最後の手続き

最後の手続き




[応接室]

 立ち上がろうとしていた面々は、10050号の話を聞くためソファに再び腰を下ろす。

ユウカ「……それで、お話っていうのは何かしら?」

そう尋ねられ、彼女はなぜか自信たっぷりに答える。

10050号「ふっふっふっ、聞いて驚かないで…いや、聞いて驚いてくださいね!


───私を百花繚乱の一員に入れてください!」


 2号、12058号「「……はい???」」

ユウカ「????」

39号「「えぇ……?」」

何か大事な話があるのか、と思った矢先に押し込まれた突然の要求。

やはりこの妹、常にフルスロットルだな…



    後日譚

  【手続き】⑥−2



 2号「……色々と言いたいことはありますが、とりあえず理由を聞かせてもらえますか?」

10050号「もちろんです!理由は大きく分けて2つあります!

1つ目ですが…至ってシンプル!「ミクお姉様とアリスお姉様についていきたいから」です!」

アリス「う、うーん……」

ミク「だろうとは思いましたが……」

百花繚乱は治安維持組織。争いに身を投じることもある危険な仕事だ。私たちも無理を言ってやっと認めてもらったようなものだし、ある程度の実力や戦力が……

───戦力?

12058号「まさか、そのガントレットは……」

10050号「はい!百花繚乱でもやっていけるようにするためです!」

判断も行動も早すぎる。エンジニア部の方々も苦笑いしたりしていたが、何度も頼み込んだ末に───といったところだろう。


 アリス「いや、でも実戦ができないと……」

10050号「記憶はほぼないですけど、10050号は地下闘技場で賞金稼ぎをしてた身ですよ?(負けたけど)

それになんといっても、『大清掃』の生存者ですよ!お二人は実際に戦ってるのを見てましたよね?」

……そう。彼女は深手を負った状態で、複数の改造されたアリスと交戦し生き残っていた。心配だから戦いに繰り出したくないだけで、実績で見ればむしろ戦力として引き抜かれてもおかしくない人材である。

アリス「……しまった!墓穴を掘っちゃったよ!」


 ユウカ「……待ちなさい。とりあえずもう一つの理由を聞かせて?判断するのはそれからにしましょう」

ユウカさんが冷静に指摘する。

10050号「物分かりが良いですね、ユウカ先輩!2つ目の理由はずばり……

「人探しをするため」、です!」


 ミク「……人探し、ですか?」

とは言っても、彼女が今までに会ったことのある人物は限られている。その中で行方知れずの人と言えば……

2号「……あぁ、把握しました。貴女の『前のマスター』ですね?」

10050号「……はい、その通りです」

彼女は少し寂しそうに笑顔を崩して答えた。


 10050号「前提としてですけれど───10050号は賞金稼ぎのために闘技場の試合に出て、損傷を受けて…結果、マスターたちに棄てられました。

なので今はマスターのいないアリスとして、財団に保護していただいている状況です」

ミク「そういうときは、元のマスターに連絡を入れたりするとお聞きしていましたが───問題があった、ということですね?」

ユウカが頷く。

ユウカ「えぇ、察しがいいわね。本来、量産型アリスの取引には身分証明ができるものが必要なのだけれど……10050号の取引をした生徒のものは全て、使い捨てを前提とした偽物だったことが分かったの」

アリス「えぇ?なんでわざわざそんなこと?」

2号「恐らく、元々学生証を所持していない者たちだったのかと……そういった方々は量産型アリスに限らず、身分証明の際には造られた非公式のものを用いていることが多いようです」

アリス「なるほど、常套手段ってやつなんだね……」

12058号「ほとんどの場合は量産型アリスを所持し続けたり放置したりするので、アリスたちの座標から問題なく特定できるんですが……

アリスの体だけがきれいに帰ってきたケースはほとんどなくて、特定に苦戦しているんです」


 大体事情は分かったが。

2号「なら、なおさら不可解な点が……『元マスターに会って、何をするつもり』ですか?」

ユウカ「……その通りよ。学生証を所持していない、地下の違法な闘技場に貴女を送り込むような人たち───不良生徒の可能性が極めて高いわ」

そんな人たちにもう一度会うのは、単純にリスクが大きい。何を考えてどんな行動に出るか分からない、不安定さがある。その危険は私にもよく分かった。

10050号が、一呼吸おいて口を開く。


 10050号「はっきり言って、もう一度その生活に戻ろうと思ってはいません。記憶はほぼありませんが……違法な闘技場に出たという事実に快い感覚を持ってはいませんし、今はミクお姉様とアリスお姉様がいますから。

