本物メイショウドトウ 個別ストーリーおまけ(第五話)
ある日のこと。自分とメイショウドトウはラーメン屋に来ていた。
数十分前━━━
Ωお疲れ様会?
「ええ。本日の模擬レースは、あなたのおかげで素晴らしい結果が出たと言っても過言ではありません。まずはその結果を労わらせていただければと。」
Ωそんな気を使わなくてもいいよ。
「……その実、わたくしがただ食べたいだけですのでお気になさらないでください。もちろん、代金もわたくしが出しますので。」
そう言われてついていった先にあるのは、個人経営っぽいラーメン屋だった。
「それでは、参りましょう。」
のれんを潜り入店すると、慣れた様子で店内を見渡し、案内も待たずにカウンターへと進む。
「大将、怒涛ラーメンの10辛を。」
「あいよぉ!」
Ω!?
「お連れさんは何になさいます?」
Ωええと、じゃあ5辛で……。
つい釣られて自分も同じラーメンを頼んでしまった。
「ここは入学以来、ご贔屓にさせて頂いているラーメン屋さんです。辛さもそうですが、何より……名前が気に入りました。」
メイショウドトウが視線を送った、壁にかけてあるメニューを見ると━━━
『怒涛の美味しさ!怒涛の辛さ!名物 怒涛ラーメン ※7辛以上は一つ下の辛さを完食した方限定となります。』
……と書いてある手書きのポスターがあった。
Ω……さっき10辛頼んでた?
「はい。今日はトレーナーさんが居ますので12以降へのチャレンジは控えようかと。」
……ただただ、あっけにとられるしかなかった。
「怒涛の10辛お待ちィ!」
「ありがとうございます。」
メイショウドトウの注文した怒涛ラーメン10辛が、カウンター席に置かれる。
……すると次の瞬間、周囲が「辛さ」という異様な空気感に包まれた気がした。
隣の席から横目で見ているだけでも、目に染みてくる。
「では、いただきます。」
しかし、メイショウドトウは胸元のボタンを一つ、二つ、と手早く外したかと思うと、熱気など意にも介さず麺をすする。
「ズズッ……ズズッ……。」
Ω(スゴいな……。)
見ているだけで目も口も痛くなるような気がするレベルだが、彼女は全く動じる事なくスルスルと食べていた。
「怒涛の5辛お待ちィ!」
自分のラーメンも届いたので食べ始める。
Ωいただきます……。
ズズッ……。
Ω(……辛ッ!!)
ラーメンとしての美味しさは感じるが、それでも結構な辛さだった。5辛でこれなのだから、10辛ともなるとどうなっているのか想像もつかない。
「ズズッ……ズズッ……。」
Ω(凄い汗だな……。)
そんな心配をよそに、メイショウドトウは汗だくになりながらも止まることなく麺をすすっている。水すら飲んでいない。
「ふぅー……。」
メイショウドトウは一息つくとポケットからハンカチを取り出し、額から流れる玉のような汗をポンポンと叩く。
Ωタオル、使う?
「……ありがとうございます。ちょうど身体(からだ)の汗を拭きたいと思っていましたので。」
Ω思ったより辛いね。
「初めてであれば最小値の辛さでも構いませんのに……。」
Ωつい、なんとなく。
「わたくしに付き合っていただけるのは結構ですが、その代わり食べ残しは無しでお願いいたしますね?」
そう言うとメイショウドトウは受け取ったタオルで汗まみれになった顔を拭くだけでなく、胸のボタンを更に外━━━
Ω!?
ボタンを外し、はだけさせた胸元にまで大胆にタオルを入れて汗を拭いている。
Ω(あまり目を向けないほうが良さそうだ……。)
ひとまず自分のラーメンを食べ終わる事に集中していると、カウンター越しから店長さんの声が聞こえてきた。
「……あんた、もしかしてお嬢ちゃんのトレーナーさん?」
Ωはい、そうですが。
「そうかあんたが!……いや、お嬢ちゃんからはあんまりそういう話は聞いてこなかったんだが、ちょっとお礼が言いたくてな。」
Ωお礼ですか?
