書き出ししかない
Legendsアルセウス時空です凍土の地下洞窟へ潜った主人がにこにこしながら小さなきつねを抱えて出てきた。白い毛並みに黄色い大きな眼をした小柄なソレは、少し前に凍てつくような上空を飛び回って必死に探したあのきつねどもにも似ていた。だがどうやら異なる種であるらしい。ベースキャンプへ戻る道すがら、主人はにこにこしながらきつねを撫でくりまわしていた。その手を止めないままに 隣を歩く私へ向かって独り言のように語り掛けてくる。彼女は私が彼女の言葉をよくよく理解しているのだと云う事を知らないのだ。主人のみならず、多くの人間は我らの事をあまり知らない。主人はよく私へ向かって話したが、その言葉は大抵一方通行だった。返事が無いのを前提に彼女はいつも私へ語り掛けた。私はいつも黙ってソレを聞いている。彼女は私が言葉を理解しているとは思っていなかったが、私が話を聞いている事だけはきちんと分かっていた。
何度も訪ねたけど、おかあさんが居るのを見た事無いの。何日も戻ってないみたい、段々弱ってきたようにみえたからたまらず連れてきちゃったの。もしおかあさんが無事だったらユーカイになっちゃうな。あたし、恨まれちゃうかしら。追いかけられて、食べられちゃうかしら……
そう語る割にしっかと抱えたその腕を緩める気は無いらしい。抱き締められているきつねはされるがままに大人しく、一言 こんぬ と鳴くとまた黙った。主人の言の通りやや弱っているようだ。口の端には捕獲の際与えられたのであろう木の実の食べかすがついていたが、主人も当のきつねも一向に気付く気配は無い。キャンプに着いたらば私が拭ってやらねばならないだろう。
半歩前を行く主人の姿とその肩越しにこぎつねのアタマの毛が焔のように揺らめく様を見て、私は何とも言い難い気持ちになった。この愛らしい怨念の末は果たして人と共存しうる存在なのだろうかと、これまで何度もそうして来たように此度も僅かながら不安を抱いたのだった。恐らくあの巣に母親は戻らないだろう。少し前に私がこの手で宙へ還した彷徨える魂、アレからは此度のこぎつねに似た匂いがしていた。切り立った崖の下、雪崩の起きた翌日の事だった。
キャンプに戻ってすぐに主人は調査報告へ向かう。彼女が 「ちょっとみててね」と私の足元にこぎつねを降ろしたのでようやっと食べかすを拭ってやる事が出来た。きつねの前に屈み込み口の周りを手で擦ってやったが、こぎつねはなんだか何も分かっていないような顔をしていた。主人に抱えられ穴から出てきた時にも同じような顔をしていた。本当におとなしい子だった。巣穴は狭いからと置いてけぼりを食らっていたギャロップがこぎつねをひと目見るなり不満げに嘶いたが、こぎつねは不思議そうに首を傾げて見上げるだけで怯えも警戒もしなかった。
このギャロップは人間の言うところの親分個体というもので、図体が他に比べて異様に大きかった。元の住処は原野、それもキャンプ地に近い所だったのでその辺一帯では一番強い存在であった。従ってコレの気位は厭に高く、我らが一行に加わった後も初めのうちは殆ど主人の言う事をきかないような有様だった。然して対する主人もそれなりに根性のある性分である。幾度となく逆らわれその度ボロボロになって野に住まう者共から逃げ回る羽目になろうとも、その凛とした佇まいが、その気高い心根が気に入ったのだからと頑としてこの巨大なじゃじゃ馬を連れ回す事を選んだ。根性比べの如く長い間やり合っていた主人とギャロップであったが、海辺まで足を運ぶようになる頃にはすっかり打ち解ける事となった。今では戦いの場でもきちんと指示の通り動き、主の為にとよく気を回す迄に至っている。しかしそうすると今度はどうも懐きすぎたようで、主人が新たな仲間を連れ帰る度に機嫌を損ねるようになってしまった。先日沼にて殻付きの竜を拾ったときなんかは怒りに任せ燃え盛る蹄で放牧場の内を駆け回ったので、芝が焦げ付き世話役の者を大層困らせたのだった。あれは拾ったものが悪かったのだ、執着心が強いと名高い種だったが故に。数日前の雨の夜に進化を遂げた竜は既に大分主人へ懐いていたし、主人もこれを随分可愛がっていた。顔が好みだったようだ、言わてみれば此度のこぎつねもこの竜も目尻の下がった困ったような顔をしている。つくづく趣味のわかり易い娘である。
さて、従ってギャロップはこの頃常に機嫌が悪かった。気位の高いこの牝馬はアレだけ自分に入れ込んでいた主が他の者に熱をあげるのが心底気に食わないのだ。今でも尚十分に愛されていることを彼女は分かっていない。主は愛の数こそ多いが皆平等に愛せる人だった。主の初めての相棒としてボールに収まったその日から片時も離れる事無く共に居る私が言うのだから間違い無い。…とはいえ未だ説得出来る気配も無い。ギャロップは主の手持ちの中で一番頑固者だった。
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以下ゾロアが他の手持ち達と打ち解けバクフーンが主となって面倒みてあげる話になるとこまで行きたかったものの途中で力尽きました