月雪ミヤコの誕生日祝い
『誕生日ぃ? そりゃあ祝ってくれたら嬉しいとは思うけどさぁ。それ敢えてやること?』
『そうだぞ。私たちはSRTに入ったエリートだ。浮ついたイベントなんかに現を抜かすような間抜けじゃない』
『あう……そもそも誕生日を覚えててもらったことがありません』
『……でも、私たちはRABBIT小隊です。FOX小隊の先輩方も言っていました。小隊は一蓮托生であり家族も同然だ、と。こうして小隊として纏められているのは、ただの指揮系統の問題ではなく、厳しい訓練を積んだ仲間として連帯感を養うためだ、と。なら家族の誕生日くらいは、祝っても良いのではないでしょうか?』
『……くひひ、ああ~物は言いようだねぇ』
『チッ、それくらい言われなくてもわかっている。教範の五誓にだって至誠に悖るなかれ、と書いてある。やらないとは言っていない』
『お、お祝いしてもらえるんですか?』
『はい、みんなでお祝いしましょう。私は1月7日です』
『あたしは9月13日。豪勢なお祝い期待してるよ~。巡航ミサイルがいいな』
『モエ、流石にできるわけないじゃないですか。でも考えておきます。ミユ、貴女は?』
『し、7月12日』
『もうすぐですね。サキはいつです?』
『……』
『サキ?』
『…………4月9日』
『とっくに終わってるじゃないですか。なんで言わなかったんです?』
『し、仕方ないだろう! SRTに入って毎日覚えることだらけで、誕生日なんて忘れてたんだよ!』
『それは……その通りです。入学して間もない時期でしたしね。なら別の日にやり直しますよ』
『……いいのか?』
『これはRABBIT小隊隊長の命令です』
『……そうか、命令なら仕方ないな。うん、仕方ないから従ってやる』
『その代わり、私の誕生日もお願いしますね。この中では一番最後ですから、期待しています』
『ああ、任せろ!』
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――どうして、こうなったんだろうか?
月雪ミヤコはぐしゃぐしゃになったケーキの箱を見つめて、ぼんやりと思った。
ミヤコ率いるRABBIT小隊がアビドスに来てからしばらく経つ。
RABBIT小隊としてのアビドス治安維持活動、対策委員会の食事の世話、ホシノの課すハード訓練など、激動の日々を過ごしていたミヤコだったが、つい先日ホシノが誕生日であったことを知った。
私ももうすぐ誕生日だ、と日付を見てミヤコは気付いてしまった。
だからこうして、ケーキを用意した。
アビドスにミヤコの食べられるケーキ屋などなかったから、結局自作することになったが。
忘れていたとしても、おめでとうの一言くらいは言ってくれると思ったから。
『何だこれ、ケーキ? まっず』
『くひひ、美味しくないケーキなんていらないよねぇ。……そうだ! 的当てしようよ。中心に当てたら10点』
『……』
サキには叩き落とされ、モエには箱ごと撃たれた。ミユは一瞥もしなかった。
潰れた箱を拾い上げて立ち去るミヤコに、RABBIT小隊の面々は不思議そうな顔をしたものの、すぐに忘れて砂糖の事だけを考えるようになった。
サキの持つ分厚い教範を火種にして燃やし、出来立ての火傷しそうに熱い砂糖を味わうのが、今の彼女たちのマイブームだったからだ。
「どうして……」
「あ、いたいた~。ミヤコちゃん」
暗く沈むミヤコとは対照的に、のんびりとした明るい声が誰もいない廊下に響く。
「ハナコちゃんから聞いたよ~。ミヤコちゃん今日誕生日なんだって? 言ってよそういうことはさぁ。ヒナちゃんも珍しく砂糖なしのご馳走作ってるし、出遅れたせいでおじさんプレゼントとか何も用意できてない、し……何があった?」
「ホシノ、さん……あなたの、お前のせいだ!」
もう食べられないケーキが手から滑り落ち、再度ぐしゃりと音を立てて潰れる。
限界を超えてしまったミヤコはそれにすら気付かず、あらん限りの罵声をホシノに浴びせた。
