本の内容がシリアス過ぎる(byイリヤ)
※クロはアーチャー霊基の外見水着です。
「イリヤ、イリヤ」
「? どうしたのクロ?」
「…その、わたしね? …リツカお兄ちゃんと一緒に同人誌書いてみたのよ」
「え、ほんと!?」
「ええ。───ふふ。可能性、探求してみるものね。わたし一人じゃ本物は生み出せなかったけど、大切な人と一緒なら何だって生み出せる。それに気づけただけで、今年の夏に価値はあったわ。まあ、わたしがあんまりな目に遭ったショックでキレたお兄ちゃんには複雑でしょうけど」
「クロ…」
「そんな顔より感想をちょうだいな。はい、これが同人誌の草案よ。このプロット代わりの小説のまま製本するか、ここから漫画にするかはまだ未定♪」
「へー。あ、中身見ていい? なんならミユにも見せていい?」
「良いわよ。そのために持ってきたんだもの。でも書きたいとこだけ書いてって感じだから完成品には程遠いわ。注意してねー」
───
設定
・第五次聖杯戦争が舞台の特異点(カルデアのサーヴァントによる朧げな口伝主体のため信憑性は二の次)
・“イリヤ”がマスター、ヘラクレスがサーヴァントのバーサーカー陣営が順当に聖杯を獲得しかけており、それが原因で抑止力案件に(第四次聖杯戦争時代の特異点と同じ)
「ふむふむ……設定は悪くなさそう。じゃあ本編はと…」
───
「クロがいないって、どういうこと!?」
「…多分この世界の“イリヤ”の所だ。オレ達に黙って、彼女をどうにかするつもりなんだ…!」
「そんな! 交渉にしろ撃破にしろ、一人でなんて無理に決まってる! 令呪が切れたこのタイミングで…!」
「オレが連れ戻す! 美遊はここでイリヤと…」
「待って! わたし達も行きます、マスターさん! わたし達が抱えていけば追いつけるはず!」
「イリヤ、でも…!」
「わたしも行きます。友達のみならず、マスターであるあなたまで死地に行かせるなんてサーヴァントの名折れですから」
「美遊まで…。…ごめん、今はその気持ちにありがたく甘えさせてもらう。行こう! クロは多分、アインツベルンの森だ!!」
───
アインツベルンの森、その一角。そこで二人の少女が対峙していた。
片方は立香達が探すクロエ・フォン・アインツベルンその人、もう片方はこの特異点における“イリヤスフィール・フォン・アインツベルン”だ。“イリヤ”の傍らには、彼女のサーヴァントであるバーサーカーが控えている。
「一人でこんな所にノコノコやってくるなんて、どういうつもり?」
「交渉しにきたのよ」
「交渉?」
「あんたが求めてるのは“幸せに暮らすイリヤ”っていう目障りな相手の命でしょ? だったら、わたし一人を殺せば良い。あのイリヤは殆ど別人で、魔術のまの字も知らなかった正真正銘の一般人……見た目と名前だけ同じ別人よ。それにリツカ……カルデアのマスターも、アインツベルンの因縁とはなんの関係もない。…わたしはどうなっても構わない。だから、イリヤ達やリツカお兄ちゃんには手を出さないで!」
「───笑わせるわね。そんな命乞いなんて聞き入れると思う?」
「な…」
「自己の優先。わたしはわたしである為に、他のわたしを許してはならない───自分を同じ“イリヤ”であるなんて嘯く以上、知らないとは言わせないわ」
「ぐっ…!」
押し黙るクロ。かつてのクロ自身、理由は異なるもののイリヤを殺して成り変わろうとしたことがある。だから、理由は違えど“異なる自分”に対して思うところがある気持ちは分かってしまう。
