有馬かなの華麗なる夕食
重曹ちゃん視点はいどーも。皆さんご存知、今季月9主演女優で4.86秒で泣ける天才女優こと有馬かなよ。何でそんなに時間が正確かって?今日の収録で測らされたからよ、バーカ。
もうマジ最悪。あの収録、アーくんとあか…黒川あかねの復縁放送から一年が経った。当時の私は自分の中で折り合いを付けた恋心と改めて向き直る必要があって、まぁ聞こえはいいけどやった事はやけ酒と酔った勢いでのビデオレターだけなんだけど。放送後は予想通り炎上はした、なら火消しなり謹慎なりしたのかと言うとそうじゃない。仕事が増えた。それはもうドバッとね。
きっかけは元から確かにあった。B小町チャンネルだと基本私がイジられてたし、酔って口を滑らせた面白女、ってレッテルはさぞ遊び甲斐があるんでしょうね。
まぁ悪い気はしない。ミヤコさんが女優業を前提に仕事を回してくれるから本業が疎かになる事はない。それにバラエティーに出るようになって人気が出た、ぶっちゃけアイドル時代よりもね。まぁ当たり前なのよね、アイドル時代はファン層なんて限られるし、小役時代もそうだけど役者って役と同一視されやすいし。素人目でも分かる私の泣き演技とイジリやすさ、この二つで私の人気は確固たるものとなった。
けど今日の収録はない。あり得ない!地上波ゴールデンの番宣ゲストと聞いてかなり気楽だったのに。いざ打ち合わせをしたら『元10秒で泣ける天才子役、今何秒で泣けるの?』って何この企画!?番宣ゲストに1コーナー預けんじゃないわよ。まぁでも演技で評価されているのはマシなのでやってやったわ。予想よりも盛り上がってくれたのは嬉しい、けど私の演技は宴会芸じゃないんだからね。
と、愚痴を吐きつつ訪れたのは私が所属する事務所である苺プロ。ミヤコさんに出しとけって催促された書類を提出しに来たってのに当の本人はいないじゃない。このまま適当に出して帰るか?一応大事な書類だしなぁ…と困っていると後ろから声を掛けられた。聞き間違うはずもない、私の人生を全て狂わせた男の声。
「書類の提出だろ?ミヤコさんから聞いてるよ。俺が渡しとく」
星野アクア、アーくん。私の初恋を奪い、アイドルの道へ連れて行き…と書いてたら長くなるのでここでは省略する。
「そ、ならお願いするわ。というか今日ミヤコさんいないの?一応確認はしたはずなんだけど」
「アクシデントだそうだ。ルビーの収録が延びて次の現場と被ったとかで駆り出されてる」
「それはご愁傷様ね」
私が知らない所で相当な修羅場が起きてるらしい、けど正直関心はなかった。同僚と社長の心配よりも空腹が優先されたからだ。お昼食べ損ねたのよね、と考えてるとキューッといった小さな音がした。一瞬だけ何の音か分からなかったけど、自分の身体から出た音なのだからすぐに気付いて。聞かれた恥ずかしさで顔が熱くなる。
「い、今の聞いてないわよね!?あんたは何も聞いてない!!いい!!?」
「…夕食食べるか?と言っても俺の家でだけど」
お腹の音を聞かれたのは恥ずかしいが、誘われたのは嬉しい誤算だ。けど家かぁ…家に誘われたの初めてじゃない、何度かある。最初はアーくんの手料理!?なんて浮き足立ったけど、こういう時は大体決まっているのよね。
「どうせあいつが作ってるんでしょ?私を誘う前に人を誘えるぐらい料理があるか聞きなさい。前それで怒られてたじゃない」
「あぁそうだな。悪い、今聞いてみる」
そう言って電話を掛けている相手、私の初恋相手を奪い去った女、黒川あかねだ。復縁放送から本当に距離が近くなったようで、アーくんが家で一人の時は大体作りに行ってるらしい。何度か食べさせてもらったけどめちゃくちゃ美味しい。別に味は普通なのに丁寧で、相手を思って作った料理はお店のご飯みたいに美味しく感じた。
そんな恋敵である黒川あかねの事が嫌いかって?…まぁ嫌いじゃない。嘘、友人として好きだしかなり仲の良い方だと思う。そもそも馬が合うに決まってるんだ。お互い役者で仕事に対して不満があれば演出に口を出すほどストイックで。子役時代は同業なのにファンみたいでいけ好かないと、再会時はアーくん関連で嫌わなきゃと思って。ただ復縁放送以降話してみたら普通にいい子なのよね。今では二人で遊びに行くこともあるし名前で、あかねって呼ぶようにもなった。
じゃあ何で心の中では黒川あかねって呼んでるかって?そんなの何か負けた気がするから。別に勝負ってわけじゃないけど、心の底まで絆されるのは…嫌じゃない?
