未来編でプリヤ原作クロスネタ
夜、エインズワースとの最終決戦前。立香とイリヤスフィール・フォン・アインツベルンは二人並んで語り合っていた。
いつかの特異点で出会った時のような語らいだが、そこにあの時のような気安さはない。
「…お兄さん達は、良かったんですか?」
「え?」
「その、子供が待ってるって話だったし……そっちのわたし達と一緒に、帰る選択肢とか…」
「言ったでしょ? オレもエインズワースを止めるのには賛成だって」
夜闇と雪化粧に彩られた静謐な空間の中、立香が静かに語り出す。元の世界に戻ってそれきりのイリヤが知らず、向こうのイリヤしか知らない、過酷な旅路を滲ませる声音で。
「……。…似てるって思うんだ、エインズワースもカルデアも。魔術師が自分勝手な善意を振りかざして、独りよがりの理想を叶えようとしてる。…ジュリアンは多分、ダリウスの尻拭いをさせられてるんだ。マリスビリー・アニムスフィアの尻拭いをさせられたオレ達のように」
「お兄さん…」
「もう嫌なんだ、そういうの。…個人が独りよがりで変えた世界は、その人にしか合わない世界だ。大多数の人にとっては苦しいばかりの、地獄のような世界でしかない。そんな胡乱なもののために大勢が死ぬなんて、絶対駄目だと思う」
そこには多くの死を見送り呪いを背負わされ続けてきた、一人の男の姿があった。そんな立香に圧倒されながらも、イリヤは口を開いた。
「…わたしも、そう思います。…エインズワースの人達は、自分の心に嘘をついてる。わたしはそんな嘘つきの集まりなんかに負けたくない。大切な人を守りたいっていうこの想いは、嘘でも間違いなんかでもないから」
「…ああ、そうだな。…この世界が詰みかけてて、オレ達の主張が子供の駄々に過ぎないとしても……ダリウスの野望だけは否定する。絶対に」
───
そんな会話を思い出しながら、立香が『疑似宝具/人理の盾(マスター・オブ・イクス)』を纏い駆ける。目指すはピトス……パンドラの箱のある場所だ。
だが、その歩みは一旦ストップせざるを得なくなった。
「!」
白き鋼鉄を纏う立香とどこまでも対照的な黒が、立香の行く手を阻む。
───夢幻召喚(インストール)・セイバー。黒き竜殺し……ジークフリートの力を追加で得たジュリアン・エインズワースがそこにいた。
(この魔力量……ピトスの泥が力を与えている? そんなところまでケイオスタイドと似ているのか)
相手を冷静に観察する立香。焦りはミスを誘発し、死を呼び込む……立香が学んだことのひとつだった。
魔術茨棘・並列接路(スパイン・パラレルコネクション)による出力増強も相まって、今のジュリアンはまるで邪竜のようだ。そのジュリアンが、容赦なく攻撃を加えてくる。立香は迫る茨を回避し、年長者としての一喝を返した。
「っ! どうして分からない!? ダリウスの歪んだ理想の犠牲になろうとしていることが!!」
「黙れ部外者! 分かってるんだよそんなことは!!」
ジュリアンが吼え、その気迫が手に持つ剣を輝かせる。ジークフリートの力の一端が、『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』が来る。
立香はそれに対し、蒼炎装(アームドブルー)・オーバーロードを展開して炎の羽織を纏うことで応えた。
「迸れ…! 『邪を祓う冀望の星(ストライク・スパーク)』…!」
交錯する黄昏を思わせる剣気と、紅い雷撃。互いに宝具を連射し、周囲の地形が崩壊する程の激しい遠距離戦闘を展開する。
その最中、ジュリアンが空間置換による回避と反射を数度試みるが、それらは蒼炎装・オーバーロードの蒼い炎……破壊神の属性を帯びた概念的破壊による防御で全て無効化された。
シールダーとセイバーの戦いとは到底思えない攻防が続くが、立香の側は一度の真名解放で三連射が限度かつそれ以上の短期連射が不可能。対するジュリアンは、魔力の許す限り真名解放を繰り返して連射が可能。…立香が劣勢に追い込まれるのは自明の理だった。
「エインズワースはダリウスの玩具だ、そんなことは分かってる! それでもこれは、パンドラを……エミーリア姉さんを安らかに眠らせてやるために必要なことだ!!」
「そのために他の兄妹の絆を壊すのか!? 自分達姉弟の絆をひけらかして!! それは、他者を弄ぶ外道に成り果てた今のダリウスと同じだ! 許されることじゃない!!」
