朝と残り香

朝と残り香


消えそうな程の微かな声と震えで、ルフィは目を覚ました。まだ少し眠くはあるが、耐えつつそちらに目を向けると自身の腕の中で、彼女が何か呻いていた。


「ゔ…ぁ…」

「ウタ…?」

「……ひ、ゔ…っ…ぃ、や…」

「!」


パチリ、と覚醒した意識。そのまま眠っていた間に緩くなっていた腕の力を入れ直して手繰り寄せる様にウタを抱きしめ直す。


「ヒッ…ぅあ……ご、め…なさ……」

「…ウタ、ウタ。大丈夫だぞ」


宥める様に背中を摩り、名前を呼ぶ。彼女が苦しむ原因も望みも分かってあげられない分、こうして寄り添うくらいはしてやりたい。そうして、自分の服が彼女の涙で濡れてきた辺りで少しずつウタの様子が落ち着いていく。


「……ウタ?」

「…んん……」


確認する様に鼻先を少しつついてみると小さく反応を示したが起きる気配はない。恐らくだが、もう大丈夫だろう。

まだ朝というには早いなとルフィは寝直す事にした。腕の中にいる幼馴染がこのままでは寝苦しくないかは少し気になるが彼女の手もまた、ルフィの服を掴み離さないので問題ないと思う事にした。

そうしてまた時間が過ぎ、改めて起きたルフィはウタを揺すり起こした。


「おーい、ウター…朝だぞー?メシ食いにいこうぜー?」

「ぅう……?…あれ?るふぃ……朝?」

「おう」


意識がまだ覚醒しきっていない、呂律がまだ回らない口でウタは昨夜の事を思い出しながらルフィの名を呼んだ。

ああ、そういえばルフィと中々強引な形で一緒に寝る事になったんだっけ?そこまで思い出して…ふと、ルフィが言った言葉に引っかかるものがあった。

朝…寝て起きたら普通はそうだ。何を気にする事があるだろうと考えて……


「…寝てる間に朝をむかえるの、すごいひさしぶり……」


そういえば最近の自分はどう眠らず夜を明かすかと躍起になっていた事を思い出す。それでも限界がきて、意識を失う様に眠ってしまっては、ずっと悪夢に魘されては飛び起きて……


「…こわい夢、見てた、はずなんだけど」


そうだ。今回も例外なく見ていたはず…はずだ。怖かった事も悲しかった事も覚えている……が、なんだか内容がボヤけていてよく思い出せない。

何故?と思い、隣で大きな欠伸をしている彼になんとなく聞いた。


「ねえルフィ…寝てる私に何かした?」

「んー?途中で一回起きた時に名前呼んだりはしたぞ」


嘘は言ってないが…なんとなく魘されていた事は言わなかったルフィに対してウタは首を傾げつつ、やや納得いかなそうに「そっか」と答えた。

まあ、夢を覚えてないなら、それでいい気がする。覚えていても辛いだけだ。でももし…彼のおかげで悪夢をさほど見ずに済んだとしたら


「ありがとう、ルフィ」

「うーん?よくわかんねェけど…どういたしまして」

「うん……ふふっ」


寝起き特有の緩くて、懐かしい空気に少しだけ笑みを溢していると、驚いた様な顔でルフィがウタの顔を挟んできたので、今度はウタが驚く番だった。


「ル、ルフィ?なに?」

「やーっと笑ったな!!」

「?…笑ってたでしょ?昨日も」

「ああいうのは、笑ったって言わねェ」


よく分からなかった。愛想よく出来ていたとは思わないが、昨日は久しぶりに穏やかに過ごせる時間が出来て頬が緩む事があった様に思っていた。


「昨日も言ったけど、おれはウタが元気になるまでいるからな」

「冒険はどうするの?」

「こんな状態のウタを放って冒険に行けるわけねえだろ」

「……そう、まあ、好きにしなよ」


昨日の様に拒絶したところでこうして意固地になられてはどうしようもない。ロビンの言っていた様に「諦めて助けられてしまえ」という事だ。

申し訳なさで辛くないと言えば嘘だが…あくまでもルフィの意思なら、これ以上縛るわけにもいかない。ルフィと争いたいわけでもなく強く拒絶する理由もないウタは力無く笑いながら好きにさせる事にした。


「だから、それは笑ってねェって…」

「ルフィー、ウター、起きてる?」

「!…ナミ?起きてるよ」


そんな時、部屋をノックされ、そちらを向く。声から誰か分かったウタは部屋に招くと開いたドアからひょこっと顔を見せたナミが笑いかけた。


「おお、おはようナミ」

「はい、おはよう。ウタもおはよう」

「お、おはよう…」

「朝ごはん食べに行くわよ…着替えるからルフィは部屋をさっさと出てく!!」


えー…とぶすくれながらも、大人しく部屋を出ていくルフィにまたクスクスと笑うウタにナミは内心驚きつつも仲のいい存在と一緒にいれるというのは心に良い影響を与えるのだろうと納得した。


「さて、着替えましょうか。服はこのクローゼットの中であってる?」

「え、あ、うん……わ、私が自分で選ぶよナミ」

「?…そう?」


肯定はしたものの、ナミは少し不審に思った。別にクローゼットを開けようとしたのではない。確認をしただけ……なのにまるでナミに開けさせない様な言葉選びと焦りの様なものが引っかかる。


「って言っても…あんまり種類はないんだけど…」

「基本的には清楚系?シンプル?なのが多い感じねェ……あ、それはダサいからやめなさい」

「ダ…!?」


……が、ルフィが踏み込まないと決めた以上、自分も踏み込まない。他の船員は知らないが、自分は自分に出来る関わり方をすれば良いとナミは気にしない事にした。

そんなナミと共に服を選んだウタは洗濯場に先に脱いだ服を持っていく事にして一度ナミと別れた。昨日と違い、陽の光が入る明るい廊下を、久しぶりに重くない足取りで歩く。…ふと、抱えている服の中に、昨日寝る前に羽織った上着が目に入る。


「……」


なんとはなしに少し、鼻先を埋めた。当たり前だが、自分の物特有の匂いとナミの柑橘のオイルの薄い香りが混ざっていて…その中に嗅ぎ慣れない匂いがした。確信はないが、怖い夢を見ていた時ルフィの声と、この匂いがした気がする。気がするだけなので、違うのかもしれない。


「さっさと諦めてくれないかな……無理か、ルフィだし…」


自分から「助けて」なんて言えないから、とはいえ拒絶しきることも出来ず…いっそ幼馴染が自分を諦めてくれればなとも考えては…幼い頃の時点で183回勝負を重ねた彼に諦めを求めるのは無理な話だとため息をついた。

どうしよう。そんな声を服に顔を埋めて飲み込んだ。


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