本物メイショウドトウ 個別ストーリー第四話

本物メイショウドトウ 個別ストーリー第四話


夕焼けに染まる放課後。

RKSTポイントの確認が終わった後、フリーズの解けたメイショウドトウと共にアテもなく校内で歩を進めていた。

「……ある程度、察しは付いていました。」

しばらく無言での散歩が続いていた所に、メイショウドトウがゆっくりと口を開いた。

「勉学が出来ようとも、武芸を修めていても、レースで活躍できるかどうかとは何も関係ない。そしてわたくしのお母様がウマ娘として目立った活躍をしていない以上、その娘であるわたくしに期待がかけられようはずもない。」

「そして何より、トレーナーさんの態度からも……。」

Ω ……。

「率直にお聞きします。あのRKSTポイントの評価……。世間におけるわたくしの評価は、あなたの眼から見ても妥当なものであると思っていますか?」


今、彼女が聞いている評価。即ち、自分の眼から見た彼女の走りの評価。

彼女の走りは、昨日のトレーニングの一度だけしか知らない。新人である自分が判断するには少なすぎるが、それでも……思うところはあった。

昨日のトレーニングの時に何度も感じた。懸命に走る彼女のフォームから伝わってくる、技術の無さを。


Ω正直、妥当だと思う……。

自分の感じた評価をそのまま伝えた。ここで嘘を言っても仕方がない。

「……やはり、そうでしたか。」

自分の言葉に反応して、メイショウドトウが足を止める。

メイショウドトウは胸に手を当てると、大きく息を吸って、吐いた。

「もしよろしければ、もう少しお散歩に付き合っていただけませんか?」

Ωいいよ。

「感謝致します。」

メイショウドトウの眼に光が灯ったように見える。先ほどまで彼女の声の中にかすかに混ざっていた震えが見事に消えていた。





「オペラオーは、アヤベさんやトップロードさんと何度か模擬レースをしています。そして……その二人を相手に勝つ事もありました。ロクに勉強も泳げもしない彼女が、です。」

「……いえ、言わずとも分かっています。勉強も泳ぎも、そんなものはレースには関係無いものです。」

「ただ、わたくしにはそんな彼女の走りの何が強いのかが全く理解出来ませんでした。今もそれは同じです。……今のわたくしは、レースに対する知識が圧倒的に欠けているのです。」

「今のわたくしはレース赤点……いや、落第です。それなのに、対応方法が分かりませんでした。指南本を見ても分からず、トレーナーの居ないウマ娘を指導する教官の元でも、感覚が掴めませんでした。」

「ですので、わたくしは選抜レースを避けていました。今のままでは選抜レースに出ることすら失礼な仕上がりになってしまうと。何も得られないまま、ただ負けるという結果になると分かっていたので。」

Ω ……。

「そんな中でも、オペラオーはひたすらわたくしに声をかけてきました。」

「始まりは忘れもしない入学式の日です。彼女は壇上に上がると高笑いし……盛大に転びました。しかし、即座に立ち上がると何事もなかったかのようにまた高笑い。」

「思えばあの時から、どうにも彼女から目が離せなくなっていました。あれだけの自信、さぞ優秀な方なのかと思って会話を交わしてしまったのがわたくしの運の尽きでしたがっ……!」

Ωどうどう。

「……失礼、話が逸れてしまいました。まあ、ハッキリ言いまして彼女の成績はわたくしの足元にも及びませんでした。学業も、スポーツも、何においてもオペラオーには勝っています。」

「でも、レースだけは別でした。」

「わたくしは、未だに模擬レースで彼女に勝てた事がありません。」

レースで勝てた事がない。

その言葉の重さは、自分も理解出来る。

当たり前だが、この学園はレースをするウマ娘の為の学園である。この学園において、レースの成績は最も重要視される。

表面上は学力やコミュ力、ライブの実力も必要とされるが、根底の部分ではレースの成績こそが正義である。その事は、誰かが言わずとも皆同じく感じているだろう、暗黙の了解だった。


「自信とは、結果と実績に裏付けされるものです。根拠も無く大口を叩くことは出来ません。」

「なのにオペラオーは逆でした。わたくしと大差のないくらい無名だった入学時からさえ、オペラオーは自身を覇王などと宣(のたま)っていました。何の結果も出していない、何の期待もされていない、実力すら伴っていなかった彼女が、どうしてあれだけの自信に溢れているのか。未だに不思議なのです。」

