杏山カズサの選択 3
シャーレに向かう道中、砂糖により狂わされ暴れる生徒が何人もいた。
足りぬ足りぬと砂糖を求めて彷徨う少女たちにとっては、道端を歩いていたカズサとアリスは砂糖を潤沢に持っているが故の余裕と見えたのだろう。
結果的には襲い来る少女たちを撃退し、シャーレまでアリスの護衛をしたのはヒマリの慧眼といったところか。
アリスをシャーレの前まで連れて行ったあと、カズサは即座にその場を離れた。
先生に見つかってしまった場合、後ろ髪を引かれることは確かだったからだ。
そしてアビドスへ辿り着いたカズサは、ホシノに敗北していた。
「なるほどねぇ……随分と早く来れたみたいだから気になってたけど、ミレニアムに寄ってから来たんだ」
「ぐ、ううっ」
「お、1週間くらい前まで地図更新されてる。さすがにネットワーク関係までは手が出せなかったし、今後はハレちゃんにサイバーセキュリティの強化頼まないといけないかなぁ」
アビドスへやって来たカズサをみて、ホシノは『やーやー来てくれてありがとうカズサちゃん、おじさん嬉しいよ~』と朗らかに笑いながら無造作に近付いてきたのだ。
鋭い眼光を隠そうともしないカズサを相手に、ホシノは暴力装置として有名なヒナすら連れずに、1人無防備だった。
これなら殺れる、と持てるだけの銃火器を持って突撃したカズサだったが、『うあー痛いよ~』とフニャフニャとしたしゃべり方とは裏腹に、超速で反応したホシノによって鎧袖一触で叩き潰された。
そして叩き潰した当の本人のホシノは、カズサから奪ったスマホのアプリをポチポチといじりながら『科学の力って凄ーい』と感心している。
「いやいや、カズサちゃん。迷わず来れたからって疲れてないわけないでしょ。怒りで疲労を無視しても体には蓄積されているんだから、動きが鈍くなるのは当然だよ。まあそんなに弱っているほどでもないしちゃんと戦えていたんだから、ここはおじさんが強かったからってことで納得しなよ~」
「納得、なんて……できるか! どんだけ硬いんだよお前……!」
「ん~キヴォトスで一番くらいかな~?」
ホシノに足蹴にされて地面に転がったカズサは、足に響いているダメージで立ち上がることさえできない。
強化されたマビノギオンの弾丸は、無防備に立っていたホシノの顔面を確かに捉えた。
それでも多少グラつく程度にしかホシノには効かず、逆に制圧されてしまったのだ。
文句を言っても仕方がないほどにはありえない現象である。
「おじさんには夢があるんだ~。アビドスで砂祭りを開催するっていうね。だからそれまで倒れるわけにはいかないんだよ」
「そんな、屁理屈で……」
「屁理屈も理屈のうち、おじさんにとっては筋が通った理屈だから良いんだよ~。ハナコちゃんもヒナちゃんも共感して手伝ってくれてるんだからね」
馬鹿げたセリフを大真面目に言っているホシノに、カズサは理解の出来ぬ気持ち悪さを感じた。
砂祭りが開催されるまで倒れない? なんだそれは、ふざけている。
夢を諦めないという文言はリアルでも作り話でもよく聞くものだ。
だがそれで脳天直撃の弾丸の掃射を受けて、血の一滴すら出ず薄皮1枚すら削れないなど、異常としか言いようがない。
目の前の見知った顔が、そっくりな別人に成り代わったかのような、異質な気持ち悪さだった。
「……でも、まだだ!」
「うへぇ、まだやるの~?」
尚も諦めず闘志を燃やすカズサに、ホシノは辟易とした声を漏らす。
だが後退して距離を取ったカズサが新たに取り出したものを見て、初めてホシノの顔色が変わる。
それは迫撃砲だったからだ。
地面に設置して使う迫撃砲は、手で持つ小銃と比べて火力が遥かに高い。
これは元々ヒビキが愛用していたものだった。
携帯できるサイズとはいえ、それを何本も並べられれば、ホシノとしても警戒せざるを得ない。
「くらえ!」
ホシノの顔から余裕が消えたことに効果があると判断し、カズサは迫撃砲に点火した。
発射される擲弾が空を舞う。
命中率という点ではお粗末だが、その分広範囲に降り注ぐ擲弾が隙間なく砂漠を埋める。
「やった……?」
濛々と立ち込める砂煙の中、ポツリとつぶやいたカズサは、その直後に横合いからのシールドバッシュで地面に叩き落とされた。
「……うへぇ、痛いじゃんか~」
「これでも、ダメなの……?」
降り注ぐ擲弾、連鎖する爆破は確かにホシノを捉えた。
だがそれでも服が煤ける程度で強いダメージには至らなかった。
「終わりかな? それじゃカズサちゃんにもアビドスを案内してあげ……うへ?」
打てる手段が無くなり言葉を失うカズサを、子供の癇癪かのようにホシノは流した。
この後どうするか、とホシノが考えたところ、懐のスマホが音を立てた。
「ハナコちゃんだ、どうしたんだろ。もしも――」
『ホシノさん!』
のんびりとした様子で電話に出たホシノの声は、叫ぶように聞こえて来たハナコの声でかき消された。
『あの子たちが……対策委員会の子たちが脱走しました!』
「え……?」
ホシノが後ろを振り返ると、アビドスの校舎の一部が崩れ落ちていた。
先程の迫撃砲の流れ弾が飛んで行ったのだろう。
本来固定した場所で使用するものを、砂漠の上で使ったのだ。
反動で照準が狂ってあらぬ方向へと飛んでもおかしくない。
そして壊れた校舎の一角には、対策委員会が閉じ込められていた部屋があった。
崩壊した瓦礫を押しのけて、逃げ出したのだ。
「っ! すぐにRABBIT小隊に捜索させて! 他にも動かせるのは全員総動員して、私もすぐに行く!」
『はい!』
通信が切れたスマホを懐にしまって、ホシノは転がっていたカズサに目を向けた。
直後、振り子のように大きく振られた足の爪先がカズサの腹部に突き刺さる。
「やってくれたねぇ、カズサちゃん!」
「うぐっ!」
「どうして! くれんのさ!」
「げっ、がっ!」
「外は危ないんだよ! アビドスの外は! だから守らないといけないのに!!」
「ぐうっ! うっ! あぎっ!」
蹴り飛ばすごとにカズサの喉から呻きが漏れる。
その手に持つ銃でも盾でもない、生身での攻撃にホシノの隠し切れない怒りが見えた。
蹴られる度に肺から強制的に息を吐き出させられる。
(敵わない)
酸欠で朦朧とする意識の中、カズサは敗北を認めた。
マビノギオンも、迫撃砲も通用しなかった。
カズサとホシノを隔てる実力の壁は、あまりにも厚かった。
(こんだけ強くて、多くの手下がいて、ハナコやヒナまでいる。なんの冗談だよ)
元から敵わぬ勝負だったのだ。
今こうして意識があるのだって、ホシノが1人で戦ってくれているからでしかない。
最初からヒナもハナコも連れていたら、勝負にすらならない蹂躙で終わっていた。
明らかな舐めプではあったが、それでもホシノさえ殺せれば何とかなると、根拠もなく思っていた。
(でも)
その思考すら、負け犬の遠吠えでしかなかった。
かつて誇ったキャスパリーグとしての強さは、ホシノにとっては片手間で処理できる程度の強さでしかなかったのだ。
最後の拠り所の力ですら敵わないということに、カズサの心がギリギリと軋んで悲鳴を上げた。
[諦める]