───でも、知りたいことがあるんです。

あの時の10050号がマスターたちと居て幸せだったのか。あの時にマスターたちは10050号のことをどう思っていたのか。あの時の日々は10050号にとって何だったのか。───知りたいと、思ってしまったんです」


 10050号「百花繚乱って、武力も特筆されがちですが……情報網も豊富なんですよね?」

ユウカ「……それは、そうかもしれないけれど」

アリスちゃんが驚く。

アリス(……そうなの、ミクちゃん?)

ミク(……一応、他の部活や陰陽部も所持していない特有の情報網があるようです。あながち彼女の言っていることも間違ってはいないですね)

10050号「でしたら、百花繚乱の活動をしながら元マスターたちの情報をかき集めることも出来ると思うんです!」


 ミク「……成程」

忘れてしまった自分のことを知りたいという強い意思。それにはなぜか、私にも強く心を動かされる感覚を覚えた。

ミク「ただ、わざわざ百花繚乱に来る必要はやっぱりなさそうですけど……」

10050号「それは愚問ですよ!それも大事ですが、やっぱり一番はお姉様たちなので!」

ユウカ「そこはブレないのね……」


 2号「しかし、そうなると私たち財団だけで取り扱うのは無理ですね」

2号お姉様がきっぱりと言う。

10050号「ええっ、どうして!?」

ユウカ「───単純な話よ。百花繚乱は百鬼夜行連合学院の校区に所属している団体(部活)。私たちはミレニアムに所属している団体。そこには軽んじてはいけない壁があるわ」

アリス「つまり、向こうの人たちともお話しなきゃいけないってことかぁ……」

ユウカ「えぇ。……まぁ、向こうの方々と改めて話す機会を取れるように頑張ってはみるから、一度この話は置いといて頂戴───」


 ピッポッパッ。プルルルル……

ユウカさんが言い切るよりも先に、電子音が聞こえる。それは……

2号「……え!?10050号!?」

10050号が応接室に備わっている固定電話を使用している音だった。

ユウカ「ちょっ……それ学校のものなんだけど!?というか───」

ミク「───どこに、電話をかけてるんですか……?」

恐る恐る、といった空気で彼女へ問う。───いや、ユウカさんも私も、既に分かりきっていたのかもしれないが。

10050号「そりゃあ、陰陽部の部長さんですよ?」


 アリス「……や、やりやがったって感じだね……」

ミク「本当に行動力の塊ですね……」

12058号「あわわ、もしかして外交問題というやつでしょうか!?」

2号「……どうします、ユウカ?」

ユウカ「どうしようかしら……」

言い方はややこしいが、百鬼夜行における陰陽部は生徒会に近しい活動を行う。この妹はいきなり一番上の組織のトップに直接殴り込みに行った訳である。

今すぐにでも止めるべきか……?とも考えたが、既に電話をかけて少し経っている以上、今止めると向こうからかけ直してくるのは必至である。不要ないざこざに発展しかねない。

───つまり、ほぼ1人の独断により賽は投げられてしまった。


 ユウカさんが、10050号に優しく笑いかけて言う。

 

ユウカ「───代わりなさい、10050号。せめて私が交渉するわ」

2号「……!」

12058号「まさか、ユウカ……!」

39号「「ユウカさん……!」」

ユウカさんは立ち上がった。彼女の願いになるべく寄り添うため。そして百鬼夜行との関係を悪化させないため。

ユウカ(……どうする、早瀬ユウカ……!)

胃を痛め、脳を全力で稼働させながら。



───────────────────────────



 

 ニヤ「───あぁ、全然構いませんよ?」

ユウカ「………へっ?」

ユウカさんが覚悟を決めて挑んだ交渉。その決着は一瞬で付いた。なんなら本人からアポが取れたし相手の一言で終わった。

2号「いえ、ですが陰陽部の皆さんは百花繚乱の『量産型アリスの扱い』について公言していたはずですが……」

百花繚乱は量産型アリスを『保護対象』として保護活動を行う。これは量産型アリスを取り扱うアリス保護財団にも知らされていた決定だったはずだが───

ニヤ「まぁあくまで『百花繚乱は』そうするって話でしたし、そもそも『保護対象は自らの団体に迎えてはならない』なんて決まりはないと思いません?