「……そして何より、現実を知ってしまった今のわたくしは、レースに対しての自信が持てないのです。」

「でも、きっとそんなわたくしを見ても、何も気にしていないかのようにオペラオーは声をかけてくるのでしょう。早く君とともに本番のターフを駆けたい、君こそボクのライバルだと。」

テイエムオペラオーからのライバル宣言を受けることが『したくとも』出来ない。何故なら、今のメイショウドトウがライバルとして並び立てているという根拠が無いから。

だから彼女はオペラオーを避け続けた。だが、それでもオペラオーは追いかけてくる。

「トレーナーさん。何故彼女は……オペラオーさんは、何の結果も出していない今のわたくしの事を、ライバルとして見てくれているのでしょうか?」

そして『それが理解出来ない』。

謙遜や皮肉などではなく、純粋な『疑問』だと。

ここまでの彼女の言葉はそう告げているように思えた。

Ωそれは……。

正直、テイエムオペラオーが何を考えているかのは自分も全然わからない。

でも、これだけはハッキリと言えた。


Ω君は絶対に強くなれるからだ。

「━━━!」

結果が出なければ箸にも棒にもかからない。それはウマ娘に限らず、自分たちトレーナーも同じだ。

選抜レースにすら出られないメイショウドトウ、担当が一人も居ない自分。

なら、答えは簡単だった。

自分ならどうするか。ただそれを伝えればいい。

Ωやれるだけの事をやろう

無名の状態からスタートしたのであれば、そこから這い上がるしかない。

更に彼女の場合、今日まで積み重ねてきた実績がある。たとえそれがレースと無関係だったとしても、不屈の努力で身に付けてきたものであるという事は伝わってきた。

「承知いたしました。」

何より、この子は『成すべきことを分かっている』。自分の何が欠けているかを自分で指摘出来ている。それが出来ない時は「何をすればいいか」と不明点を素直に聞けている。それは迷いも無く、焦りも無い、心の底からの『疑問』。即ち自信の無さ故の迷いではなく、自分の判断を心から信じているからこその『疑問』なのだ。


ならば、後は覚悟を決めるだけだ。

才能があるかなど関係ない。

『もし結果が伴わなかったら』などと考える必要はない。

強くなることを目指すことに根拠などいらない。何故なら、トレセン学園に足を踏み入れた以上、全ての者は頂上を目指すのが当たり前だから。

その事がメイショウドトウにも伝わるよう、懸命に話した。

「……。」




気が付くと、歩いているうちに女神像の前へとたどり着いていたようだった。

数日前、メイショウドトウと初めて出会った場所。

メイショウドトウは、ゆっくりと女神像の前へ進み、足を止めた。

「選抜レースに出る事も出来なかったわたくしは、それでもトレーナーを待ちました。運命を引き寄せると言われる三女神像の前で。それが数日前、わたくしが現状を打破する為に出した答えです。そして……あなたと出会いました。」

「お願いします。わたくしを、次の選抜レースまでに鍛えあげていただけませんか?」

言葉の一つ一つから伝わってくる、数日前会ったばかりのはずの自分への絶対的な信頼感。

それは、自分の成した行動の結果に対する自信の裏返しなのだろう。

Ωもちろんだ!

出会ったばかりのウマ娘の直接指導を請け負うという、本来であれば重圧の伴う自分の言葉が、初めから決まっていたかのようにすんなりと出てきた。

彼女の事を導く為の言葉だったが、とても心地よい気分で発した言葉でもあった。








そして、あっという間に選抜レース当日を迎えた。

Ω本当にあっという間だったな……。

「何か仰いまして?」

Ω選抜レース、頑張ってね。

「ええ。今日までの成果、その全てを出し尽くして参ります。」

ゆっくりとゲート前へと脚を進める彼女を見送る。

この日を迎えるまでに自分の出来ることは全てやってきた。もちろん、彼女もその全てに応えてくれた。

後はそれを見守るだけだ。




レースの始まりと共に、ゲートが開く。

事前の下バ評では、メイショウドトウが一番人気。彼女はその期待に応えるかのように好調なスタートを見せた。

レースの展開は序盤から三番人気のウマ娘が一人逃げる形となり、その後ろ、大きく離れた集団の先頭にメイショウドトウが走る形となった。

Ω焦るなよ……。

いらぬ心配と分かりつつも、向こう正面のメイショウドトウの様子を見る。

案の定、一寸の焦りも見せていない。普段の通り、冷静そのものだった。

そして最終コーナーに差し掛かる時、彼女が動いた!