そんなこんなで許可が取れたアーくんと一緒に家まで向かっている。黒川あかねの好きな所の一つはアーくん関連だ。正直、ざまあみろと笑いたくなるぐらい尻に敷かれてる。前も私に夕食を食べないかって誘ったものの黒川あかねには伝えてなかったようで。あーあれは傑作だった、料理は簡単に増えないんだよって叱られて反省する姿は今でも笑える。思い出し笑いを堪えていると、気付けば彼の家に着いていた。
「ただいま」
「おかえりアクアくん。それにいらっしゃい、かなちゃん」
「お邪魔するわ、久しぶりねあかね。最近どう?」
出迎えてくれた黒川あかねは復縁以降魅力が増したと評判だ。恋する乙女は何とやらってことかしら?馬鹿らし。
アーくんが着替えてる間に夕食の準備をするそうなので手伝う。夕食は匂いで分かっていたがカレーのようだ。なるほどね、カレーなら私の分くらいは用意出来るわけと。
「ルビーちゃんが帰ってくるかなってお米を多めに炊いてて良かったよ。あ、そうだ。かなちゃん辛いの大丈夫?」
「常識的な範囲なら大丈夫だけど、もしかしてあいつ激辛好きとか?」
「ううん。その逆」
って言いながら今日使ったルーの箱を見せてきた。まさかと思って見ればそこには甘口の文字。甘口、甘口ってと笑いそうになる。
「甘口!?あいつあの性格で甘口!!?」
「そうなんだよ〜家では甘口がいいみたい」
「「可愛い〜〜」」
「うるせーな。冷める前に食べろよ」
話を聞いていたのか、甘口と笑われて不貞腐れてるアーくんがやって来た。別に甘口が悪いって訳じゃないけど、流石に面白すぎるでしょ。
その後は普通にみんなでカレーを食べた。近況報告したり、あのドラマ見たとかそんなくだらない話。まぁでもアーくんだけはさっきの会話を引きずってたみたいで。
「辛いのが食べれないって訳じゃない。ただ辛さってのは味覚じゃなく痛覚なんだ。それならあかねのカレーを味わうのに不必要な辛味はいらないだろ」
「はいはいありがと。おかわりいる?」
黒川あかねに対して接するアーくんは少し子どもっぽい。子どもの頃から大人みたいな、異端なあいつを知ってるから嬉しくて。けど私には絶対しないそんな態度が、悲しくて。
食事が終わったから皿洗いぐらいはすると伝えたけど、呼んだの俺だと断られてしまった。どうやら料理は黒川あかね、皿洗いはアーくんらしい。まぁこれは前から変わってないだけか。けど黒川あかねは皿洗いをするアーくんの横にいて、たまに手伝ってるんだから共同作業なのではと思う。そんな二人が幸せそうで、来る途中で買った苺アイスより甘酸っぱくて。
悲しくないと言えば嘘になる。どうせ私は初恋を拗らせてるんだから。けど、嫉妬なんて微塵もなかった。私を救ってくれた友人と同業で相談も出来る友人二人の仲睦まじい姿を祝福出来ないほど、私の器は小さくないから。
雑談して、テレビを見て、お暇するかってタクシーを呼んで、帰る。いつもと変わらないそんな日々。次いつ会えるかしら?月9ドラマが終わっても次は映画の撮影だ。またご飯を頂けるのはずっと先かもしれない。いや彼氏が出来たら流石にダメか?彼女持ちとはいえ、男と一緒にいるのは嫌だろうし。まぁでも、そんな事で束縛するような男がアーくんより魅力的なわけないか。
タクシーの中で一人考える。子役時代の、私こそが一番だって黄金期の私が今を見たらなんて言うか。演技をして、バラエティーなんかに呼ばれて、友達と遊んで、仕事が無い時はとにかく暇で、忙しい時は目が回るほど忙しい、そんな一般的で特殊な日々。…答えは分かりきってる、間違いなくこう言うでしょね。
あり得ない。マジさいあく、マジさいあくって。