朝起きてこないのを心配して迎えに行った都市が見たのは?
——ああ、なんてことだどうしよう我らが神よ誓ってやましい事は…いえちょっとは考えておりました…しかしそれもムテスマの機嫌が少しよくなって昔のように微笑んでくれやしないかというほんの些細な可愛らしい願いです、だというのに何故このような試練を僕にお与えになるのですか——
事の始まりはひょんなこと、そういえばムテスマは今までお酒を飲んだことがないのでは?といった思い付きからだった。
彼の宗教ではお酒はダメだから無論生前は飲んだことがないだろう、そして”イスカリ”となってからもたったの一年…マスターに記録を見せてもらったがあの異聞帯ではお酒もなさそうだったので言わずもがな。
カルデアにいる彼を見ても彼の崇拝する神達の役に立てるよう真面目に鍛錬をおこなったり図書館で読書をし新たな知識を頭に詰め込み、朝昼晩に神達やここで知り合った気の合うサーヴァント達とご飯を食べその後就寝といったとてもとても健全な日々をおくっている…つまり飲んだことのない可能性が高い…
そこまで考えれば「お酒を摂取した彼を見てみたい」という欲望にいたるまでは簡単だ。
さてどうやって酔わせようか…サーヴァントはお酒に酔わないが酒吞童子の持っているお酒なら酔うことが出来るし酒精も強いと耳にしたことがある、しかし入手したとして素直に飲んでくれるとは思えない…そういえばバレンタインという丁度いいイベントがあるとマスターに聞いたしここは彼の好物を利用させてもらおう!
そうやってどうにかこうにかお酒を手に入れた僕はバレンタインという感謝の気持ちを伝える祭日を口実に手ずから作ったトリュフのチョコレートボンボンを手に就寝するために戻ってくるであろうムテスマの自室前にスタンバイ!
しばらく待っていると図書館で借りたであろう本を持ったムテスマが戻ってきた
「やあムテスマご機嫌いかがかな?」
「…お前と話すことはないし僕はムテスマじゃない何度言わせるんだ」
「まあまあニックネームみたいなものだと思ってさ」
「このやり取りも何回目だいい加減飽きてきたぞ…なんだ?今日はやけに機嫌がいいな」
「あ、わかっちゃった?今日はバレンタインだろう?感謝を伝える日って聞いてねムテスマにチョコを持ってきたんだ」
「…う、失せろと言いたいところだがチョコに罪はないからな…」
僕の口からチョコという単語が出た瞬間ムテスマの瞳がキラリと輝く
「じゃあ食べて感想を聞かせてくれないかな?初めて手作りなんてしたものでね…味見はしたけど君の口に合うか気になるんだ」
「貴様の手作りなのか?…なるほど僕は本命に渡す前の実験台といったところか、まあいいさっさと部屋に入れ」
何だか勘違いされているようだけど部屋には入れてくれるようだ、しかしチョコがあるからといって無防備すぎるんじゃないか?