「あの目障りなわたしは殺す。貴方も殺す。他のカルデアとかいう連中も、アインツベルンの悲願を邪魔するなら殺す。…これは聖杯戦争だもの、首を突っ込んだ以上覚悟は出来てるわよね?」
「っ! やめて! アインツベルンの悲願にイリヤやリツカ達の死は関係ないでしょ!?」
「聞き分けのない子供は嫌われるわよ? まあ良いわ。望み通り、痛めつけてから殺して見せしめに…。…!」
“イリヤ”とバーサーカーめがけて着弾する魔力弾。それを放ったのは…。
「大丈夫か、クロ!」
「───りつ……か…?」
───クロにとって今一番いてほしくない、大切な人達だった。
「大丈夫って……大丈夫なんかじゃないわよ!! どうして来ちゃったの…! 逃げて!! カルデアからの救援が望めない今、あのバーサーカーとやったら全員殺される!! 勝てっこない!!」
「…大丈夫。大丈夫だから。とりあえず、クロはそこで休んでてくれ」
クロをなだめた立香が、“イリヤ”の方に向き直る。
…やはり、バーサーカーの威圧感は別格だと感じる。同じ“イリヤ”であるシトナイが頼みにするのも分かるというもの。だが、ここで気圧されていては勝利はおろか離脱すら叶わない。なんとかしなければ……立香の脳内では、そんな思考が乱舞していた。
立香がこの場の最適解を模索し続けているのを知ってか知らずか、“イリヤ”は余裕綽々といった体で話し始める。
「カルデアのマスターと目障りなわたし、それにその友達、か。良かった、探す手間が省けて」
「…クロやお兄ちゃんは傷つけさせない…! たとえ相手がわたし自身でも!」
「この特異点に来てから一週間……曲がりなりにも“イリヤ”である人と殺し合うなんてもううんざり。だから、もう終わらせる!」
「無理ね。その珍妙なステッキとカードでバーサーカーやわたしをどうこうしようなんて、天地がひっくり返っても無理」
「…たとえそうでも、きみにイリヤ達を殺させる訳にはいかない。最後の最後まで足掻いてやる…!」
「ふふ、怖い目つき。貴方、目障りなわたしとそのお仲間が好きなロリコンなのかしら? なら、その似姿が貴方を葬るっていうのは中々良い死に方じゃない?」
「随分品のないことを言うな。淑女を気取るなら、もう少し言葉遣いに気をつけた方が良いぞ…!」
「ご忠告痛み入るわ。貴方は邪魔者ではあるけど、わたしの恨みつらみとは関係ないし楽に死なせてあげる。じゃあ……やっちゃえ、バーサーカー」
「■■■■■■■ーーーッ!!!!」
「来る…! イリヤ、美遊! 戦闘準備!!」
───
サーヴァント・バーサーカー、真名ヘラクレス。クラスカードの具現たる黒化英霊としての彼と戦ったことがあるイリヤと美遊だが、その時の経験はあてにしないほうが良いとすぐに悟った。
狂化で曇りながらも、完全に褪せてはない技量。その技量を補強する圧倒的身体能力。あの黒化英霊が本来より数段落ちる能力しか発揮できていなかったのを加味しても、まるで別物だと断じることができる怪物。それが目の前の狂戦士だった。
「力の使い方がなっていないわね。褐色のわたしが言ってた、魔術のまの字も知らないっていう話は本当だったんだ」
「くっ…!」
「それにそっちの貴方、わたしに近しい存在のようだけど、絞りカスみたいな力しか残ってないなら恐るるに足りないわ」
「何を…!」
“イリヤ”の言葉にまともな反論を返す余裕はない。カルデアのヘラクレスが見せる戦い方を思い出し、それを頼りにした回避行動を取る。
───
「イリヤ、美遊! 今だ!」
立香のガンドが入り、一瞬だけ動きが止まるバーサーカー。
その時、イリヤと美遊の思考がひとつに重なった。
((やるなら今しかない…!))