要するに、あの子たちが頑固なだけ。その気になれば争いゴトに巻き込まれない立ち回りもできるでしょうし、さほど問題はないかと」

それはそうなのかもしれないが……


 ニヤ(それに、量産型アリスを迎えて活動させるって点では、こちらも批判できたものじゃないですからねぇ)ボソッ

アリス「……なーんか、よくないことが聞こえたような」

ニヤ「……ゴホンッ。何でもありません。お気になさらず〜」


 ミク「でもやはり心配です。それに当の百花繚乱の方々は、大丈夫なんですか?」

そう疑問を返すと、色々興味深そうにしつつも答える。

ニヤ「あぁ、さっきの声と今話してはるのが『例のアリス』ですかぁ……ふむふむ……

あ、すみませんね、勝手に。それでさっきの回答ですが───おそらく、『貴女たちの』判断なら問題ないかと」

アリス「?私と、ミクちゃんの?」

ニヤ「えぇ。先程言ったとおり、あの子たちは頑固なとこがあります。でもそんな子たちが貴女たちを百花繚乱の一員として認めたということは、それだけ量産型アリスである貴女たちに信頼を置いているということ。

そんな貴女たちが認めるようなアリスでしたら、受け入れられるのも早いと思いますねぇ」

ミク「……成程?」

確かに私たちがちゃんと推薦すれば、あの人たちは聞き入れてくれると思う。一方的な意見に流されることなく、公平に判断してくれるはずだ。


 ニヤ「あ、なんなら無理やりにでも入ってもらうために『こっちで色々手引き』してもいいんですよ───」

ミク「い、いえそれは……」

ユウカ「……遠慮させていただきます」

ニヤ「あれ?そうですかぁ……」

これは単なる遠慮とかではない。……なんというか、彼女の『手引き』は色んな立場の人たちをひっきりなしにかき回すような、そんな大ゴトになるような予感がしたのだ。


 アリス「えーっと、とにかく……百鬼夜行の方々から許可はいただけたってことでいいんだよね!