「この●●が、お前なんて〇んでしまえ! お前のせいで◆◆や▲▲や××があんなことになった。〇ね。●す、絶対に×さない!」
「……そう」
ホシノは地面に落ちた箱を拾い、こじ開けて中身を見た。
元は綺麗にデコレーションされていたであろうそれは、今や無残に形が崩れ、出来の悪い粘土細工のような有様だった。
ホシノは指先で少し掬って口に含む。
「うん、美味しい」
「何を、バカなことを……味もわからないくせに」
「うーん、確かに甘味は感じられないんだけどさ。その代わりおじさん、触覚は鋭敏なわけ。だからクリームの舌触りとか、スポンジの焼き加減だとか、そういったことはちゃんと分かるんだ~。……だからさ、おじさんには作れないこのケーキが、どれだけ丁寧に作られたかなんて一目瞭然なんだよねぇ。いや、この場合は一食瞭然っていうべき?」
そういいながらホシノはパクパクと食べ進める。
時折ジャリ、という砂を噛む音が漏れるが、気にせずホシノは嚥下していく。
ミヤコは一言も発せず、それを見つめていた。
元から大きくなかったケーキの残骸は、数分で全てホシノの胃に入ることになった。
「ふう、ご馳走様……あ、ヤバ、全部食べちゃった。ごめんねぇミヤコちゃん、あとで埋め合わせするからさ~」
「なんで」
「ん?」
「なんで、こんなひどいことをするんですか」
ミヤコの呆然と開いた口から、零れるように声が漏れる。
「悪人なのに、私たちをめちゃくちゃにした張本人なのに、恨まれてしかるべきなのに、前に私が渋々作った料理は微妙そうな顔して食べてたのに……どうして今更、嬉しくなるようなことをするの? ひどい」
堰を切ったように恨み言が出てくるミヤコを、ホシノは一言も反論することなく、静かに頷きながら聞いていた。
「ミヤコちゃんの言う事はいちいちご尤もだよ。おじさんは確かに悪人だし、キヴォトスをめちゃくちゃにした張本人だし、皆から恨まれてしかるべきだ。せっかく作ってくれたご飯を微妙扱いしたのは……うん、さすがに悪いことしたと思ったよ。そこはごめんね?」
ホシノは頬を書きながら、指折り悪行を数えていく。
なるほど確かに大悪党だ。
「でもミヤコちゃん、前にも言ったね? おじさんは悪魔かもしれないけど、誕生日だってあるしセンチメンタルな気分になることもある。悪魔だから自分の事を棚に上げて、恥知らずにも他人の誕生日を祝っても良いか、と思うこともあるんだよ~」
「……わ、私は、SRTで」
「うん」
「RABBIT小隊の隊長で、アビドスには仕方なく協力させられているだけです」
「うん」
「ホシノさん、貴女のことが嫌いです。ハナコさんもヒナさんも大嫌いです。砂糖なんてものに操られているおぞましい集団としか思えないです」
「うん」
「今アビドスに所属しているのはRABBIT小隊を助けるためで、貴女たちのために働いたりしているわけではないです。いつか必ず反逆します。絶対に赦すつもりはありません」
「うん」
「そんな、そんな私が……」
「うん、そうだね……でもさ、それがミヤコちゃんが生まれてきたことを祝ってあげたい、と思ってはいけない事にはならないよね?」
「~~~~~~っ!!」
反論の言葉が言葉にならず、幼児のように地団太を踏むミヤコに、ホシノは続ける。
「ミヤコちゃん、16歳の誕生日おめでとう」
「……ホシノさん、そういうところですよ。やはり貴女は、悪魔だ」
こんなに耳を傾けたくなる甘い誘惑は、悪魔でしかありえない。
でも今だけ、今だけは話に乗ってやろうじゃないか。
ホシノだって以前言っていた。
どれだけ腹の底で怒っていようと、表に出さないようにするのだって訓練だと。
ならお望み通り、そう振る舞ってやればいい。
「ありがとう、ございます……嬉しい」
嫌いな人間に祝われたって、嬉しいはずがないのだから。
こうして笑みが浮かんでしまうのも、きっとただの訓練だから仕方のないことなのだ。