り。


そんな想いを指に籠め、しらほし達は約束を交わした。




遠ざかるサウザンドサニー号。「魚人島」を救ってくれた海賊の船出をしらほしは見守る。

約束の小指を胸に抱き、いつかの再会を待ちわびる。


その時までに、彼らに胸を張って約束を守ったと言えるようにならなければ。


『ならもっと強くなって』


彼女が言ってくれたのだ。


『今よりずっと強くなったら、私達と一緒に”夢”を叶えよう』


未だこぼれ落ちる涙を波の飛沫で洗い流す。それは約束を果たす為の第一歩を踏み出す為。


泣き虫な自分と別れを告げよう。

変わっていくのだ。いつか変われた自分を見せるのだ。


しらほしは約束と決意を固く握りしめ、いつまでも水平線の彼方を見続けていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「ウタ、どうしたんだ?」


「魚人島」を出発し、いよいよ”偉大なる航路”の後半「新世界」へと足を踏み入れた”麦わらの一味”。

現在は海面に到達するために深海を上昇中であるが、そんなサウザンドサニー号の一角でウタが一人佇んでいるのをルフィが発見した。


こういう時のウタはロビンと共に本を読んでいるか、ブルックと演奏をしているのが常であった。

何かあったのだろうかとルフィは近づき、ウタが考えていそうなものを口に出す。


「よわほしのこと考えてんのか」


頭に浮かんだのは「魚人島」で出会った大きな泣き虫の姿。

驚くべきことに、彼女はこれまで誰も聞くことができなかったウタの声を聞き会話することができていた。


ウタにとっても自分の声が届いたことは喜ばしいことだったのか、二人は急速に仲が良くなったことは記憶に新しい。

そんな友達と別れたのは、やはり寂しいのだろうか。


ルフィの言葉にウタは振り向き、その顔をジッと見つめる。


「ん~?」


ウタが何を考えているのか分からない。

こんな時にあの泣き虫姫がいれば、すぐに伝えてくれたのだろうが……


短い期間ではあったが、しらほしを介してウタと会話ができた経験によって改めて現状の不便さを教えられた気分だ。


己を見つめ続けるウタを首を傾げながらルフィは眺め続ける。


ルフィの推測は正しかった。ウタはしらほしの事を考えていた。

亡き母の意志を受け継ぎ、たった一人苦しみに耐え続けていた少女のことを。


弱虫で泣き虫の人魚姫?確かにその通りだ。だが彼女は「親の仇を恨まない」という想像を絶する苦しみに耐え続けていた。

怒りもあっただろう。悲しみもあっただろう。全てを家族に打ち明ければ楽になれただろう。

しかし彼女はその道を選ばなかった。母が貫き通した「受け継がない意志」という決意を確かにその胸に刻んでいた。


彼女は元々強いのだ。その決意がある限り、彼女に叶えられない”夢”などない。


本人は自分を弱いと思っているようだが、不安はない。

しらほしは必ず強くなれる。そう確信している。


自分はそう思えるだけの証拠を持っている。



――おれは強いぞ!!

――ならもっと強くなるの

――今よりずっと強くなったら、私も一緒に頼んであげる



だって、約束を守ってくれている泣き虫が私の目の前にいるのだから。

不思議そうに自分を見つめるルフィを見つめ返しながら、ウタは心の中で笑う。


揺らめく波、そよぐ風。いつか本物の”タイヨウ”の下で彼女と再会できる未来が、その胸には鮮明に思い描かれていた。



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