サーヴァント化により高まった身体能力を活かし、迅速にことを成す。“かつて”と同じ状況を再演するために。
「「クラスカード・セイバー───並列限定展開(パラレル・インクルード)!!」」
次の瞬間、辺りが昼になった。
いや、そうではない。これは、イリヤ達が展開した“9本”の聖剣が放つ極光だ。イリヤと美遊の持つ2本、そして宙に浮かぶ7本。それら全てが、バーサーカーを滅し得る星の輝きを放っていた。
「「はあああぁぁぁああッッ!!!」」
振り下ろされた剣から放たれた光が、拘束を脱したバーサーカーを呑み込む。光の奔流はたっぷり十数秒狂戦士を灼き続け、その巌のような肉体から命を引き剥がしていった。
十数秒後、ようやく光が収まる。大地に刻まれた癒やし難い裂傷、その線の只中にいたバーサーカーは……全身黒焦げとなって炭化してしまっていた。
「や、やった…!」
「! いや、まだ!」
イリヤの希望的観測を、美遊が即座に否定する。
「…■■■■■…!」
…バーサーカーの身体が、立ち昇る白煙を伴いながら元通りに治っていく。
「蘇生…! ヘラクレスさんなら、ああなるかもって思ったけど…!」
『命の数はバーサーカーのカードと同じ3個か、本来の英霊ヘラクレスの12個か……恐らくは後者です!』
「…ふふ、あははは! 正解よステッキ!」
ルビーの推測に対して、嘲笑うように肯定する“イリヤ”。
「どこから3個なんて数字が出たのか疑問だけど、推察通りバーサーカーの命は12個よ。つまりバーサーカーは、後11回別の方法で殺されないと死なないの。まあ、今の宝具は強力だったから流石に5回くらいは死んだと思うけど……それでもあと7回ね」
「そんな…!?」
イリヤ同様倒しきれない結果を予想していた美遊だが、蘇生魔術の残りストックがそこまで減っていないというのは流石に想定外だった。
最大火力をぶつけて、殺せたのは5回だけ。耐性が出来た以上同じ手段ではもう殺せない。
「せっかく切り札を切ったのに、残念だったわね。さあ、もう傷は治ったでしょう? 蹴散らしなさいバーサーカー! 生きていたことを後悔させるレベルで、徹底的にね!!」
───
「それでサーヴァントのマスターだなんて、ちょっと信じられないわね。ま、良いか。とにかくこれで終わりよ。カルデアのマスターさん」
「ッ…させない!!」
クロが、“イリヤ”めがけて突撃する。それがなんの勝算もない破れかぶれの特攻であることは明白だ。普段の冷静さがまるで感じられない。
「クロ、よせ!!」
「うああぁぁぁああ!!!」
当然、バーサーカーが割って入る。振るわれた斧剣を干将・莫耶でなんとかいなそうとするが、クロの細腕でバーサーカーの膂力に耐えきれる訳もない。呆気なく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「クロ! もう良い、下がれ! きみ一人がボロボロになる必要なんてないんだ!!」
「だ、め…! リツカ達は、わたしが守らなきなきゃ…!」
「ふぅん、そんなにカルデアのマスターが大事なんだ。じゃあ、それを目の前で奪ってあげる。わたしだって、散々奪われたんだからね…!」
“イリヤ”の命令を受けたバーサーカーの斧剣が、無慈悲にも振り下ろされる。そうして発生した衝撃波が立香達を飲み込むその直前。
…クロの体感時間が、無限に引き伸ばされた。
───
───どこまで行ってもわたしは偽物だった。
わたしという個人はイリヤになれなかった“本物のなり損ない”。核となったカードの英霊は、“贋作者(フェイカー)”と呼ばれることすらある義理の兄の成れの果て。
つまりわたしは、二重の意味で偽物の偽物ということだ。…なんて滑稽な話だろう。
兄への叶わぬ初恋も、戦闘技能も、全て借り物。自己から生まれたものなど何ひとつない。…自分では本物を生み出せない。
───その、わたしが。初めて抱いた自分だけのオリジナルが、リツカへの気持ちだった。イリヤを通して視た世界ではなく、わたしが視た世界で抱いた“クロエ”としての初めての気持ちだった!
