月ノミゾ知ル。
おれこと高校生退魔師トラファルガー・ローは、怪異が見えるし聞こえるが補助道具なしに触れることはできない上に怪異を寄せやすいという面倒な体質である。
幼少期はその体質故に強い怪異に追いかけられ怖い目にもあったが、お陰で今なお恩人と慕うちょっと…否、大分ドジなのがたまにキズだかとても優しい大好きな人に出会えたし、彼の養父が退魔師であったため自分以上に怪異を引き寄せやすいが耐性がない家族や恩人を守る力を得られた事は幸運だったと思う。
しかし、いくら怪異を払う力を得たからと言って寄せやすい体質は変わらず、業務中は囮としてその身を使うという使い方をしているが得物が得物な都合上、オフの時に遭遇して放っては置けないが公衆の面前で払うより引き連れて行って人気がない場所で祓う方が安全な低級怪異を10体20体も惹き連れていては流石に疲労もする。
そうしてそういう時に限って
「ようトラ男!おめー、すげェいっぱい引っ付けてんなぁ。重くねェのか?」
普段たくさんの人を惹きつける太陽は眩しいくらいの明るさで怪異による重苦しさを全部ぶっ飛ばしていくのだ。
「すまん麦わら屋。正直おれ一人でも全然余裕で祓えたがお前が通りがかって助かった」
事務所で自分の分のブラックコーヒーのついでに淹れたもはやコーヒー牛乳と称するレベルでミルクと砂糖とぶち込んだカフェオレをうんうん唸りながら報告書と睨めっこしている麦わら屋の前に置く。
「しししっ、今日はいつもに増してくっつけたからな。おっ、コーヒーうめぇー!」
ソファーの隣におれが座ると同時に牛乳の入れ過ぎで温くなったコーヒー牛乳もどきを目を輝かせながら一気に飲み干し、牛乳ひげを作りながらぷはぁーと一息つく本当に同い年なのかたまに疑問に思うほど子供っぽい仕草をする麦わらを見て口角が上がるのを自覚する。
この男の隣は居心地がいい。生きた対怪異向け空気清浄機と称されるほどの浄化能力というのももちろんあるが、それだけではなく純粋に人柄も隣にいて心地よいのだ。
そんなことを考えながらカリカリと自分の報告書に筆を走らせていると右の肩が重くなる。隣を見ると報告書に大きな横線を引きながら麦わら屋が肩に頭を預けて寝落ちしていた。
起こすか迷ったが、あどけない寝顔に上司も戻らないし同僚も休みで二人だけだから報告書は今日の礼に手伝ってやることにして少しくらい寝かせておいてやるかとブランケットを取りに離席しようとすると服の袖がペンを持つ手と逆の手で掴まれている。
そのことに気づいた時胸の奥の方カッと熱くなった。
麦わら屋は存外寂しがり屋なところがある。そんな折に偶然、たまたま隣にいたのが自分だけだったからだ。
そんな事はわかっているが全てを照らす太陽がおれだけに縋っているという事実に脳味噌がクラクラして気が付いたら黙って目を瞑っていれば存外整っている顔の、薄く開いた唇に己のそれを重ねていた。
「っは…甘ったりィ…」
ファーストキスの味はレモンの味がするなんて嘘っぱちだったんだなとどうでもいいことがよぎるあたりやはり今のおれの頭は沸いるとしか思えない。だが、コーヒー牛乳味の唇に触れた瞬間の胸の高鳴りは、きっとこの感覚は、家族やコラさんに対する大好きという感情とは別の愛おしさは、きっと恋というものなのだろうと自覚してしまった。
明日からどんな顔をしてこいつに会えばいいんだとソファーに座り直し頭を抱える。
そんな秘め事を、事務所の窓の外から登りたての月だけが見ていた。