「ああ。ここの激辛ラーメンを一番食ってくれてるのが、実はこのお嬢ちゃんなんだ。お嬢ちゃんが来てから『そんなに辛くて美味いのか』なーんて言って来てくれる客が増えてよぉ。」
話によると、どうやらメイショウドトウはこの店の界隈において「激辛ラーメンを平然と食べ尽くすウマ娘」としてちょっとした有名人らしい。
確かに「大食い」という枠だけならば、トレセン学園では珍しくもない。しかし、ここまでの辛さへの耐性を持つウマ娘の話はほとんど聞いたことが無い。
そう考えると、あれだけの辛さをもろともしないドトウが看板娘のような扱いになるのも頷ける。
「それで……あれだ、レースの食事管理とかは分かんねぇんだけどな。問題が無ければ、今後もご贔屓にしてもらいたいんだ。トレーナーさん共々さ。」
確かに、食事管理の指示もトレーナーの役割の一つ。場合によっては、この店のラーメンを控えてもらうことになるかもしれない。
もちろん、それにメイショウドトウが納得すればの話だが……。
「……レース中継。」
そこに、ラーメンの激辛スープまでもを飲み干したメイショウドトウが口を開いた。
Ωん?
「今後わたくしがこの店に来る頻度は減るでしょうが、その代わりとしてわたくしのレース映像を中継して応援する企画を立ち上げてはいかがでしょうか?」
「応援する企画?」
「ええ。折角の『怒涛ラーメン』ですから。わたくしのレースの日程に合わせて大々的に宣伝を行えば、私のファンがここに訪れると思います。」
「そもそも食事管理の問題だけではなく、今後は日本各地のレース場への遠征が増える事になります。必然的にここへ足を運ぶ機会は減ってしまうでしょう。そうなった時に、このお店が困ってしまうような事態はなるべく避けるべきです。」
Ω(なるほど。)
メイショウドトウの言う通りだ。レースで活躍するほどに自由な時間は減り、このお店に来店出来る機会も減ってくる。
メイショウドトウはあくまで「自分が居なくても大丈夫なように」計らうつもりなのだろう。
「他にも、わたくしの写真を飾るのもいいかも知れませんね。サイン色紙なども必要であればお書きいたします。……この程度であれば特に問題にはならないと思うのですが、如何でしょうかトレーナーさん?」
Ω大丈夫だと思うよ。
「えっ、いいのかい?前の10辛完食記念の時はなんか写真はダメだとか言ってたような……。」
「……あの時のわたくしは未熟でした。ですが今は違います。トレーナーさんのおかげで、レースへ挑む覚悟が出来ています。ですので、トレセン学園で活躍するウマ娘として写真を掲げて頂いて結構です。」
「そうか……。ありがとよお嬢ちゃん!」
「それでは、営業時間が終わった後にまた━━━」
「いや、お嬢様にそこまでのお手間は取らせられねぇ。今いる客も顔馴染みばっかだし、今からやっちまおう。」
そう言うと店内の椅子やテーブルがバタバタと片付けられ━━━
……何故かメイショウドトウの撮影会が始まった。
Ω(そして何故か俺はカメラを持たされている……。)
常連のお客さんも含め、全員がメイショウドトウに注目している。だが、メイショウドトウは一切の動揺は無い。それが当たり前かのように準備をしている。
そしてメイショウドトウがポーズを取った。だが……。
「ではトレーナーさん。撮影をお願いいたします。」
Ωああ、分かっ……!?
メイショウドトウの服が、ボタンが外れたまま━━━横に広がっていた。
Ω(ボタン直してたんじゃないの!?)
「緊張なさらずとも結構ですよ。どのように撮影しても完璧な写真が生まれる被写体ですから、どうぞ気楽に。」
いくら何でもこの格好を写真に残すわけにはいかない!慌ててドトウにジェスチャーで服装を直すよう伝える。
Ω(谷間!谷間!)
「……。」
どうやら気付いてくれたようで、メイショウドトウは静かに服を整えた。
Ω(ドトウがこういう事に気付かないなんて珍しいけど……。)
Ωじゃあ撮るよ!
