月の葬列

 月の葬列



・ロレンツィオがショタというかスナッフィーさんに拾われた直後ぐらい。

・コレジャナイ感が凄いし誰だこいつら

・本当に何でも許せる方向け


 

潔世一の膝に抱き着いて眠るロレンツィオに安堵する。急にロレンツィオが子供になったと聞いて、慌てて様子を見に行けば拾った直後の手負いの獣の時代だったからだ。急に見知らぬ人間に囲まれて多大なストレスを感じたのだろう、近づくのも一苦労でオレの服を放さなくなった。

「あ、スナッフィーとロレンツィオ。今からお茶するんですが、キンツバ食べます?」

「…?」

「潔世一、ヨイチ=イサギかな?甘いの好き?」

「…」

「ありがとう。貰うよ」

すげえなコイツ何にも動じてねえと思いつつ、茶と茶菓子だけ貰おうとすると、ロレンツィオが潔世一の裾を掴んだ。

「オレも同席して良いの?」

「…」

「嬉しいよ、ありがとう。スナッフィーの許可貰えたらな」

「良いよ」

どうやって会話してんだろうかと思いつつ、ある意味でありがたかった。今夜は、空が明るい日だから。ある意味で手探りで向き合っていた当時と違い、余裕があるうえでロレンツィオの幼い姿を見ると、様々なことを連動して思い出してしまう。

茶会は終始ロレンツィオは黙ったままだったが、潔世一があっけらかんと話を続けた。ロレンツィオから意識を反らすことなく、しかして意識しすぎることも無理に意見を述べさせようとすることもなく、穏やかに茶会は続いた。

試合中の雰囲気どこ行ったと言わんばかりのホンワカした空気に、ロレンツィオも警戒心を解いたのか、いつの間にか潔世一の膝を枕に眠っていた。ぼんやりと、それを見ていると、頬を伝う感触がした。動けない彼からティッシュを渡されて、苦笑する。

「…聞かないのか?」

「聞かれたいのなら」

ロレンツィオが存在を受け入れているからだろうか、それとも雰囲気に酔ってしまったのだろうか、気が緩んでいるからだろうか、誰にも明かす気がなかった胸中を、零しても良いのだと思えたのは。

「満月が、苦手なんだ」

静かに、つらつらと口から言葉がこぼれる。こちらを見ずとも、静かに受け止められているのが分かる。

明るい月を見ると、アイツを思い出す。自己研鑽や研究では何度も過去の映像を見ているし、笑顔も記憶しているのに、どうしてか、ふと瞼の裏に映るのはこと切れて物言わぬ骸となった彼だけ。忘れる気はないが、どうせなら笑った姿の方を思い出したいのに。何故か最期の姿が思い出されてしまう。

「笑っちまうだろ?」

「まさか」

憐れみでもなく、嘲笑でもなく、まるで、オレを、オレ達を慈しむように、オレの狡さを分かった上で、許すも許さないもないような淡々とした口調で、まるで当然を語るように、言葉を紡いだ。

「偲んでいるんですよ、貴方の大切な友人を。羨ましいぐらいに、果報な友人を得ていますね」

忘れたくないから、思い出しているんでしょう。大事で大切で、失うことは魂を半分引き裂かれるような、素敵な方を。

「オレは会ったことはありませんから自分の意見ですが。確かにこの世界で生きていたことを覚えててもらえ、大切に偲ばれることは嬉しいと思いますよ」

「…忘れないことは女々しいんじゃないか?」

「何故?メディア越しに見るような全く見知らぬ他人ならともかく、目の前の貴方の一部のような存在を、数多の灰燼のように扱う理由がオレにはないですよ。それに、誰かに言われて忘れられるような存在なら、その人にとってはその程度だったというだけなのでは?」

「ロレンツィオを代わりにしていると言っても?」

「それの何が問題で?」

案外、冷たい切り替えしに目を瞬いた。自分は、謗られたかったのだろうかとぼんやりと考える。

「他人同士が家族になるなんて、切っ掛けが打算でも愛でも何でもいいんですよ。関係があるだけで家族に成れるわけじゃない。共に培った時間が関係を作る」

腹をくくれとも、忘れろとも、ロレンツィオが可哀そうだとは思わないかとも、口にされなかった。忘れなくてよい、偲んだままで良い、脳裏によぎるのが彼の最期の姿であることに、罪悪感を抱く必要なんてない。

(ああ、そうか)

すとん、と腑に落ちた。自分は忘れたくなかったのだ、彼がまだ自分の中に生きていることを。どれだけ周囲に揶揄されても、故意か無意識か自分を上げるために彼を下げる声を聴き続け来ても、反論しなかった卑怯な自分が、それでも忘れる気はないと彼との夢を抱えて走り続けてきた自分が、報われた気がした。

ふと、天井を見る。明日は満月のはずだ。窓のないこの監獄は外部から切り離され、何処か揺り籠のように独特の時間が流れる。それは進化と変異と、それに伴う気持ちの変容の許容を赦す。ならば、あやかっても良いだろう。

 監獄で起きる様々な化学反応の中で一際鮮烈なのが目の前の優しくて冷徹な青年だ。流石ミスターブルーロックと言われるだけはある。何故か本人の自覚は薄いが。

「明日は久しぶりに満月を見ようか」

不思議と自然に、何故か満月を見たらミックの豪快な笑みと、明るく自分の名を呼ぶ声を思い浮かべることができると確信できたから。

(代わりにする気はない)

ロレンツィオに逢えた時点で、自分はすでに進んでいた。それでも、ロレンツィオを家族としたことで色々と救われたこともある。ロレンツィオに向き合うことで、自分と向き合う時間も取れたのだろう。それに気づいていなかったことで、澱みがあると認識していた。案外、自分の事は自分が一番理解できないのかもしれない。

「ありがとう」

オレと出会ってくれて。

 

 

 

ちょっとした追記

 

「そういやあ、日本では月を見て愛を告げるんだろ?」

「夏目漱石ですか?そうですね」

「だあー。月が綺麗ですねって奴?日本人て奥ゆかしいよなあ」

「そういえば、監獄内だと月が見えないのに綺麗って言うやつが何人かいるんで、月が恋しいばかりに幻覚見てるんですかね?やっぱ絵心さんにお月見を開催してもらうとか進言した方が良いのかな?」

「…」

「…」

「…まあ、大丈夫じゃない?」

「いつか刺されそうだなあ、OK?」

「何で?!」


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