服とローの話

服とローの話

ななしのだれか

「フッフッフッ、ああ、よく似合ってるぞ、ロー」

 ハートの、“コラソン”の椅子。力無く座らせられているローの正面には。大きな姿見が置かれていた。

 レースとフリルをふんだんにあしらった白いドレスシャツは柔らかくも重く、痩せ衰えた今のローには衣服一枚すらも枷になる。輝く真珠の釦は止められておらず、露になった素肌は幾重にも切り裂かれた刺青から血が滲み、白を少しずつ赤黒く染めていく。

 下半身をぴったりと覆うのは、シャツとは正反対に硬い生地の黒いズボンだ。少し膝を曲げようとするだけで生地が軋み、ローの足を「動くな」と戒める。ズボンの表面は幾重にも金糸の刺繍が絡み合っているが、その金糸にドフラミンゴの糸が混じっているとは、本人が高らかに教えてきた。

 その金糸と絡み合うように、素足に細い鎖のアンクレットが巻き付けられる。アキレス腱を切り裂かれ、もうまともに走れない足に巻かれた鎖は、不意に生理反応で足が揺れる度、しゃらしゃらと音をたて、その度にドフラミンゴが嬉しそうに笑う。

 すっかり細くなった首には、絢爛にして繊細な彫刻が美しい、だからこそ悍ましい海楼石の首輪が嵌められていた。首輪から伸びる鎖を手綱のように握るのは、ローを飼い殺しにし続けるドフラミンゴだった。

「上から下まで職人に用意させた甲斐があった、俺好みのいい姿だ、ロー」

 機嫌良く笑い、時たま服ごとローの肌を切り裂くドフラミンゴも、御仕着せられた全く趣味ではない今の服装も、囚えられ嬲られる現状そのものも、力などとうに尽きたローにはどうでも良かった。

(……り、たい)

 感覚は外界の変化を全て閉ざし、思考はただ一つを繰り返し吐き出す。

(もう……おわりたい……)

 空の右袖が、はらりと椅子から落ちた。





「はい、ローさん。今日のコーデはこの3点!  好きなの選んでね!」

「これキャプテンが買ったきりほとんど履いてない黄色のタータンチェックのズボンなんだけど、はい! 絶対ローさんに似合うと思います!」

「俺はこっちのモヘアのセーターなんですけどどうですか? お肌に優しいし生地もほら、重たくないですよ!」

「せっかくなのでワノ国でもらったキモノ、どうです着てみません? ぜーったい似合いますって!!」

 ローの前にずらりと吊り下げられた、3種類のコーディネート。

 いつの間にか迷い込んだ、この世界――ローと麦わらの同盟がドフラミンゴを倒せた世界――のハートの海賊団クルーが、ローの為に用意してくれた服だ。仲間を守り本懐を果たした、ローなどとは違う“こちらの世界のロー”が、着てもいいと寄越した服から、こうやって毎朝3種類チョイスしてくれている。

 服を選ぶなんて、敗北し囚われ、ドフラミンゴの着せ替え人形にされてから、すっかり忘れてしまった。服装一つまともに選ぶことすらできなくなった、壊れてガラクタに成り果てたどうしようもない自分が嫌で、仕方なくて。服の山の前で動けないローなんかの為に、“こちらのクルー”が「じゃあ俺達が選んだ服から着てください!」と、助け舟を出してくれたのが、毎朝のルーティンの始まりだった。

 座るのすら難儀する程衰弱したローを“こちらのベポ”が椅子代わりに抱えて支えてくれる。本当はローのものではない柔らかく温かな体に身を委ねながら、クルー達が掲げる3種類のコーディネートに目を通す。

 ――――――本当に、俺が選んで、許されるのだろうか。

 不安と恐怖が尽きない。自分で選んだ服を着たローがドフラミンゴに見つかったらどうしようと、この世界に居場所のない愚かな自分がこんなにも赦されていいのだろうかと、失くした右腕がしくしく痛む。

 でも、“こちらの仲間”も、ローが守れなかった仲間と変わらず、優しくて、あたたかくて、たいせつで、だから。

「え、っと……じゃあ、………………これに、する」

 今日も震える指を向けて、ローは、自分の服を選ぶ。




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