「はい、よろしくお願いいたします。」
突発撮影会の後、常連さんを巻き込んでお店を盛り上げるための話し合いが始まり、あっという間に時間が過ぎていった。
「……では、本日はこれにて失礼致します。美味しいラーメン、ご馳走様でした。」
「お粗末様でしたってな!ここまでしてくれたんだ。次にお嬢ちゃんが来るまでの間にバッチリ店を盛り上げておくぜ!」
店主さんも嬉しそうに見送ってくれている。
「お嬢ちゃんが店にあんまり来なくなるのは寂しくなるが……まあ、その分お客さんも巻き込んでテレビで応援させてもらうぜ!」
「ええ、是非そうしてください。皆さんの応援がわたくしの活力となりますので。」
そうして、ドトウと自分はラーメン屋を後にした。
その帰り道。
Ω……ドトウ。
「はい。」
自分は、一つ気になった事をドトウに指摘する。
Ω写真を撮る時に、服装を直してなかったのはわざとだよね。
「『偶然』であれば一枚くらいはそのような写真があった方が良いかと考えました。」
……やはりそうだった。
メイショウドトウの事だから、きっと全てを考えての事なのだろう。仮にそのまま写真を撮っていたとして、それが露見しても迷惑が掛からないような方策も考えているはずだ。
だが、それを込みとしてもトレーナーとして許す訳にはいかなかった。
Ωああいうのはあまり良くないから今後はやらないでほしい。
「……承知しました。」
今の自分の中に積もった疑問の言葉はもっと多かったが、その指摘は控えた。
言葉を交わせば、ドトウは全てに対して明確な理由を返せるのだろうから。そんな指摘は、ドトウからすれば余計な心配なのかもしれない。
しかしそれでも、心配なものは心配なのだ。
Ω自分はドトウほど完璧じゃないから……。
Ω自分の手に負えない事は、ダメって言うしかないんだ。
「……ええ。もちろんそれで構いません。あくまで第一目標は打倒テイエムオペラオー。その過程においては、あなたに全てを一任すると約束しました。そのために必要とあらば、今後は二度と怒涛ラーメンを食えずとも後悔はありません。」
Ωそこまではしなくていいよ!
「それを抜きにしても、あのお店の売上が落ちないように対策を講じる必要はあったと思ったのです。わたくしの力に頼らずとも、怒涛ラーメンは美味しいのですから。」
Ω……どうなんだろう。
「……と申しますと?あのラーメンが美味しくないと?」
Ωいや、そっちじゃなくて。
自分が最も気になっていた点。もしかすると、ドトウとお店の人とで一番すれ違っていると感じた部分。
Ω売上も大事だけど、もっと大事なのは……
Ωドトウが、あのお店に足を運ぶことだよ。
「足を運ぶ……ですか?」
もしかしたら店の人はメイショウドトウによる売上増加ではなく、ただただメイショウドトウが美味しく食べる姿を見るのが嬉しかったのではないか?と伝えた。
「つまり、わたくしが入店しないというのは本末転倒であると……。」
Ω今後も立ち寄れる時間があったら寄ってあげるといいかも。
「……分かりました。そういたします。」
Ω……ドトウ。
「はい?」
Ω店の人……いや、皆のためにも、勝とうな。
「……ええ。当然のことです。」
自分とドトウは、成すべき目標に向けて静かに、今一度気合を入れた。
二人が交わした目標は、ドトウのレースは、もう自分たちだけのものではない。それを再確認する一日となった。
「……ところで、先程お借りしたこちらのタオル、洗濯してお返しした方がよろしいでしょうか?」
Ωどっちでもいいよ。
「……そうですわよね。わたくしとした事がウッカリしていましたわ。」
「わたくしの胸元の汗を吸ったタオルですもの。やはり洗濯せずそのままお渡しした方が━━━」
Ωやっぱり洗濯してから返してほしいかな!!!!!!
「ふふっ、承知いたしました。」
……レース以外の部分では、とてもドトウには勝てそうもないなと思い知らされた。