「はあぁぁぁッ!!!!」

【さあメイショウドトウ前に出る!後続をぐんぐんと引き離して先頭との差を詰めにかかった!】

【先頭から三バ身!二バ身!どんどんと差を縮めていく!】


逃げるウマ娘を驚異的なスピードで追い詰めるメイショウドトウ。

しかし━━━


【しかし届かない届かない!勝ったのは8番!2着は7番のメイショウドトウ!】


1.5バ身ほどの差で2着だった。

Ω ……惜しかった。

負けはしたものの、2着のメイショウドトウと3着との差は7バ身。決して弱いレースではなく、次回への課題も見つかった。

そして早速、自分はレースの終わったメイショウドトウの元に駆け寄る━━━事はしなかった。


Ω……本来の目的が終わるまで待ってるか。

彼女の本来の目的は選抜レースで勝つ事ではなく、トレーナーとの契約を結ぶこと。

レースの終わった直後こそがその最大の好気であり、そんな中で自分が向かって邪魔になってはたまらない。

そう思って遠くから様子を見ていると━━━


「やあ、お疲れドトウ。」

「あらオペラオー、何をしに来たのかしら?」

「どうやら、白鳥の騎士は見つかったようだね。」

「……ええ、お陰様で。まさに夢のような出逢い方でしたわ。」

「では、役者も揃ったことだ。運命の日はいつになるだろうか?」

「……オペラオー。あなたと走る事を、今この場で約束する事は出来ません。選抜レース2着。RKSTポイント500万。それが嘘偽りの無いわたくしの評価ですわ。」

「……。君は、他人の評価をそのまま受け入れるタイプだったのかい?」

「ええ、仰る通りです。わたくしは全てを受け入れます。そしてその上で、全てを背負い、そして覆します。」

「今のわたくしはあなたの足元にすら及びません。ですが、いつかあなたと走ります。それはクラシック期にすら間に合わないかもしれません。それでも一歩一歩、確実に這い上がります。」

「その間、せいぜいあなたは『覇王』という終着点で止まっていて下さい。そうすればそれだけ会う日が早くなりますので。」

「それは違うなドトウ。『覇王』とは立つべき点じゃない。ボクが歩み続ける道、その最前線に立つボクを指して『覇王』と呼ぶんだ。」

「……ご教示、感謝致しますわオペラオー。」

「なあに、日頃のお礼さ。」


メイショウドトウはテイエムオペラオーと別れると、自分の元へと歩いてきた。

「トレーナーさん。」

Ω選抜レース、お疲れ様。

「こちらこそ、本日までのご指導お疲れ様でした。お陰様で恥をかく事なく走り切れました。」

Ωこちらこそありがとう。

自分は指導する立場ではあったが、メイショウドトウに対して心からお礼を言った。

この選抜レースまでの経験は、自分にとっても充実したものだったからだ。

Ωいいトレーナーは居た?

「……ええ。」

Ωじゃあここでお別れかな。


「━━━!」

その言葉を言った直後、メイショウドトウはフリーズした。

Ω(また!?)


「━━━失礼。あまりにも予想外でしたもので。」

あまりにも予想外の出来事があると、メイショウドトウはフリーズする。

その後、メイショウドトウは胸に手を当てて深呼吸する。

そして、眼に確かな光を宿す。

段々とこのウマ娘の特徴が掴めてきた気がした。

「では、改めましてトレーナーさん。私とのトレーナー契約をお願いいたします。」

Ω俺でいいの?

「……逆に何故ダメだと?」

Ω選抜レースで契約を取るまでって話だったから、そこまでなのかなと。

「……素直に言葉を受け取っていただけるというのも、こちらが気付かなければ難しい問題になりますわね。これもオペラオーとの会話のし過ぎが原因でしょうか。おのれオペラオー……ッ!……すぅー……ふぅー……。」

Ω(面白いなこの子)

「とにかく、わたくしの言葉が不足していました。その点については謝罪致しますわ。」


「……それでは、改めまして。」

そう言うと彼女はゆっくりと姿勢を正し、優雅な動作でこちらに一礼した。

「わたくしはアイルランドより参りました無名のウマ娘、メイショウドトウと申します。」

「打倒テイエムオペラオーを終えるまで、契約を延長して頂きたいと考えています。」

「契約期間は無期限。出場レースにもコダワリはありません。その為の準備は、全て一任いたします。いかがでしょうか?」

Ωこちらこそよろしく!

「ご協力、感謝いたします。それでは、今後も末永くよろしくお願いしますね。わたくしのトレーナーさん。」

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