"枕投げ"

"枕投げ"



とある温泉旅館、今は日も落ちて星空が広がる時間帯。その一部屋に息を切らした男女が1組。

「だ…大丈夫…ですか?」

「な…なんの…このくらい…」

マンハッタンカフェとそのトレーナーである。

きっかけは温泉に浸かり料理を楽しんだ後、トレーナーが呟いた一言。

「昔は友人と枕投げをして馬鹿騒ぎしてたな…」

普段は真面目で冷静なトレーナー。彼にもそんな一面があったのかという事と同時に自分の知らない彼の一面を知っている人がいる……その事実にスイッチが入ったカフェから

「やりましょう!枕投げ!枕です!まくら!まくらもってこーい!」

と提案されたのであった。

最初は軽く投げ合う程度であったが、馬鹿騒ぎをしていた頃を見てみたいというカフェの執念(とトレーナーに囁き続けていたお友達)によりヒートアップ。

「はあぁぁぁっ!!!」

「どりゃぁぁぁぁ!!!」

お互いから豪速球が飛んでくる様になり、これがどこかの競技の大会であるならば熱狂の渦が引き起こされていただろう。

そして現在に至るのである。

「いや…久しぶりに馬鹿騒ぎを……!?」

「意外とこれって体力を使いま…!?」

激しい運動によって乱れた互いの浴衣。素肌に汗が滴り、それがより互いの視線を釘付けにする。

「そ、そろそろ遅いし寝ましょう!」

「ああ!明日朝改めて汗は流せば良いな!」

我に帰った2人はそう言いながら明かりを消し、布団に横になったのであった。

「——————」

「——————」

しかし2人は横になるまで気づかなかった。布団が一つしかなかったことを。同時に入り込んだのだから至近距離で向き合う事になっていたのは当然であった。

そして何よりも———

(カフェ……良い香りだな…)

(トレーナーさんの…香り…)

汗をかいた事によって互いの香りをより強調していたのである。

さらに布団を被っているためか、籠った空間でそれぞれの香りがまるでコーヒーの様にブレンドされ、混ざり合ったそれは互いに"混ざり合う"ことを意識させ、2人の奥底にある何かを揺り動かす。

たがまだ終わらない。差し込んでくる月明かりが2人の身体を照らし、はだけた服装から見える素肌…そして汗を妖しく映し出すのである。

「はぁっ…はぁっ…はぁっ……ッ」

嗅覚など身体能力に優れているカフェは既に先程よりも激しく息を荒くしていた。

そんな彼女にトレーナーは落ち着かせる様に優しく頭を撫でる。

「可愛いね、カフェ」

「あっ……」

その一言がカフェの内に潜む何かを完全に呼び起こした。

「トレーナー…さん…好きです…すき…だいすき…」

「大好きだよカフェ」

その言葉が合図の様に2人は静まり返り見つめ合う。


———距離が縮まる

はだけていく服装も気にせずに

———手が重なる

蔓のように互いの指が絡みつく

———身体が重なる

まるでパズルのピースのように隙間なく

———そして唇が重なる

2人の息が外は漏れないようにぴったりと


外は月が光る満天の星空。しかし雨が降っていないのに水音が響き渡る。

水音が止むと同時に2人の唇が離れ、月明かりが当たり鈍く光る橋が掛かる。

呼吸を荒げながら再び見つめ合う2人。

トレーナーは再び頭を撫で、それ以上は超えまいと自身も合わせてカフェを落ち着かさせようとする。

しかしその腕は彼女によって掴まれる。

勝手な事をさせまいと再び指が絡みつく。

呼吸は未だ荒いまま、蕩けた顔で上目遣いをしながら見つめ続けるカフェ。

「…………だめ?」

そんな彼女から放たれた一言はトレーナーに秘められるそれを目覚めさせるには十分過ぎた。

そして、再び2人の距離はゼロになり、影は一つに重なった。


———翌朝

2人は混浴の温泉に浸かっていた。

「ごめんなさい…昨日はその…」

「気にしない気にしない」

静寂を破ったのはカフェの方からだった。

「卒業する記念だとトレーナーさんに連れて行ってもらったのに…私はとんでもない事を……」

「………嬉しかった」

「え?」

「カフェが好きって言ってくれた事」

「———ッ」

そう言いながらトレーナーはカフェを抱き寄せる。

「もし良かったら、これからも君と……」

「はい、よろこんで」

「ありがとう…カフェ」

お互い身を寄せ合い温泉に浸かり、外の風景を眺める。今日も雲一つ無く、向こうの空から朝日が登り始めていた。

「トレーナーさん…お願いがあるのですが…」

そう言ってカフェは顔を赤らめると深呼吸をする。

「これから2人きりの時は…あなたの事をトレーナーさんではなくて、○○さんって呼んでも良いですか?」

その問いへの答えの様にトレーナーがカフェの顎に触れた後、2人の唇が重なる。

離れるとまた、鈍く光る橋が掛かる。

「ありがとう…じゃあ、○○さん」

「どうした?」

顔を赤らめたカフェが口を開く。

「まだ…ここには泊まります」

「だから…色んな事を楽しみたいです…」

「そして………」

「"枕投げ"も…もっと楽しみましょ?」


———再び、2人の距離はゼロになった


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