来週いきなりこうなってほしいなの
(ずいぶん遅くなっちまったが…これから親孝行しに行くぜ親父…)
(小僧、お前に足りないのは『力』だけだからその『力』は俺が……)
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(…あ?)
ドレッドノートはまだ意識があることに驚き、少し瞼を開く。
「アンタ……本気なんだね?」
「当たり前だ!もう目の前で恩人が居なくなるのはこりごりなんだ!」
マヌルはドレッドノートの言葉を無視してアドラメルクに立ち塞がっていた。
「ぁ、そ、折角の話が分かる人間だったけど、そぅいぅつもりなら死んでいぃよ」
アドラメルクが腕に力を込める。
「やめろ…バカ野郎…どうせ俺は長くねぇ…せめて経験値だけでも…」
「要りません!ここで貴方を殺すなら僕はこれからもそんな選択しかできなくなる…!」
マヌルは守りたいと思ったものを守るために、争いを止めて平和を掴むために力を付けてきたのだ、それを捨てて手に入れる強さなど彼が目指すものではない。
「クソ…死にかけの男の頼みぐらい聞いてくれ…お前に残させてくれよ…」
「…大丈夫です、僕は貴方から経験値なんかよりも大切な…誰かを守る強い生き様を受け取りましたから!」
マヌルは振り向いて笑って見せる。コハクを狙ったロストヘイヴンに立ち向かった時、自分は正直諦めていた、結局コハクを守れるわけはなく、自分も死ぬのだと。
しかしドレッドノートは動かない体を押して威風堂々と、自信満々に自分達を守ってみせた。その漢の生き様にマヌルは自分の理想像を見たのである。
「もうぉ喋りはいぃよね?茶番にも飽きたし、最後には確認ね、本当にその半死半生のオッサンのために死ぬんだね?」
「弱くても…力が無くても…自分の思いを諦めて良い理由にはならないんだ!」
マヌルは針を投げつけようと振りかぶる…が、アドラメルクは恐ろしい速さでその針が投げられる前にマヌルの首に爪を滑らせた……
「…全く、お前というやつは無茶しすぎじゃ」
アドラメルクの爪は硬い鉱物に阻まれ、マヌルに触れることは出来なかった。ブースト酔いの解けたコハクは超越者の強さを取り戻したのだ。硬質化した右手は魔族の全力をもってしても欠けることなく輝きを湛えている。
「なんなのアンタ……」
「このバカの師匠じゃよ、小娘」
コハクとアドラメルクが距離を取って睨み合いになる。
「コハクさん!その人はカウンター攻撃を得意としています!下手に攻撃してはいけません!」
「チィ!顔見知りがぃるのは面倒だし…」
「フム…ならば…」
コハクはアドラメルクが認識できない速さで接近し、彼女の体中を突きまくった。
「なっ!なんで能力がはつ…どー…あぁ…れぇ?」
「安心せい、ただの医療用の麻酔ツボじゃよ、全身にキツめに掛けさせてもらったがの」
攻撃ではなく治療行為に分類されるため、彼女の反射神経が付いて行けない以上、自動防御では対応できないのだ。
「くしょぅ…どうしゅるつゅもり…」
地に伏して呂律もろくに回っていない辺り、完全にアドラメルクはしばらく動くことができないことは明白である。
「どうもせんよ、下手にお主を殺せば魔族とコトを構えることになってしまうでの」
そういうと、コハクはマヌルとドレッドノートに近付いていく。彼女が戦ってる間、マヌルは懸命にドレッドノートの治療を試みていたのだ。
「コ…コハクさん!どうしましょう!HPが…それどころか外傷すら…」
コハクは彼の状態を見て眉をひそめる。そして…静かに首を振った。
「残念じゃが…マヌル、こやつはもう助からん」
「そんな…!コハクさんなら…!」
「無理じゃよ、むしろまだ生きているのが不思議なぐらいじゃ」
アドラメルクと同じ言葉を師匠から聞かされてマヌルは完全に心が折れてしまった。自分はまた誰も救うことができないのだと。
「…へっ、情ねぇ顔してやがる…確かにテメェは弱えぇ、俺の命を繋ぐことなんて無理だ」
「すみません…すみません…」
「……だからよ、俺の…俺と親父の経験値を貰ってくれ、それで手に入れた強さで今度こそ守りてぇモンを守ってみせろ」
ドレッドノートは震える手でマヌルの頭に手を乗せ、軽く撫でる。
「コハクやそこの魔族に経験値を取られるぐらいなら、お前にくれてやったほうが俺も親父も浮かばれるぜ…!」
マヌルはドレッドノートの顔を見て、覚悟を決める。
「すみません…ドレッドノートさんの…そして貴方の父親の命は必ず無駄にしません!」
「あぁ…あの世からしっかり見ててやるよ…」
マヌルは最後まで躊躇いながらドレッドノートに針を突き立てる。本来なら虫どころかミミズも殺せないような力であったが、針の能力でしっかりとドレッドノートを介錯することができた。
「…不思議ですね、遥かに強い力を得たはずなのに、こんなに無力感がある…」
「今はそれを存分に噛み締め、休むが良い…じゃが、いつかは立ち上がり、お主の成すことを成さねばならんぞ」
「はい…」
マヌルは俯いていた頭を無理やり上に向ける。彼のレベルは限界を超え、超越者へと至っていた……。