えっと、ユウカさんたちは───」

ユウカ「……ミクとアリスに向けた思いと同じよ」

2号「はい。願いのために進もうとする妹たちの役に立ちたい。彼女に対してもそれは変わりません」

12058号「右に同じ、です!」

あとは───

ミク「私たちがどう判断するか、ですね」


 10050号「ふっふっふー……勝ち、ですね」

文字通り勝ち誇ったような顔で言う。

10050号「お姉様方が認めない訳がないですもん!」

ミク「う、うーん……」

いや、そりゃあまあ。

アリス「いいんじゃない?おもしろそーう!」

アリスちゃんはそう言うと思ったけど……私はまだ迷っている。どんな経緯があろうと、彼女は脆い量産型アリスなのは変わらないのであって───

10050号「でも満場一致って感じですよー?ミクお姉様が思ってるよりなんとかなりますって!」

アリス「いざとなれば百花繚乱も私たちもいるんだよー?いけるいける!」

ノリが軽いなこいつらと言いたいところだが、言っていることは間違ってない気がする。ノリが軽いけど。


 ミク「んー………まずは雑用から、とかじゃだめですか?」

そう言うと、周りが納得したように頷く。

ユウカ「───そうね。それが一番無難だと思うわ」

2号「今、この場で一番発言力があるであろう貴女がそう言ってくださると安心できますね」

ニヤ「にゃはは、それじゃそう云うことで、手続きさせてもらいますね」

アリス「いいね~、賛成!」

───肯定的に受け取ってもらえたようだ。

10050号「……雑、用…?そんな……10050号の活躍が……」

12058号「所属を認められた時点で大勝利だと思いますよ、お姉ちゃん……」

当の本人を除いて。



───────────────────────────



 10050号「あの、お姉様!」

ニヤさんとの通話も終え、機嫌を取り戻した妹が話しかけてくる。

ミク「……はい、どうかしました?」

10050号「何はともあれお姉様の元に行くので……『アレ』が欲しいです!」

10050号は当然かのように、私に何かを期待している。

ミク「……えっと、『アレ』とは…?」

10050号「もう、お姉様ったら察しが悪いですね!『名前』に決まってるじゃないですか!」


 ……えっと。

アリス「……もしかして、最近のアリスたちには名付けの文化があるの?」

いつの間にかできていたのかと思ったが───

ユウカ「いや、初耳だけど……」

2号「その理論なら、シングルナンバーズには全員名前がつけられていそうなものですが───

というか、わざわざ全員に名前をつけると管理が大変でしょう。何のための番号分けですか……」

ごもっともである。全く同じ外見のアリスたちを前に「この子は◯◯で、この子は△△で───」などと説明するのが日常になるのは、なんとも複雑な心境だ。


 10050号「むぅー、いいじゃないですか!こういうのを『ケチ』と言うんですよ!」

ユウカ「まあ、この子につけるぐらいなら、いいんじゃないかしら……」

2号「財団にも名前やあだ名があるアリスはいますからね……問題はないでしょう」

12058号「私も皆さんから『コバチ』と呼ばれてますからね……」

まあ、名前ができることは悪いことではないしいいか───

アリス「じゃあ、名前はミクちゃんが決めてよ!」

ミク「……そうなるんですね?」

アリス「だって、真っ先にこの子を救けたのはミクちゃんだよ!」

10050号「10050号もそれがいいです!」


 ミク「───経験がないので、ご理解くださいね?」

数字と文字の語呂合わせや単語など、色々検索して彼女に合いそうなものを考える。

ミク(へえ、『5』という数字は語呂合わせに、『カ』という文字を用いることもあるんですね)

10050……50……0……『無い』……『ノー』……『ノン』?

ミク(50 ─── カ、ノン?)

そういえば、彼女の左腕に搭載されている機能は───


 ミク「『カノン』とか、どうでしょうか?」

ほぼ語呂合わせで作ったものだが……

10050号「……!すごいです、ぴったりです!10050号はたった今から『カノン』です!」

ユウカ「あら、なかなかいいんじゃない?」

2号「ええ、彼女の存在を端的に表現しているいい名前だと思います」

高評価をいただけた。意外にうまくいったのか…?とりあえず良かったという気持ちでいっぱいなのだが。


───────────────────────────


 ユウカ「それじゃ、今度こそ手続きは終わりでいいかしらね」

2号「ええ。コバチ、改めて財団本部に案内を」

12058号「了解しました!」

アリス「あ、確かにそんな話してたね?」

12058号「はい!お姉ちゃんたちの歓迎会です!今日はもう遅くなってきているので、ここに泊まるのはどうかと思いまして!」

そういえば、通りすがったアリスたちもそんなことを言っていたような……


 12058号「あ、後でユウカと2号お姉ちゃんも来てくださいね!」

ユウカ「え?でも今日は書類がまだ……」

12058号「そう言って働き詰めじゃないですか!最近はまたひどくなってきてますよ!お二人の慰労会も兼ねるつもりなんですから!」

10050号「カノンも賛成です!」

ユウカ「うーん……」

2号「……こうなると、大人しく癒されておいた方がいいですね、ユウカ?」

ユウカ「……そうね。すぐに合流するから、先に行ってて」

12058号「はい!それではお姉ちゃんたち!コバチとカノンお姉ちゃんについてきてください!」

39号「「はい!」」


[ミレニアムサイエンススクール 廊下]

 妹たちに連れられ、外に向かう途中で。

ミク「……あれは」

廊下の先に、人影が見えた。

ざっと見て、生徒らしき者が3人。アリスとみられる者も3人。遠目に見えるだけで声は聞こえないが、和気あいあいと話しているように見える。量産型アリスと過ごしている一般生徒……?

いや、そうだ。間違いない。あの人は。あの人たちは───


 ???「……!」ブンブンッ!

アリスの内の1人がこちらに気付き、精一杯手を振る。

それにつられて周りの人たちもそれぞれの会釈をした。私は───

ミク「………」ニコッ。

笑顔を返し、軽く手を振る。

 

───精一杯手を振っていた『お姉様』が、笑顔になるのが確かに見えた。

12058号「……?お姉ちゃーん!こっちですよー!」

ミク「はい、すぐに行きます」

そのまま、お互いに違う方へ歩き出す。


 アリス「───良かったの?」

ミク「はい。今は、これでいいです」

きっと、これが最後ではないだろうから。あの人たちに会うのは、次の楽しみにとっておこう。


 量産型アリス「あっ来ました!みなさーん!こっちです!」

10050号「あっ、皆さん!行きましょう、お姉様!」

39号「「はい!」」

───こうして、私たちの『手続き』は無事に終わった。




【手続き】編 ──完──





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