───だから、それを奪おうとするものは誰であろうと許さない。
たとえそれが友であろうと、家族であろうと、自分自身であろうと!
「リツ、カァァァぁぁあああアアあああッッッ!!!!!」
───瞬間、“光の花弁”が眼前を照らした。
───
「…うそ、防がれた…?」
呆然とする“イリヤ”の言葉と共に、土煙が晴れる。そこには、傷ひとつないクロと、それに守られた立香がいた。
───クロの全身を、令呪……もしくは魔術回路らしき紋様が覆っている。それだけではない。クロが左手を翳して展開しているあの光の盾は…。
「これは、『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』…? でも、この花弁の枚数はエミヤと同じ…!?」
「───驚いた。それ、リンのアーチャーの力? でも、バーサーカーに勝てなかったサーヴァントの力なんて、大した脅威には…」
「…!」
クロの周囲に、無数の刀剣類が出現する。普段を遥かに上回る数のそれが、バーサーカーと“イリヤ”に殺到した。
「っ! バーサーカー!」
バーサーカーが“イリヤ”を守ったことにより、“イリヤ”自身は無傷だった。しかし、クロは『“イリヤ”を狙って攻撃する』という禁じ手に進んで手を出した。頭に血が昇っているのは明白だ。何より…。
「この力、これじゃまるで…」
クロではなく、エミヤがそこにいるかのような錯覚。その錯覚に『クロがいなくなる』ような恐ろしさを覚えた立香は、クロに問いかけた。
「クロ! …きみは、本当にクロなんだよな…?」
「…ええ。向こうの“イリヤ”が何かしてきた時のために、お兄ちゃんはイリヤ達と下がってて。英霊の力と聖杯の力……ふたつを兼ね備えた今のわたしならあのバーサーカーとも十分戦える。───勝って、終わらせてくるから」
クロがその身体から迸らせたのは、間違いなく聖杯の力だった。
───
クロが投影したメドゥーサの鎖付き鉄杭が四方から飛来し、対象となるバーサーカーを縛る。
「■■■っ……■■!!」
それに『天の鎖(エルキドゥ)』程の拘束力はない。しかし、今のクロが一太刀入れるには一瞬の硬直で十分だ。
「ハァッ!」
「■■■! ■■■■■!」
転移魔術も交えて接近したクロの干将・莫耶オーバーエッジが、頭上からバーサーカーを斬り刻んだ。
「■■■■■ッ!!!」
圧倒的膂力と技量から振るわれる斧剣を回避し、飛び退るクロ。彼女が次に手に持ったのは、干将・莫耶とは似て非なる武器だった。
───エミヤ・オルタの二丁拳銃。干将・莫耶を改造して生み出されたそれが火を吹き、バーサーカー共々“イリヤ”を蜂の巣にせんとする。
「■■■ッ!!」
バーサーカーのインターセプトによりまたしても叶わなかったマスター殺し。だが、クロとしては一回二回割り込まれようがどうでも良かった。
噂に聞く三騎士クラスのヘラクレスならいざ知らず、目の前の相手は素のステータス以外の取り柄を奪われたバーサーカー。ならば圧倒的なまでの手数で攻め立てれば、いずれボロを出す。そうなれば後はこちらの勝ちだ。
「クロ……すごい…」
「あんな出力を出しているのに消滅や自壊の兆候がない? 受肉のおかげなの?」
イリヤがあ然とする横で、美遊はクロの急激なパワーアップの理由に思い至っていた。
立香から受け取った聖杯による受肉は、聖杯の力をある程度まで自在に引き出せる土壌を与えた。そしてアーチャーのクラスカードの真髄を発揮することにより、クロは著しくパワーアップしていたのだ。
かつてアーチャーを夢幻召喚(インストール)した時のイリヤ同様、真に迫った神造兵装の投影が可能なレベルまで。
「たとえ力を得ようと、貴方はアインツベルンの……聖杯の宿命に翻弄され続ける。哀れね、何も知らないっていうのは! 貴方も目障りなわたし同様、無知な子供でしかないなんて!」
「ご高説どうも。でも、偉そうに宿命どうこう語ってる場合? 少しは自分の心配をしたら?」
そう言うクロの攻撃は正確だ。“イリヤ”狙いの攻撃を混ぜることでバーサーカーの攻め手を潰し、確実にダメージを与えていく。
(あいつ……バーサーカーの動きを読んでる?)
