月に叢雲、花に風。
さっきまで一緒にイチャついてた世一を扉が閉まるまで見送ったかと思ったら
「さて、SEXしようぜ。」
なんてあっけらかんといつもの調子で言ってきたコイツに俺はどう反応すれば正解なんだ?
と、一瞬本当に頭が真っ白になってしまった。
イカれてる、頭おかしい。なんなんだよコイツ。
理解不能を軽々超えて来た。思考回路どうなってんの?
本当に意味わかんない。
お前のせいであたまがグチャグチャだ。
お前のせいで冷静さを保てない。
お前のせいで、お前のせいで……!!!
俺がどんな気持ちで世一にメス顔晒してる姿を見てたと思ってる?
俺がどんな気持ちでクソみたいなマウントとってくるクソウゼェ世一に反応したと思ってる?
最初はこんなクソみたいなアイラブユーが響く訳ないって思ったさ。あぁ思った。
なんならこんな安っすい言葉吐くなんて安い男ねえ世一くん?なんて言って嘲笑ってやるつもりだった。
なのになんだよ。あんな言葉であっさりと惚れるのかよ。
誰でも考えつきそうな言葉で馬鹿みたいに喜ぶのかよ。
そんな言葉で堕ちるのなら俺だって最初から口説いたさ。
「お前のキラキラ輝く目、ずっと見ていたいな」とか「お前のそのゆるくウェーブのかかった絹糸のような髪好きだよ」とかそういった歯の浮くようなクセェセリフだって言ってやったよ。
本当に、尻が軽いだけじゃなくてマジでクソチョロすぎんだろ。
というかなに?あんなに蜂蜜かけたような甘ったるい声で「Buona notte」って世一に言ったのになんでまた俺らとヤんの?
いやまあアイツにはイヤホンを通じてだから、きっとコイツの完堕ちした声は聞こえちゃいねえんだろうけど。はは、世一ウケる。勝ったわ(?)
てかさ、もう世一とヤればいいじゃん。世一と。
考えさせてなんて言って内心はもう決まってるんだろ?
なあ、そうして諦められる理由をくれよ。
口からは間抜けな単語しか出てこなくて、だけどもネスも似たような感じでちょっと安心した。自分より取り乱してる奴がいると冷静になるって本当なんだな。
でも、「……?まだスナッフィーとの経験値が貯め終わってないからだけど?」って追撃された。
へえ、どこまでもスナッフィーの犬なんだな。
でもホントは正直内心、少し喜んだんだ。
世一のモノにならないんだって。
コイツの中のトクベツはスナッフィーなんだって。あとマネー。
俺の知る限りマルク・スナッフィーはマトモな大人だ。
マトモな理性を持っててマトモな常識を持ってて、きっとロレンツォと結ばれる事なんて未来永劫永久に無い。
でも、その代わりに。というか俺は。
コイツの心を永遠に手に入らないんだよな。
あぁむなしい。心の中でよくない萌芽が芽生えてきてるなって分かってしまった。
今のうちに摘まないと。摘んでしまわないと。
頼むからもう帰ってくれロレンツォ。俺に諦める時間をくれ。
なんて逃げ腰の思いがこの悪魔みたいなクソ金歯野郎に伝わるハズもなく、
「だぁ〜、俺はミヒャとネス坊のオナホなんだからさ。
好きなように使えよ。OK?」ってもはや憎たらしいとすら思えてくる天使のような笑顔をニッコリと向けられて。
ああもうダメだ。って悲しくなって。苦しくなって。
そしてどうしようもないロレンツォへの怒りが芽生えて、どうしようもない俺は勢いよく硬い床に押し倒した。
頼むからネスは見ないでほしい。
こんな無様な俺を見ないでほしい。
「ッ、いい加減にしろよ。散々散々俺のコトを弄んできやがって。」
多分きっと、今俺はすごく情けない顔をしてると思う。
多分きっと、側から見たら皇帝形無しだなって笑われると思う。
多分きっと、こんなに俺は震えてるのに。
こんなに涙を堪えてるのに。
こんなに俺は涙声なのに。
こんなに意識させようとしてて、手まで恋人繋ぎにしてやってるのに。
多分きっと、その全部が愚かで愛しいドン・ロレンツォに1ミクロンたりとも伝わってないって、凡愚なミヒャエル・カイザーは分かってしまっている。