月光花
・クロスオーバー注意
ドサリと、ベッドに倒れ込んだ音がやけに大きく聞こえた。
手には新聞、定期的に物資を運びに来る船で買っているのを譲ってもらっている。
一面にはでかでかと「政府の玄関陥落!?」の文字。
加えて麦わら帽子を被ったあいつ。
記憶にある姿よりも逞しく成長した幼馴染。
新聞を読んで分かった事は一つ、ルフィは順調に海賊として名を挙げているらしい。
「ハァ……」
対して私はどうだ。
ゴードンと二人きり、まるで牢獄のように島から一歩も出ず。
いつか来る日の為に音楽のレッスンを行ってはいるものの、そんな日が本当にやって来るのかどうか分からない。
こうしている間にも、ルフィは新時代を創るべく前へ前へと進んで行るというのに。
私はそんなルフィの背を見るだけ、追いつく事も追い抜く事も、一緒に走らせてもらう事すら許されない。
改めて、私を捨てたあいつらへの怒りが湧く。
やがてその怒りは、無関係のあいつにも…。
「……あーやめやめ。良くないって、こんなの」
ルフィは何も悪い事をしていない。
怒りや恨みをぶつけるのは逆恨みにも程がある。
私自身、負の感情の矛先をルフィに向けるなんてしたいとは思わないのだ。
だからもう、この件に関しては考えないようにする。
「…お腹空いた」
イライラしたせいだろうか、空腹を訴える音が自分のお腹から聞こえた。
少し早いがゴードンに頼んで夕食にしてもらおう。
お腹が膨れればきっと、この嫌な感情も少しは忘れられるはず。
「遠いなぁ」
部屋を出てゴードンの元へ行く途中、私は何となしに呟いた。
ついさっき考えないようにしようと決めたばかりなのに、頭に浮かぶのはルフィのことばかり。
最初に会った時は生意気にも噛み付いて来るガキンチョで、徐々に負けず嫌いだけど一緒にいて楽しい友達になって。
どっちが先に夢の果てへ到達するかを競うライバルになって。
でも現実を見たらライバルだなんてとてもじゃないけど口にはできない。
広い海へ飛び出したルフィ、廃都となった島で燻り続ける私。
スタート地点は同じフーシャ村でも、ここまで差を付けられるとは思わなかった。
「…遠い、なぁ……」
新聞にはルフィとその仲間達の手配書も挟まっていた。
写真を見ると個性的な面子がズラリと並び、一緒に冒険したら楽しいんだろうなぁなんて思いも浮かぶ。
きっと彼らは皆、ルフィに強く惹かれた人達なんだろう。
あいつはそういう奴だ。
無鉄砲なガキンチョに見せかけて、強く人を惹き付ける不思議な何かを持つ。
言うなれば、そう、太陽のような男だろうか。
だからきっと、シャンクスだってルフィに帽子を――
「だからやめなんだって…」
再び良くない方へ行きそうになった自分に、つい苦笑いする。
もういい加減に頭の中をリセットしよう。
ルフィはルフィ、私は私だ。
それにもしかしたら、そう遠くない内に私があっという間にルフィを追い抜くかもしれないのだし。
なんて、散々あいつを煽っていた癖に私の方が負け惜しみを思い浮かべている。
そんな自分が、無性に惨めだった。
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その日夢を見た。
夢の中で私は何も身に纏っていない。
耳に付けていたヘッドホンすら無く、解けた髪が剥き出しの肌へ触れる。
慌てて両腕を駆使し、胸と大事な部分を隠したけど周りは私に見向きもしない。
もしかして見えていないのかなと思ったら案の定そうだった。
羞恥はあれど認識されていないなら隠す意味も無いので、結果すっぽんぽんで夢の世界にいる私という何とも言えない光景が出来上がったのである。
それはともかく、何とも奇妙な夢だ。
見える景色は知らないものばかり、現れる人も知らない人ばかり。
今まで、あいつらに捨てられた日を夢で見た事はある。
でもこんな夢は初めてだ。
私の目の前では、男の子が二人仲良く遊んでいる。
髪型や着ている服こそ違うものの、顔は瓜二つ。
きっと双子だろう男の子の内、片方が父親らしき男に殴り飛ばされた。
「なっ!?」
思わず手を伸ばしたけど、私の手は彼らの体をすり抜けるばかり。
私は殴られた男の子が一方的な叱責を受けるのを、ただ見ていることしか出来なかった。
場面が変わる。
そこは部屋だった。
狭く薄暗い、大人だろうと不安を覚えるような部屋に男の子がいる。
さっきの殴られた子とは別の、もう一人の方だ。
どうしてこんな部屋にいるんだろう、あの父親が閉じ込めたのか。
控えめに言っても最低な印象を抱いた男への怒りを抱いていると、柵の嵌められた窓から殴られた男の子がこっそり顔を出した。
手には何かを持っており、それを部屋にいる男の子に手渡し、にっこりと微笑む。
