晴森クリスマスVer.1

晴森クリスマスVer.1



「クリスマス?織田の集まりがあっから、時間ねぇよ。イブはダチとクリパあるし」

無情な言葉に、目の前が一瞬真っ暗になった。25日を空けるのは当然のこと、当日は断られる可能性も加味してイブまでスケジュールを空けるために、ここ暫くはかなりタイトなスケジュールだったというのに、この仕打ち。

いや、元々先約を優先するタイプだし、織田の集まりがあるだろうからどちらかは確実に埋まっているだろうとは思っていた。だからこそ二日丸ごと予定を開けていたというのに。

「……少しでも、時間を作れないか?」

「無理。25は多分泊まりだし、24も門限ギリまである予定だし」

それでなくても今年平日だしなー、と。なんでもない事のように更に言葉が続く。なんでもない!事の!ように!!恋人とクリスマスが過ごせない事が、まるでなんでもない事のように!!

「用事はそれだけか?んじゃまたなー」

そして早々に切れた通話。寒々しい部屋に、ひとりきりで愕然と棒立ちのまま1時間。暖房を入れていなければ風邪引いて倒れてたところだっただろう。



「……で、こっちに来た、と」

「そうだが?!」

少し呆れたように苦笑する卑弥呼に肯定すると、どうどうと宥められた。俺は馬か。

「でも、人数増えるのは大歓迎なので私は嬉しいです!」

卑弥呼の横でキャイキャイとはしゃぐ壱与の言葉に、少しばかり救われたような気持ちになるのは、彼女が純粋にそう思っているが故だろう。卑弥呼にしろ壱与にしろ、基本的には今どき珍しいと思えるほどの善性を持った人間だから、たまにこうして話をすると荒んだ心が癒される気がする。……手にした人の顔くらいありそうな肉の塊や握り飯を見なかったことにすれば、だが。

「でもお酒は飲まないんですね、久しぶりに飲み比べできると思ったのに」

「何もすることが無かったから昼間峠をカッ飛ばして、そのままここに来たからな。飲酒運転する訳にはいかんだろう……お前も乗るなよ?」

「にゃはははは!私はバイクなので押して帰ればいいだけなのです!と、いうことでもう一杯!」

もう『いっぱい』の間違いだろう、とうっかりツッコミを入れそうになったが、景虎に突っ込んでも意味が無いので止めた。酒の話となれば余計だし、何より気力が削がれるだけだから。

「わしももう一杯!」

「以蔵さん、ちょっとペース早いよ?」

「気にするな、酒じゃ酒じゃー!」

既に出来上がっている以蔵とその世話をしながらも楽しげに笑っている龍馬、龍馬を挟んで以蔵とは反対側に座るお竜はマイペースに鶏肉をつついているし、高杉は何かゴソゴソと仕込みをしているようでやたらめったらに愉しそうなのが悪い予感しかしないので誰か止めろ。

「……はぁ。本当に、アイツと楽しく過ごせればなんでもよかったんだけどな……」

例えそれが焼肉食べ放題でも、ゲーセンで遊ぶでも、なんでも。普段からやっているような事でも、クリスマスだからこそ意味がある、と。そう思っていたのは俺だけだったんだろうか。

「んー……多分ね、そうガッカリする必要ないと思うよ?」

ちびちびと烏龍茶を啜る俺に、卑弥呼が特大握り飯を頬張りながら声をかけてくる。いつもと変わらない調子で、けれどいつもよりも確信を持ったような声で。

「……どういうことだ?」

「て、聞かれちゃうと困るんだけど……直感?でも私の直感ってよく当たるから!」

それはよく知っている。俺は占いなんかは割と信じる方で、卑弥呼は占い……というよりお告げみたいなものらしいが、そういうのを得意としているから、これまでも何度か世話になったこともある。礼は大抵食品現物支給だったが、それを差し引いても充分過ぎる利益、もしくは不利益の回避に繋がったから、疑う余地は無い。……のだが。今回ばかりはアイツの事だ。既に友人達との楽しいパーティーを過ごしている時間だろうし、どうしようもないだろうに。珍しく、卑弥呼の占いが外れる現場に居合わせる事になるのだろう。それはそれで、貴重な体験ではあるのだけれど。

「とはいえ、なぁ……」

「そんなに落ち込まない!……ってあれ?晴信くんのスマホ、鳴ってない?」

更に励まそうとした卑弥呼が、テーブルに置きっぱなしにしていたスマホを指さす。のそりとやる気無くそちらを見れば、確かに着信があったらしい。ロックを外せば、メールの受信履歴。差出人と件名を見て、俺はスマホと同じようにテーブルに放り投げていたキーケースを引っ掴んで立ち上がる。