連射される魔力の斬撃を避けながら接近する立香。
───夢幻召喚でジークフリートの力を得たジュリアン相手に生半可な攻撃は通用しない。それは立香とて良く理解していることだ。『邪を祓う冀望の星』再使用までのクールタイムがある以上、ここは高威力の近接攻撃を叩き込むのが手っ取り早い。
「だったらどうすれば良い!? てめぇらの甘ったれた綺麗事で姉さんは安らかに終われるのか!? このどん詰まりの世界は救えるのか!?」
「何!?」
英霊達の力を借り、赤い炎を纏ったシールドでジャンプアッパーを仕掛ける立香だったが、それはジュリアンのバルムンクにより相殺された。
「たとえ誰かを犠牲にする道でも、それしか方法がないなら俺はそれを選ぶっ!! だから俺はあっ!!」
クラスカードの力をさらに引き出し、竜角と竜翼を展開するジュリアン。その表情は憤怒と、諦観と、絶望と、そして執念に彩られていた。
(速いっ…!)
竜翼を開き空中戦に移行したジュリアンのスピードは、立香の想定を遥かに上回っていた。ピトスの泥と接続している都合上空間置換による転移はないと判断していたが、甘かった。今のジュリアンは、素で速い。
ジークフリートを茨の園というフィールドで相手にしているかのような錯覚が立香の焦りを助長し、反撃の精細さを奪っていく。
「これが俺とお前の力の差! 覚悟の差だ!!」
「くそっ!!」
───
戦いは続く。立香は、ジュリアンを相手に防戦一方と化していた。
落ち着けと自戒しつつ、迫りくる斬撃を捌く立香。が、細かなダメージは蓄積するばかりだ。魔力の再チャージが済んだ『邪を祓う冀望の星』で薙ぎ払うも、直撃を回避されて攻め手をひとつ見切られただけに終わった。
「おまえはさっき覚悟がどうのと語ったな! 覚悟があれば何をしても良いのか!? 何度も言う! 今のおまえはダリウスと同じだ!」
シールドから長大な魔力刃を出力し、衝撃波と共に振り下ろす。大振りな攻撃で相手の動きを誘導するつもりだったが、ジュリアンはそれを『悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファヴニール)』で受けて真正面から突撃してきた。
「な…!? …ぐ、ぅっ…!」
驚きつつもシールド防御する立香だが、攻撃がいちいち重い。筋肉が悲鳴を上げているようだ。数秒後、ガキン、という音と共に両者が距離を離す。
…立香がふと見ると、ジュリアンの表情に立香を疑うような色が乗っている。彼は戦いの中でなにかに気づいたようだった。
「…何故だ…。何故殺す気で戦おうとしない、藤丸…!」
白と蒼の鋭利かつ無機質な仮面で素顔を隠す立香に、ジュリアンが問いを投げる。
それを受けた立香は(流石にばれるか)と思いつつ、一拍置いてからヘッドセットを操作し仮面を開いた。パーツが左右にスライドし、表情を曇らせた立香の顔が露わになる。…ジュリアンはその瞳を見て、何度目かも分からないことを思った。「あれは衛宮やイリヤスフィールと同じ目つきだ」、と。
「それは……今のおまえの姿が昔のオレと似ているからだ」
「な…?」
覚えのある目つきと予想外の言葉。それに動揺するジュリアンをよそに、立香はまくし立てた。説得するなら、今をおいて他にはない。立香には不思議とその確信があった。
「オレも同じなんだよ。自分しかいないと分不相応な立場に立たされて、止まったり、逃げたりすることは許されなくて……だから、少しだけ分かるんだ! 今のおまえの気持ちが!! 闇雲に足掻いて、色々なものを失って…。けどジュリアン! その先には何もないんだ! 周囲を信用する“振り”をして独りで足掻く限り、心は永遠に救われはしない!!」
それは、紛うことなき立香の実体験だった。
例えば、カルデアに対して。「ここまではしてくれるけど/ここからはしてくれない(できない)だろう」という正負両方の信頼が転じて不信となり、小さくも決定的な壁を作っていた(その壁を認識できない程に皆必死でいっぱいいっぱいだったのも確かだが)。
例えば、サーヴァントに対して。「死者であるから」と語り壁を作る彼らのことを、立香はいつの間にか「背中を押してくれるけれど、隣で支えてはくれない人達」とカテゴライズしてしまった。クロのような例外もいてくれたのに、過酷な戦いはそれを思い返すことを許してくれなかった。
