月が綺麗ですね

月が綺麗ですね


 特徴的なライオンが目立つ船上から響くのは、軽快な音楽とクルーたちの笑い声。おれはそれを、自身の船であるポーラータング号の甲板で聞いていた。

 物資の補充目的に立ち寄ったこの島で、おれ達ハートの海賊団はかつての同盟相手だった麦わらの一味と再会した。おれ個人としてはそのまま気付かれずに出港したいところだったが、案の定そうもいかず。街を歩いていたところ、麦わら屋から「トラ男!」と大声であだ名で呼ばた。やべぇと思った瞬間には勢いよく抱きつかれ、麦わら屋の胸におれの顔が押し付けられ窒息しかけるところだった。それも公衆の面前でだ。本当に『最悪』を体現した女である。そしてその『最悪』は、どうやらおれのことを恋愛的な意味で好いているらしかった。

 そしてそのまま麦わらの一味とウチの再会を祝した宴会がサニー号で開かれた。宴でのアイツは食うことに集中するか、中心で騒いでいるかの二択。おれは少し離れたところで黒足屋の作ったつまみを肴に酒を飲んでいたが、ゾロ屋とナミ屋の2人が寄ってきて、馬鹿みたいな量の酒をどんどん飲まされることになった。火照る体と歪む視界に危険信号を察知したおれは逃げる形で能力を使い、今に至る。

 海上から吹く潮風が火照った身体には心地いい。酔いも少しばかり覚めてきたようだ。馬鹿騒ぎが嫌いじゃないクルー達には悪いが、おれは静かな夜の方が性に合っている。そのままぼんやりと空を見上げていると、昼間と同じ声がおれの名を呼んだ。

「あ!いたいた!トラ男ー!」

 振り返ると、宴の中心にいたはずだったはずの麦わら屋が手を振っていた。そのまま能力で腕を伸ばし、勢いよく俺の隣に並び立つ。そして何が嬉しいのかニコニコとおれを見上げてきた。

「…何でここに。宴はもういいのか」

「いなかったから探してた!宴は楽しいけどトラ男もいなきゃ意味ないし」

「…そうかよ」

「そうだよ。トラ男こそ何でここにいるの?」

「酔い覚ましだ。ゾロ屋とナミ屋のペースに付き合ってたら身がもたねぇ」

「そっかー」

 頷いた麦わら屋はそのまま手すりに頬杖をつき、先程のおれと同じように空を見上げた。おれも彼女に倣うかのように空を見る。天気と湿度の関係か、空に浮かぶ月が眩いほどに光り輝いて見える。ふと隣の麦わら屋を見下ろし、あの日も満月だったな、とぼんやりと思い返した。

 2人の怪物を堕とし1つの国が救われた激戦の日。今は何でもない顔をしている彼女が覚醒し神と成った、あの日。月明かりに照らされて覇気を纏う彼女は勇ましく、それでいて戦場には些か場違いなほどに。

「…綺麗だったな」

 口からこぼれた言葉に自分でも驚いた。どうやらまだ随分と酔っているらしい。「綺麗だな」なら頭上の月のことだと誤魔化せるが思いっきり過去形じゃねぇか。

 何言ってんだおれ。しっかりしろおれ。

 しかし麦わら屋は特に気にする様子もなく、「うん!月綺麗だねー!」と軽い様子で返事をした。細かいことを気にしない彼女の性格が今はありがたかった。

「でもいつもより綺麗に見える。やっぱトラ男と見てるからかな」

「…何だそりゃ」

「ホレた相手にはこうやってクドく?と喜ばれるってフランキー達が教えてくれた」

「アイツら…」

歯を見せてサムズアップをしてくるロボ屋の顔が浮かび思わず舌打ちをする。そんなおれを見た麦わら屋は、何がおかしいのか嬉しそうに笑っておれの腕にすり寄ってきた。止めろと言っても聞きやしない。まぁ結局は好きなようにさせてる時点で、おれも絆されてるということか。