「……ッ、すまん帰る!代金は……あぁクソ、これだけあれば足りるか?!」

財布の中から万札を数枚置いて、人を踏みつけそうになりながらどうにかその場を後にして駐車場へと走る。

「やっぱり、ガッカリする必要無かったでしょ?」

今日1番楽しげに笑う卑弥呼の声が、俺の背中を押すようだった。



「……遅せぇよ」

急いで向かった先、イルミネーションに彩られた街の暗闇の中で、マフラーに顔を埋めるようにして、長可が不機嫌そうに言った。

「これでも、かなり急いで、来たんだがな……!」

ぜいぜいと息を切らせているのは、長可が立っている場所は車で入れなかった為、駐車場に車を停めて走ってきたからなんだが。理不尽にも程があるとは思わないだろうか。メールの内容も件名に『迎えに来い』本文にここの住所だけという素っ気なさだったのに。法定速度ギリギリで飛ばして来たんだが。

「だって寒ぃだろ」

「……というか、まだお前の門限より前だろう。門限ギリギリまで友人達とパーティーの予定じゃなかったのか?」

「思ったよか早く終わったからな。こっから歩いて帰んのも寒ぃし、なんか疲れたし、ダリーから呼んだんだよ」

仏頂面で目を細めてそう言う長可の言葉は、本当に、心底理不尽だとは思う。めんどくさい彼女か何かかお前は。俺よりでかい癖に。……とは、思うのだが。それよりも、クリスマスにこうして会えた事が何よりも嬉しくて。理不尽も全部許してしまえるのだから、人の心とは人であっても不思議なものだと思う。今はただ、こうしてくだらない言い合いが、何よりも楽しい。

「つかサッサと行こうぜ。寒ぃんだって」

「あ、ああ、そうだな」

連れ立って歩けばよく分かる。いつから待っていたのか、鼻の頭も耳も赤い。それが寒さによるものなのか、それとも、などと。余程俺は浮かれているらしい。眩いイルミネーションの光よりも、その赤が愛おしかった。

「……なぁ、長可」

「あン?」

だから、欲が出た。

「車で、でいい。少しだけ、遠回りして送ってもいいか?」

あまりにも楽しくて。この時間が、惜しくなった。だから聞いた言葉に、また長可は仏頂面で目を細めて、フイと前を向く。

「……寒くねぇなら、好きにすりゃいいだろ」

「……そうか」

もう少し、もう少しだけ。

この輝くような夜を、お前と共に。




特別な『愛する者と共に過ごす夜』を、二人で。










おまけ


駐車場へ向かう道すがら、年若い女性二人に声をかけられた。街のイルミネーションにも負けないほどに着飾った、それなりの器量良し。

「あの、お兄さんたちお二人だけなんですか?」

「私たちも女二人で……折角のクリスマスイブですし、一緒にどこかに遊びに行きませんか?」

甘ったるい声でそう問う二人は可愛らしく頬を染めていたが、少し珍しいとも思った。俺は兎も角、長可はその体躯と顔付きから恐れられる事も多い。それが、この女性二人はそんな様子もなく声をかけて来たからなんだが。そこまで考えて、そうかと納得する。今、長可はマフラーに顔を半分埋めるようにしているから、いつもの乱杭歯が見えない。加えて寒さのせいか普段より大人しくしている長可は、確かに体躯の割に幼さの残る顔付きで、世間一般的に見てもかなりの色男だろう。ヒールを履いているとはいえ、彼女たちの目線からでは『ただのイケメン』に見えてしまうのも、分からんでもない。実際のところは、暴れ馬どころかグリズリーよりも手が付けられない暴れん坊なんだが。そんな事が彼女たちに分かるはずもなく。

「……あァ?」

威圧するように見下ろしてきた長可に、哀れな女性たちはビク、と肩を跳ね上げる。……仕方ない。クリスマスイブに、怖い思いをさせるのは、見も知らぬ逆ナン女性二人とはいえ申し訳ない。

「そう、威嚇してやるな。俺はお前を置いて行ったりはしないぞ?勿論、彼女たちも中々の美人だが、俺にとってはお前が一番だ。信じてくれ」

長可に身体ごと寄せて背を軽く叩いてやれば、眉をひそめて「あ?」と一言。いや一言ですらないが。まぁそれは置いといて、だ。

「……と、俺たちは『そういう間柄』なんでな。申し訳ないがその誘いには乗れない。悪いな」

彼女たちにはそう告げて、長可の背を叩いた時の体勢のまま、少しだけ手に力を入れて長可を押し、先へ急ぐ。このままだと逆ナンと寒さの相乗効果で長可の機嫌がどんどん悪くなって暴れかねない。ここは早々に退散するに限る。

と、そう思っての行動だったんだが。いや勿論言葉に何一つ嘘は無いんだが、それよりも。


「……なんか私、新しい扉開いちゃいそう……」

「分かる……なんか……ちょっと落ち着ける場所行こう」

「そうしよ……」


そんな、背後から聞こえてきた声に、更なる罪悪感が一瞬チリと湧いた。


南無三。

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