月と狼 後編
前編の続き
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それから、私たちの部屋の外にはホシノ先輩以外に人が来るようになった。
おそらくは、前みたいに餓死させないための見張りなのだろう。そして…
「今日の分の食事です」
ミヤコもあれからほとんど毎日、食事を届けに来ている。
…いや、監禁されているため時間の感覚はよくわかってないが、
かなりの頻度で来ていることは確かだ。
食事は念のために交代制で食べることにしていた。
2人が食べずに様子を見て、別の2人が届けられた食事を食べるというローテーションを組んだ。
食べ物の中に『砂糖』と『塩』が混ざっていても、中毒になった2人を食べなかった2人が無力化するというものだ。
『砂糖』と『塩』は今のところは入れられた様子はない。
栄養が足りるようになったのかみんなの顔色や体調もだいぶ良くなり、
前ほどとまではいかないが、動けるようになっていた。
「ありがとう、ミヤコ」
ミヤコとは、今では最低限の会話はするくらいになった。
味の感想を求められたり、最近の近況、外の様子を彼女から聞くようになった。
この時に聞いた話だが、初対面のあの時、私たちは3日間も意識がなかったらしく、
その間、ミヤコが付きっきりで看病をしていたという。
…ちなみにどうやって食べさせたのかを聞くと、彼女は耳を赤くして答えた。
警戒をしていた他の皆(特にセリカとアヤネ)も、この時ばかりは取り乱していた。
他にもアビドスに来る前の話を彼女はしてくれた。
SRT特殊学園での失敗談、子ウサギ公園での野宿生活、
そしてRABBIT小隊の皆やウサギのぴょんことの思い出話、
まるで、遠い日の話のようにミヤコは話していた。
その後も彼女との交流は続き、わかったことがあった。
彼女は他の生徒とは何かが違う。
ホシノ先輩以外の見張りの生徒は急に笑い出したり、泣き出したりしたりするなど
どこか支離滅裂な様子だった。
何よりも、目が違っていた。
ホシノ先輩や普通の生徒は明るかったけど、どこか濁っていた。
逆にミヤコの目は暗かったが他の生徒と違って澄んでいた。
恐らくだけど彼女は…
「ねぇ、ミヤコ」
「…何ですか?」
「…どうしてアビドスに来たの?」
私はミヤコに質問を投げかけた。
「!?…そ、それは」
急な質問でミヤコは言葉を詰まらせた。
「シロコちゃん、どうして急にそんなことを…」
ノノミや他の2人も私の質問に対して困惑していた。
「ん、前々から気になってたんだけど、せっかくだし今聞いた」
「せっかくって何がせっかくなんですか…」
アヤネが呆れた様子で私を見ていた。
「別に答えづらいなら、答えなくていいよ」
そう私が言うと、
「い、いえ。あまりにも唐突でしたので…」
「…」
「とは言っても、大した話ではありません。『砂糖』欲しさにお店を襲撃したら、そこでホシノさんと偶然会って拾われたというだけですから…」
いつものように淡々と話すミヤコ。
だけど…
「…それ、本当?」
「…何のことですか?」
「…本当に『砂糖』が欲しくてお店を襲撃したの?」
「……」
「…本当にミヤコは、『砂糖』が欲しくて襲撃したの?」
「し、シロコ先輩、それって…」
アヤネも質問の意図に気づいたようで警戒心を強めた。
「ミヤコは、『砂糖』も『塩』も摂取してないってこと!?」
セリカが驚きの声をあげた。
「…多分」
「………」
ミヤコは長い沈黙の後、
「アビドスの人はどうして勘のいい人ばかりなんでしょうか…」
自分がシラフであることを認めた。
「!」
その直後、セリカがミヤコに向かって掴みかかろうとしたのを私が抑えた。
「!?…放してよ!シロコ先輩!」
「…ダメ」
却下されたセリカがミヤコを睨みつけた。
「最低ッ!最低よアンタ!自分が何をしてるのかわかってる!?」
「…」
「『薬』でトんでるわけじゃないのにトんでる奴らと同じことしてるのよ!?逆らうこともせずに従って、トんでる奴以上にイカれてるんじゃないの!?」
セリカからの罵詈雑言をミヤコは何も言わずに聞いていた。
「…本当のことを話してもらえますか?」
ノノミがミヤコに対して改めて質問をした。
「…はい」
そしてミヤコは自分の境遇を話した。
お店の人から『砂糖』入りのスイーツをお礼として貰ったこと、
小隊の中で自分だけがスイーツを食べられなかったこと、
小隊の皆が狂ったこと、
小隊の皆から痛めつけられたこと、
小隊の皆にぴょんこが撃たれたこと、
ぴょんこを治療して病院に連れて行ったこと、
小隊の皆とお店を襲撃して、ホシノ先輩に拾われたこと、
希少なシラフだったから、私たちの食事係に選ばれたこと、
そのことを話す彼女の声から色んな感情が感じ取れた。
恐怖、不安、諦観、悲哀…そして何より…
「話は以上です。失礼します」
気付いた時には、ミヤコは話し終えて、出て行こうとしていたが、
「待って!」
私は最後にミヤコに質問をした。
「ミヤコは、自分の事をどう思ってる?」
その質問に彼女は…
「セリカさんが仰ったとおり、『最低』です」
「!」
「間違った行いをしている人を『最低』と言わず何というのでしょう」
そう言って、部屋を出て行った。
ミヤコがいなくなった後の部屋はとても静かだった。
誰も、何も言わず、ただ沈黙が場を支配していた。
そうしてしばらく時間が経過した後、
ミヤコが置いていった料理が見えた。
本来は私が食べるローテーションじゃなかったけど、私は食事に手を付けた。
…美味しかった。今では彼女の料理はほとんど毎日食べていたけど日に日に上達しているのがわかる。
ふと、最初の意識を失う直前を思い出した。
そうだ。餓死寸前であきらめそうになった時、
『大丈夫ですか!?』
焦った顔でミヤコが部屋に入ってきていた。
『しっかりしてください!私が何がなんでも助けますので諦めないで意識を持ってください!』
そして、飲み込む気力も残ってなかった私たちに彼女は…
そうか、だから私はミヤコを庇ったんだろう。
命の恩人だから、助けてもらったから。
『間違った行いをしている人を『最低』と言わず何というのでしょう』
彼女の残した言葉を思い出す。
「…違う」
ミヤコはこうして私たちのために料理を作ってくれた。
「…間違いなんかじゃない」
ミヤコは餓死寸前の私たちを助けてくれた。
「…最低なんかじゃない」
ミヤコは私たちと同じだ。
大事な人たちが『薬』のせいで狂って、逆らうことができないでいる。
いやむしろ手を汚すように命令されている分、私たちよりつらい立場にいる。
正義(SRT)に憧れて、必死になって人を助けることができる純粋な子が
周り(薬)のせいで手を汚すなんてそんなの絶対間違ってる。
「ん、決めた。ここを出る」
ここを出て、先生にこの惨状を伝える。
「みんなも、協力して…」
私が話し終わる前に3人とも立ち上がり、料理を食べた。
「(ゴクン)…もちろんです☆」
「(ゴクン)…当然よ!」
「(ゴクン)…お手伝いします!」
「…ありがとう」
初めて4人でミヤコの料理を食べた。
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(SSまとめ)