「トラ男ー、好きだよー、大好きだー」

 歌うように呟く麦わら屋に、ふとある疑問が浮かんだ。ずっと前から気になってはいたものの、聞けずにいたこと。今は酒の力が入っているからか、気づいた時にはその疑問が口から飛び出していた。

「…聞きたいことがあるんだが」

「んー?何?」

「お前はおれが好きなんだよな?」

「うん!」

 即答されると少しむず痒い気分に襲われる。会う度に好きだ好きだと言われて何を今更という感じなんだが。

 でも今は酒のせいか、その『今更』が気になって仕方なかった。

「…何でおれなんだ」

 キョトンとした顔で見つめられる。意味が分からないとでも言いたげな顔だ。何となく彼女の顔を見れなくて、水面に映る月を見ながらおれは言葉を繋いだ。

「形はどうあれ、お前のことが好きな奴はごまんといる。そうじゃなくても、同じ船にはゾロ屋たちもいるだろ…なのに、何でおれなんだ」

 倒した敵が彼女に惚れ込むというのは嫌というほど理解している。年齢差云々や向ける感情の重さは置いておき、一途にもとれる思いをぶつけられて揺らぐことはなかったのか。それにコイツらのクルー…特にゾロ屋とコイツは基本的に距離が近い。1番最初の仲間らしいからその分信頼関係も強いらしいが、惚れるとしたら身近にいる彼らの方が妥当だろう。

 敵船の船長の、7つ上の、それも想いを拒み続ける男に、何故コイツが恋慕の情を抱き続けるのかが本当に分からない。

 そんなおれの思いを感じ取ったのか否か。考えることがあまり得意でない麦わら屋は、腕を組んでうんうんうなり始めた。彼女なりに真剣に考えているらしい。

「んー、上手く言えないけど…強いていうなら…」

 そこで顔を上げて、真っ直ぐおれの目を見る麦わら屋。どんな答えが出るのか。ガラにもなくはやる鼓動を抑えながら、おれは彼女の返答を待った。

「…トラ男だから、かな」

「…はぁ?」

 間抜けな声が出た。だってそうだろう。何をどうしたら『どうしておれのことが好きだから』という問いに対して『おれだから』という解が出るんだ。答えになってねぇぞ。

 呆然とするおれを横目に、麦わら屋は何度もうんうんと頷きながら呟いた。

「…うん、そうだな。トラ男だからだよ。トラ男の全部が大好きだもん。理由なんてないよ」

「…おい、あんまり答えになってねぇぞ」

「ししし!」

 睨まれてもいつも通りあっけらかんと笑う麦わら屋。あぁそうだよ、コイツはこういう奴だ。納得のいく答えを求める方が間違っていた。

 だが不思議と悪い気はせず。上がりそうになる口角を手で隠しながら、おれは再び空を見た。彼女も再び視線を戻す。これでこの話は終わったかと思いきや、数分もしないうちに麦わら屋の声が耳に届いた。

「…私に好きって言われるの、嫌?」

 先程までの弾むようなトーンが嘘のように、静かな声。隣に目線を下ろしても麦わら帽子と真っ直ぐ満月を見据えているせいで彼女の表情は見えなかったが。

 それでも帽子の下のコイツは悲しんでいるのかもしれないと、そう感じて。

 かつて妹にやったように、麦わら屋の頭をポンポンと撫でる。驚いたように顔を上げる気配はあったが、おれは月を見続けて、そしてゆっくりと告げた。

「ただの純粋な疑問だ。お前からの好意に関しては…別に嫌じゃねえから安心しろ」

「…っやっぱり私トラ男のこと好き!大好き!」

「おい!引っ付くな馬鹿!」

 いつも通りの告白をされた次の瞬間には胴体にしがみつかれた。解こうとしてもご丁寧に何重にも腕を巻きつけてやがる。せめてもと思い胸元から頭を離そうとするが、逆にグリグリと押し付けられた。

 離れるか離れないかのおれ達の攻防戦は、ベポ達がポーラータング号に戻ってくるまで続くことになった。

Report Page