ゲーティアとの最後の戦いの後、崩壊する終局特異点の中で誰も思い出さず、縋らずに「───ちぇっ。あと少し、だったんだけどな…」で済ませたのが、立香の抱える負の信頼の極致だ。
いつしか立香は、ジャックなど一部のサーヴァントに心配される程に本当の笑顔を見せなくなっていた。笑顔の仮面と数々の騒動を楽しむ“振り”……立香は心の色彩を失い壊れかけていた。無色透明だったマシュが色彩を得て自立していく横でそんなことになっていたのは、ある種皮肉だとも言えるだろう。
けれど……それらを知ったイリヤ達との激しい言い争いの果て、立香は苦しい思いの丈をぶちまけ、最後にこう言った。
───オレには、人類最後のマスターであること以外なんの価値もない。オレの両手は血に塗れていて、誰かを守れる力もない。…でも、こんなオレだけど……サーヴァントだとかそんなの関係なく、好きな人と生きていきたい…! …だから……オレを、独りにしないで…。
こう言えたからこそ、そしてその手をイリヤ達やカーマ達が握ってくれたからこそ今の立香がある。廃人化寸前という危うい時期は日常に戻ってからもあったが、イリヤ達やカーマ達がそばにいてくれたからなんとか立ち直れた。
そして、ジュリアンは誰にも助けを求められず、心を壊しつつあったあの頃の立香に似ているのだ。だから。
「だからもう、おまえも独りで戦うのはやめろ…。支えてくれる大切な人に……その人との未来に目を向けるんだ! エインズワースの呪縛を解くための力はオレ達が貸す! パンドラだって全員で協力すればどうにかなるはずだ! だから…!」
「…ッ!! 今更何を!!」
立香の説得を振り払うようにジュリアンが叫ぶ。
「もう俺は選んだんだ!! この道を!! なら行くしかないだろうがっ!! てめぇが正しいって言うのなら! 俺に勝ってみせろっ!!」
ジュリアンの魔力がさらに高まる。渾身の一撃で仕留める気だ。
「っ! 頼む、オレに力を貸してくれ…!」
力を出し惜しみしていられる相手じゃない。己の身を疑似円卓とし、英霊達の霊基を借り受ける。立香が持つ疑似宝具の中でも最強の一撃をここで放つために。
「邪悪なる竜は失墜し…!」
「我が身器に天へ羽ばたけ…!」
ジュリアンが聖剣を掲げ、立香がその身を聖剣としてジュリアンと同じく空へ飛び上がる。
「世界は今、落陽に至る!」
「熾天使の翼!」
ジュリアンが黄昏がかった空色の魔力を迸らせ、立香が3対6枚の翼を光帯で接続・制御する。
───これで、勝負が決まる。
「撃ち落とすッ!! ───『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』!!!」
「光を受け取れッ!! 『理想遠き救世の翼(エクスカリバー・ルイン)』!!!」
黄昏の剣気と、七色の光柱に彩られた青白い光柱がぶつかり合う。互いの切り札同士の激突は、周囲の地形を今度こそ完全に破壊していった。
───そんな破壊の奔流の中、苦痛に悶えながら動く影がひとつ。
「オオオオオオッ!!!」
「なっ…!?」
…ジュリアンだ。立香目掛けて突撃してきたのだ。最早真名解放も覚束ないようだが、互いに渾身の一撃を放った直後だ。立香は明確に隙を晒している。
「だ、らァッ!!」
「くそっ…! ぐッ…!!」
振り下ろされるバルムンクをシールドでなんとか防御する。が、捨て身の特攻じみたそれを受け止めるには力が足りなかった。
「がはっ…!」
力を受け流しきれず、地面に叩きつけられる立香。…オーバーロード状態でなければ再起不能にされていたかもしれない。それ程までにジュリアンは強かった。
「ぐぅっ…」
「ハァ、ハァ、はぁ……はぁ…」
「ジュリアン…」
「これで……やっと終わる…」
ジュリアンがシュラン、という音と共にバルムンクを掲げ、柄に収められた宝玉を露出させる。なけなしの魔力を注ぎ込んだ最後の真名解放で、立香に確実なとどめを刺すために。
「…エインズワースの因縁も……俺の戦いも!! 全てがっ!!」
「…ッ!!! まだだ!!」
「!?」
立香が起死回生の一手を実行に移した。シールドから放たれた風により巻き上がる砂塵。そこから真上に飛び出したのは…。
(あれは、カーマデーヴァのヴァジュラ!?)