僕本当に嫌われているんだろうか…復讐者としてここに呼ばれたはずのムテスマが僕を憎まない筈がないのに僕だけを憎んでくれればいいのに…
…やはり”彼”の魂を使っているからといって全く同じというわけではないんだろうどうしたら…
「おい早く部屋に入れ」
「あっごめんごめん」
ムテスマの催促にハッとした僕はムテスマの部屋へと足を踏み入れた。
「座るものがないからなベッドにでも腰掛けろ」
あまりに殺風景な部屋だったベッドの横に少し物が置けるテーブルがあるくらいだ、この部屋にはほとんど寝るためだけにしか帰ってこないのだろう、なにかするのにしても借りてきた本を読むくらいでそのくらいならばベッドの上で事足りるのが想像できた。
テーブルの上に借りてきた本と僕のチョコを置いたムテスマと横並びにベッドに腰掛ける開けられた箱の中には丹精込めて作ったお酒入りのトリュフチョコレートがお行儀よくムテスマに食べられるのを待って整列していた。
「初めて作ったという割にはきれいなものだな」
「僕のハジメテだよ大切に食べてね」
「黙れ」
ムテスマはいそいそと手袋を外し出てきた少し骨ばった指でトリュフを摘まみ上げスンと匂いを嗅ぎ変なものが入っていないと確認したのか小さな口へと押し込んだ。
「どう?」
「…不味くはないが…少し喉がひりつくんだが何が入っているんだ?唐辛子みたいな香辛料とは違いそうだが」
「おすすめされた材料を使ったから変なものは入っていない筈だけど…詳しい材料が書かれたメモはどっか置いて来ちゃったみたいだ、でも変なものを入れてないのは近くで料理してたマスターに聞けばわかるよ」
「…そうか…」
善良なマスターが証人と聞いて安心したのかトリュフを摘まむ手に遠慮がなくなってまた一つまた一つと箱の中からムテスマの口の中へと移動していく
「…?」
5個目を口にしたころだっただろうかふいにムテスマの動きが止まった。
「どうしたんだい?」
「いや…なんだかポカポカしてきて…」
顔を覗き込むと褐色の肌で目立たないが目じりの辺りがほんのり赤い、これは酔ってきたんじゃないか?
「寝る前だったんだろう?今日はいつもより疲れていて眠くなってきたんじゃないか?はやいとこ食べきってしまおうか」
「そう…だな…」
適当な事を言って食べるのを再開させるさっきよりスピードは落ちたような気がするがトリュフは順調にムテスマの口の中に消えていった。
「ムテスマ僕のチョコは美味しかったかな?」
「…うん…」
ぽやぽやしているムテスマがいつもより柔らかい声で答えた、うん…うんと言ったか…ムテスマはお酒が入ると眠くなる質のようだ、このぽやぽや具合…これはいつもツンツンしているムテスマが僕に微笑んでくれるチャンスなのではないか?
「ねえムテスっ!?」
話しかけようとしたタイミングで横にいるムテスマが僕に寄りかかってきたのだ!ここに呼ばれてから触れ合ったことなど一度もない、生前にだって抱擁をムテスマの弟に阻止されて触れ合うと言ったら手を握ったりくらいのものだった、僕の体の半分にムテスマの体温を感じる今までで一番触れ合っているのでは!?
僕が慌てていると体が支えきれないのかずるずると倒れ込んでくる、ムテスマの傷のちょっと上にある可愛い旋毛が見えた、え、旋毛かわいい髪の毛が思っていたより柔らかいねこっ毛というんだっけ
ムテスマはうにゃうにゃと口をもごもごさせて夢見心地のようだ、ついに頭は僕の膝の上に来た、頭小さくない?それなのにこんな重みが?
僕の膝の上で丁度いいポジションを探しているのかムテスマがもぞもぞと動いている、僕のふとももにムテスマがすりすりしている…いけないこれはいけないのではないか?
僕が口から呻き声しか出せないでいるとムテスマがころりと寝返りをうった…生前に会ったムテスマは僕と親子ほども年が離れていたが不思議な力によってなのかだいぶ若々しい見た目をしていた、しかし今僕の膝の上にいるムテスマは少年の姿をとっている過去のムテスマが若々しかったといえどこちらのムテスマの方が幼いのだ、滑らかな肌が見える、閉じられた瞳を見て案外まつげが長いのだと気付く、普段髪の毛に隠れがちな慎ましい耳が存在を露わにしている、つんとした鼻と普段は鋭さを主張する歯がチラチラと見える小さな口から僕の方に吐息が…この向きはヤバいのではないか?その…ムテスマの吐息が僕の僕に…というか僕の僕の前にムテスマの顔が…しかもここベッドの上だ…急に意識しだすと正直…た、勃ちそう…いやいやいやいやダメだろう!生前女関係で色々あった僕だが!流石に!幼い少年の寝込みを襲うのはいけない!しかも酔わせて襲うだなんて最低にもほどがある!耐えろ…耐えるんだ僕…
——ああ、なんてことだどうしよう我らが神よ…——