───カルデアに召喚されたサーヴァントの中でも古株にあたるヘラクレスは、現在でもカルデア内のバーサーカー随一の実力者だ。狂化によってすら曇りきらないその技量を参考にする者も多い。…クロもその一人だった。
故に、バーサーカーの動きは手に取るとまでは行かずともある程度予想可能だ。…信のおける司令塔(この場合“イリヤ”)を狙えば、必ずそれを守るということも。
「クロ、まさかあの子を殺すつもりなのか…!?」
「「え!?」」
「ヘラクレスの調子を崩す目的にしては、あの子への攻撃が執拗すぎる! これじゃあ…!」
立香の脳裏に、起こってほしくない事態が想起される。
イリヤと同じ姿の少女が、血の海に倒れ伏す姿が。
一方、“イリヤ”の方も最悪の想像で頭がいっぱいになっていた。
リンのアーチャーは、手数に優れるとはいえ普通のサーヴァントだった。だから数回殺されはしたけどバーサーカーで勝てた。けれど、目の前の自分もどきはそれに聖杯の力を加えたイレギュラー。…バーサーカーが、負けるかもしれない。そんな弱気が芽生えるのは必定だった。
───
一旦距離を取ろうとしたバーサーカーの脳天に、『偽・偽・螺旋剣(カラドボルグⅢ)』───否、『偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)』が炸裂する。空間すら捻じ切る貫通力がバーサーカーの強固な外皮を突き破り、その命をまたひとつ削る。
「まさか、逃げられるとでも思った? リツカの、イリヤ達の命を脅かす敵を、逃がす道理がないでしょ…!」
「くっ…!」
まるでこちらが追われる獲物であるかのようなクロの物言いが、“イリヤ”を苛立たせた。
(目障りなわたしならまだしも、出来損ないの自分もどきなんかに、わたしとバーサーカーが…!)
そうだ。アインツベルンの到達点である自分とそのサーヴァントが、あんなひびの入った器に越えられることなどあってはならない。それは自分だけではない、これまで第三魔法再現のために散っていった者達全ての存在理由を奪われるのと同義なのだ。
───『最高傑作はひび割れた出来損ないに負ける程度でした』などという現実、認められる訳がない!
「───バーサーカーは誰にも負けない。…世界で一番強いんだから!!」
「■■■■■■■ーーーーッ!!!!」
“イリヤ”の想いに応えてか、バーサーカーが一際力強い咆哮を上げる。並のサーヴァントならばすくみ上がるであろうそれ。
だが、クロは元々正当なサーヴァントではない。そして何より、立香を守るため修羅と化した今のクロに、それは威嚇にもならない。
「そいつが強いのは嫌という程知ってるわよ。…でもね、こっちも負けられないの…!! …投影(トレース)……開始(オン)…!」
クロのその手に、これまでとは桁違いの魔力が収束する。
(───『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』じゃだめ。さっきイリヤ達が使ったから耐性を得ている可能性が高い。なら…)
その手に握られた剣は、日輪の輝きを放つ『もう一振りの星の聖剣』───。
『転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)』、その贋作だった。
───クロが手にした聖杯の力は、アーチャーを夢幻召喚(インストール)したあの時のイリヤに匹敵する力を示したのだ。
「───聖剣、抜刀。…さよなら…!」
「っ!」
「「クロ…!?」」
「クロ、駄目だ!」
“イリヤ”が息を呑む。クロの狙い……聖剣の横薙ぎで“イリヤ”とバーサーカーを纏めて始末するというそれに気づいたのだ。
