東京探訪
デンジはマキマとのやり取りを反芻していた。デンジちゃんみたいな人、という言葉がリフレインする度に頰が緩む。ちゃんづけで呼ばれるなんて、生まれて初めてだ。
「俺も……マキマさんが好きです…」
「デンジちゃん!こっちこっち!」
マキマの声がする方に顔を向けると、巨大なビルディングがデンジの視界に現れた。デビルハンター東京本部。
「東京には民間も含めてデビルハンターが千人以上いるけど、公安は有休多いし、福利厚生が一番いいんだよ」
大勢の職員が行き来する中、マキマについていくデンジの脳内は、これからの展望でいっぱいであった。これから彼と仕事を共にするにつれ、親密になっていけば交際に発展することも有り得るはずだ。
(なりてぇ!!そういう関係になりてー!!)
途中、マキマは立ち止まるとデンジに制服を手渡してきた。彼女のスタイルを考慮した、やや大きめのシャツがデンジの乳房に押されて前方に突き出る。マキマの執務室に入ると、無愛想な男と並んでマキマの正面に立つ。
マキマは男を早川アキと紹介した。デンジの三年先輩であり、この日はアキに同行するのがデンジの仕事となる。
「…俺、マキマさんと一緒に仕事すんじゃないんすか?」
「そんなわけないだろ」
アキはデンジの腕を軽く引き、仕事に連れて行こうとする。
「離せよ!ヤダー!マキマさぁん…」
デンジはアキの腕を払って、マキマに縋り付く。
「ごめんね、デンジちゃん。新人のうちは現場仕事が主になるからさ。これからの働きぶり次第で、僕と一緒に仕事する機会もできるから、今日は早川君についてて欲しいな」
「マキマさぁん…」
マキマに諭され、デンジは消沈した様子でアキに同行する。雑多な人混みの間を歩くデンジは、マキマがフリーか否かアキに尋ねる。後ろから何度も聞かれていたアキは、路地に彼女を招くと仕事をやめるように言った。
「なんでだよ…?」
「お前さ…マキマさん目当てでデビルハンターになったらしいけど、まあ…そこはいい」
デビルハンターとして長続きするのは、根っこに信念のある奴だけ。給料だけ見てデビルハンターになった結果、悪魔に殺された同僚達と目の前の少女が、アキには同類に見えた。
「マキマさんには俺から言っとくから…今日はもう帰れ」
伝えたい事を言い切ったアキは、デンジに背中を向けた。突如、アキの股間から頭頂にかけて、身体が真っ二つになったかと錯覚するような激痛が走る。アキは声もなく、その場に倒れ込んだ。
「先輩は優しい人なんだなぁ、オイ…」
デンジは倒れたアキの股間を何度も蹴り続ける。デンジは家族というものに良い印象を持っていない。だがもし、自分を引き上げてくれたマキマが家族になってくれたなら、デンジも家族を好きになれるかもしれない。
例え親切心から来るものだとしても、元いた場所に帰れというアキの言葉は許せるものではなかった。
「俺は軽〜い気持ちでデビルハンターなったけどよぉ、この生活続ける為だったら死んでもいいぜ……死んでもいいっつーのは、やっぱなし」
ポチタに貰った命である事を思い出し、デンジは直前の言葉を取り下げる。デンジが視線を切った直後、アキが体当たりしてきた。
「お前…マジで…玉は狙うんじゃ…」
デンジが反撃で繰り出してきた金的狙いの脚を躱したアキは、絞り出すように言うと、その場に倒れ伏した。放置していくわけにもいかず、デンジはマキマの元まで彼を運んだ。
「ふーん。でどう?仲良くできそう?」
「全っ然」
「こいつバカですよ…」
「仲良くできそうでよかった」
やり取りを見ていたマキマは、デンジをアキの部隊に入れると二人に告げた。アキは拒んだが、マキマは聞く耳を持たない。マキマの彼女に対する扱いから、アキはデンジの正体に疑問を抱いた。
「…こいつ何者なんですか?」
「デンジちゃんは人間だけど悪魔になる事ができるんだ」
デンジの正体を知らされたアキだったが、噂半分でしか聞いたことのない事例である為に、マキマの説明を信じる事ができない。
「公安を辞職したり違反行動があった場合、デンジちゃんは悪魔として処分されます」
「それって…どういう事?」
「死ぬまで一緒に働こうって事」
デンジはアキの家で暮らすことになった。監視を兼ねている為、逃亡が発覚した場合は、彼の裁量で殺害される。
デンジはマキマの事がわからなくなっていた。優しくしてくれる一方、業務に関する事については機械的に対応してくる。デンジが悪人か否か尋ねると、アキは言外に否定した。
「じゃあ、いい人なのか?」
「いい人に決まってる……俺の命の恩人だ…」
デンジはマキマに抱きしめられた時の温かさを思い返す。
「マキマさん……もう一回抱いてほしいなあ」
「はあ!?」