それは、分身体カーマの霊基情報を左掌に宿す立香だからこその秘策。そして、ヴァジュラに気を取られたその一瞬が、ジュリアンの命運を決めた。
「!!」
「まだ終わらないっ!!」
立香が足のパワーアシストを全開にし、骨が軋む程の全力で跳躍する。背中に宝具時のそれと同じ光帯を出力して高速飛翔。シールドを左手に持ち直し、上部の格納スペースから右手で一振りの剣を引き抜く。
───その剣の名は、『永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)』。聖剣の贋作を雛形にクロの愛が込められた、立香だけの聖剣。
ここまで温存されていた最後の切り札が、反応の遅れたジュリアンへと突き立てられる。『悪竜の血鎧』を貫通して左肩を抉ったそれは、そのままピトスの泥との接続を竜翼ごと盛大に貫いた。
「な、ぁ……が…!?」
傷口から広がる熱さと、ワンテンポ遅れてやってくる激痛にジュリアンが喘ぐ。
…極限まで消耗し、ピトスの泥との接続も解かれつつあるジュリアンに、もう飛ぶ術はない。
「…くそッ!!! 良くも…! …はっ…!?」
反撃しようとしたジュリアンの頭上からヴァジュラが強襲し、右半身を直撃する。
───『悪竜の血鎧』が守ったことでジュリアン自身は無傷だ。…が、激突の衝撃で体勢が崩れ、バルムンクが手から脱落。ピトスの泥との接続も、蒼炎を纏うヴァジュラの一撃で今度こそ完全に断ち切られた。
「ぁ、あぁ…!」
…ここに勝敗は決した。ジュリアンに、もう戦う力はない。
竜殺しの英雄になりきれなかった者が、落陽の如く地に墜ちていく。それを見下ろす立香に、勝利の喜びは微塵もなかった。
「ジュリアン……くっ…」
今は時間がない。とにかく、ピトスを止めてしまわなければ。立香は余韻に浸る間もなくその場を離脱した。
───そしてイリヤ達との合流後、戦いは正史のそれへ繋がっていく…。
───
雑記(追記修正するかも)
・ジュリアンについて
この世界ではクラスカード・セイバー……ジークフリートのカードを使用する(ジーク絡みの声ネタ)。
それと魔術茨棘・並列接路(スパイン・パラレルコネクション)を組み合わせ、生前のジークフリート一歩手前の宝具連射を可能とした。しかし霊基の前に身体が持たないため、実際の連射力は聖杯大戦におけるジークとほぼ同じである。それでも脅威だが。
敗北後はセイバーのカードを所持したまま最終決戦に同行。グルファクシにベアトリスとタンデムで乗り、空中からバルムンク連射をやってのけたりする想定。また、立香の『疑似宝具/人理の盾(マスター・オブ・イクス)』やクロ(FGO)の投影でゲオルギウスの『力屠る祝福の剣(アスカロン)』の力を引き出し、冤罪バルムンクをぶちかましたりもしている。
・ベアトリスの使用カードとジークフリートのカードについて
箇条書きマジックだが、結構共通点がある。
・北欧神話に縁がある(北欧神話出身の英霊と、北欧神話出身のシグルドに関連付けられることもある英霊)
・攻撃・防御・生存性能が高く頑健(ヘラクレス、マグニ、ジークフリート)