イリヤ達もそれに気づいたが、静止の言葉を口にできたのは立香だけだった。そして立香の静止も虚しく…。
「『転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)』ッ!!!」
…地上に、太陽が顕現した。
───
「いやっ、うそ…! バーサーカーーー!!!」
…“イリヤ”を守るために勝利を捨てた大英雄が、静かに消えていく。我が身を盾とし、膝をつくことはなく、誇りを失うこともなく。
その姿は、立香達のため誇りを捨てたクロには少しだけ眩しく映った。けれど感傷に浸っている場合ではない。自身にはまだ、やるべきことがある。
「…終わりよ…!」
泣き叫ぶ“イリヤ”の頭上に出現したのは、バーサーカーのそれと同じ斧剣7本。それが“イリヤ”を容赦なく押し潰そうとした瞬間…。
───立香が、“イリヤ”を助けに入った。
“イリヤ”の元に飛び込んで抱きかかえ、斧剣を間一髪でかわした立香が、“イリヤ”を庇うようにしてクロに向き直る。
「もう十分だクロ、これ以上はいくらなんでもやり過ぎだ…!」
突然のことにもがく“イリヤ”を抑えながら、立香が抗議の声を上げる。だが、今のクロは動じない。
「退いて、リツカ。こんなことができるのは、この場でわたししかいない」
「もうバーサーカーはいない! やり方はどうあれきみが倒したんだ!! なら戦う理由は残ってない、そうだろう!?」
「じゃあ、聖杯の器であるその“イリヤ”をこのままカルデアに連れ帰るとでも? 連れ帰ったところで、リツカやイリヤに牙を剥くのは変わらないわよ」
「目を覚ませクロ、冷静になるんだ! きみが汚れ役なんてやって、オレ達が喜ぶとでも思うのか!?」
「リツカこそ現実を見なさいよ…! そいつはバーサーカーを倒したわたし達を、カルデアを絶対に許さない! 他に方法がないでしょ!?」
「っ…それは…!」
───
「お、重い…!! ドシリアス!! この後どうなるの!?」
「そこをどうするかで展開に詰まっちゃったのよー。で、リツカお兄ちゃんの提案で「もっと王道寄りの展開にして勧善懲悪を取り入れよう」って話になった訳よ。それでも難産なんだけどねー」
「ま、まあ……このままで行くとシトナイさんが怒りそうだし……わたしとしてもクロが勝つために手段選ばなかったり、ヘラクレスさんがこんな風に負けちゃうのちょっとヤだし…」
「まあヘラクレスさんについてはわたしも思ったわ。でもオリジナルで強大な敵をってなると難しいし、まずは既存のあれこれを当てはめちゃうのよねー。わたしの悪い癖」
「…うーん、ねえクロ」
「?」
「展開に詰まるなら、いっそ王子様なリツカお兄ちゃんにお姫様として愛してもらうとかで良いんじゃない? 童話みたいな」
「───」
「く、クロ?」
「───それよ」
「へ?」
「それよイリヤ! わたしリツカお兄ちゃんの役に立ちたい頼りにされたいとかばっか考えてたけど、そっか、そういうのもアリよね! というかイリヤもリツカお兄ちゃん×自分のナマモノ同人書いてたし! あー、何で気づかなかったのかしら!! 良い例がこんな近くにいたのに!!」
「クロ!? テンションがおかしいよ!? また徹夜とかした!?」
「アヴェンジャー霊基封印されてるのに徹夜とかする訳ないでしょ! 昨日もリツカお兄ちゃんの隣でグッスリよ! あー、ネタがどんどん湧いてくるわ! ふふふ、どんなシンデレラストーリーにしようかしら!! 待っててリツカお兄ちゃん! ネタの山を持って今行くわ!!」
「クロー!? ……。…行っちゃった。もしかしてリツカお兄ちゃんとついでにわたし、とんでもないビースト目覚めさせちゃったのかなぁ?」