殴られた頬が痛々しく腫れているのに、相手を安心させてあげるように笑ったのだ。
「良い子、なんだね」
詳しい事情は分からないけど、それだけは間違いない。
場面が変わる。
そこには死が溢れていた。
誰も彼もが必死に戦い、全てが無意味とばかりに蹴散らされる。
屈強な男の人達が次から次へと殺される。
思ってもみなかった血生臭い光景に、私は悲鳴を上げて青褪めるばかり。
「あ、あれ…?あの人……」
ほとんどが殺される中、最後に残った男の人。
その顔にどこか見覚えがある。
赤髪海賊団の船員でも無いし、フーシャ村にいた大人でも、エレジアで出会った人でもない。
一体誰だろうと不思議に思い、やがてハッと気づく。
さっき見た、父親に殴られたあの男の子。
彼の面影がある。
ということは男の子が成長した姿なのかと考えている間に、男の人は殺されそうになり、
彼の前に剣士が現れた。
剣士は一瞬で殺そうとしていた奴を斬り、男の人に頭を下げている。
男の人は何が何だか分からない顔だ。
多分私も同じような表情をしている事だろう。
と、そこで剣士もどこか見覚えのある顔だと気付いた。
「もしかして、さっきの……」
そうだ、男の子はもう一人いた。
狭い部屋に閉じ込められていたあの子が成長したのが、剣士なのだろうか。
場面が変わる。
そこは屋根の上だった。
月に照らされて、二人の男の姿が浮かび上がる。
一人はさっきも見た男の人。
これまで無かった筈の、まるで炎のようにも見える痣が顔にある。
もう一人は見た事のない男。
綺麗な顔をしているけど、どうしてか私は好きになれない。
男からの提案を受け、男の人は跪く。
その光景が、私には酷く不吉なものとしか映らなかった。
場面が変わる。
そこには怒りがあった。
そこには悲しみがあった。
そこは殺意で満ち溢れていた。
男の人達が剣を振るい、殺し合っている。
傷だらけの人が叫び、盲目らしい人が奮い立たせ、二人の男の子の命が消えかかり、
そして、異形の剣士が死を振り撒く。
誰がどう見たって、人間ではない貌。
でも私は、剣士の正体があの男の人だとすぐに分かった。
「どうして……?」
呟きに込められた思いがどんなものか、私自身にも分からない。
私が見ている前で剣士が首を斬られ、でもすぐ元通りになった。
これまで以上に化け物と呼ばれるだろう姿へと変貌して。
だけど私がその姿を見て真っ先に抱いたのは恐怖ではなく、何故か悲しみだった。
男の人を暴風と鉄球が襲い、体が崩れていく。
やがて残ったのは――
場面が変わる。
光が、遥か高くにあった。
焼き潰される程の輝きを放つ光へ手を伸ばす。
やがて光は、太陽は私の目の前へと…………
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「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!??!」
自分の絶叫で飛び起きた私は、慌てて周囲を見回す。
いつもと何ら変わらない自分の部屋。
まだ夜明け前らしく、朝日の輝きは存在しない。
「はぁ…はぁ…」
荒い呼吸を繰り返し、五月蠅いくらいに鳴り響く心臓を落ち着かせようとする。
嫌な夢を見るのは初めてではないが、こんな風になったのは初の事。
一体全体あの夢は何だったのか、皆目見当が付かない。
「ウタ!大丈夫か!?」
少しずつだが落ち着いて来たタイミングで、部屋のドアが勢いよく開かれた。
私の悲鳴はゴードンの部屋にまで届いたらしい。
サングラスで目は隠されているけど、焦りがこれでもかと顔に浮かんでいる。
余計な心配させてしまい申し訳ない。
「あはは…大丈夫だよ。ちょっと怖い夢を見ちゃっただけだから」
「そ、そうか?大丈夫なら良いが……」
「心配し過ぎだって。それより、慌ててるからって女の子の部屋に飛び込んじゃいけないんだー」
「あ、す、すまない…。すぐに出て行――」
わざと冗談めかして言うとゴードンは本気に受け取ったらしい。
気まずいというか、恥ずかし気に視線を泳がせる姿が何だかおかしかった。
そのまま部屋を出ようとして、不意に動きを止め部屋の一点を見つめ出す。
「ゴードン?」
突然の奇妙な行動に首を傾げ、私も釣られて同じ方へと視線を動かしてみる。
「えっ?」
部屋の隅、窓から差し込む月の光がソレの姿を照らし出す。
私は、紫と黒の変わった服に見覚えがある。
私は、額と顎に浮かび上がった炎に似た痣に見覚えがある。
私は、腰に差した細い剣に見覚えがある。
こちらを見つめる六つの眼に、私は見覚えがあった。
「どこだ……ここは……私は……何故……」
呟く言葉に籠められたのは、隠す気も無い困惑。
男の疑問に対する答えを私もゴードンも持ち合わせておらず、ただ呆然と沈黙を返すしかできなかった。
続かない